2009/11/14

◎狭いはずのチェンマイ旧市街地は魔宮の如し




にしても、歩いた、歩いた、また歩いた、ヨ と日記に書いて連日クタクタなれど、ここチェンマイの街は狭いはずなのに魔宮の如しだ。
チェンマイ観光地図の中央に位置する旧市街地の略図、イラストがちょっと思い上がっているんじゃないのか、と一発毒づきたくなる絵だ。お堀に囲まれた一辺2kmのちょうど将棋盤のようで、その街路も東西、南北、縦横に走っているかの如くに見える。これは、どうやらカメの勝手な思い込みで、実際は、曲がりくねっていたり、斜めに走っている道もあるようだ。それがどこから始まり、どこで終わるのかが、皆目見当がつかない。磁石を持って、時に確認していても、いまいち、自分の立っている場所がピンと来ていない。本来は良い目印なのだろう、お寺はあちこちに同じような形であるし、違いはわからず、全て同じに見えるから厄介だ。その上、あれこれ目にする看板なども、全ては例のタイ文字だから、全て同じような形にしか見えない。
だから、歩いても歩いても、あそこから随分離れたと思っていても、何と、実際は別の道を歩いていて、戻っていたり、迷宮に踏み込んだような、ちょっと不思議な感じがしている。もう、10日も経ったというのに、一つの方向を目指して、徹底的に突進できていない。途中で、必ず、あれあれって感じで、見たことがあるような場所に佇んでいたりする。
何故か、道なりで真っ直ぐに歩いていたつもりだったのが、いきなりお馴染みのナイトバザールの中央付近に出てしまったり、そこには大きなホテルが二つも建っているのに、である。そこで、そのまま北上を続け、何となく見覚えのあるところで左に曲がったら、今度は昼間、泊まっているゲストハウスを出たところの道路に出ていたなんて、ね。
先日は、ゲストハウスを移動する際に、狭い路地でトゥクトゥクの姿がなく、前日に移動先は下見してあるものの、その場所が漠然としていて運転手に説明するのも煩わしく、結局、スーツケースをガラガラ引っ張っていたら、なんだ、もうそこまで来ているじゃないか・・・と。
特に情けないのは、立っている場所が堀の内なのか、外なのか判然としなくなることが多くなっていることだ。
所詮、徒歩でのこと、移動距離は知れているのだが、こんな不思議現象に大汗をかいている。

2009/11/13

◎PCトラブルに、一時、目の前真っ暗・・・


にしても、パソコン依存症はかなり重症で、いまやパソコンとは一心同体になっていることを思い知らされた。
昨日、起床後、パソコンを開いたら、タスクバーのバッテリーアイコンに「あと10分です」と表示された。そういえば、二、三日前からか、起動の際、「あと何時間です」みたいな表示は何回か記憶にあるが、それが何を意味するのか・・・、にまで思いが至らなかった。それが「あと10分」とかになって、初めて「どないなってんねん」と慌ててみたが、これは、やはり背筋が凍る思い、だ。東京でなら、何とでもなるだろうが、ここでは皆目見当がつかず、お手上げ・・・。このパソコンがダウンしたら、代替が効かないもん、ね。カメにとっては、このまま帰国するしか選択肢はなくなる、とまで覚悟してしまった。
パソコンなしでチェンマイ散策なんて、それもアリだろうが、カメにとってはとても考えられない。第一、ブログをどうする、だ。いまや、ブログ命! のカメ。うふっ。とりあえず、時間内にUSBメモリに保存しなければならないデータは保存して、シャットダウンした。
何故、突然、こんなことになったのか。電源のアダプターは以前からのやつをそのまま使って、特に不都合はなかった。ただ、コンセントに突っ込んでもグラグラしているとは感じていたが、デジカメの電池の充電はできていた。
それなのに、何故か、AC電源が入っていない状態で、いつからかパソコンのバッテリーでずっと稼動していたようだ。何たること!なのだが・・・、コードはキチンと繋いでいたつもりだし、うっかりともいいようもないミス。で、パソコンのコードを直接アダプターに接続してみたら、何と、充電が始まって・・・。いや、嬉しかった、ね。後は、待つだけって、傍についている必要はない。
で、再起動した画面には「完全に充電されました(100%)」って、一体、何だったというのか。
いま、こうしてパソコンに入力できている幸せ、ついつい、こんなことで長々と、つい、感傷に耽ってしまった、ヨ。トホホ・・・。

2009/11/12

◎ヒヤヒヤし通し、チェンマイの自転車体験・・・


にしても、自転車で道路を走るのが、こんなに怖いものだとは思っていなかった。チェンマイでは、バイクと一緒の扱いになる、というより、当然なことに、道交法では車と同じ扱いで、カメには何とも厳しかった。終始、肩の力が抜けなかった。
東京では、歩道を我が物顔で、大手を振って走っていたのに、ここではそうはいかなかった。確かに、バンコクで自転車で走れない理由は何となく感じていたが、そんな生易しいものではなかった。チェンマイでは、現実に自転車に乗っている人をしばしば見かけているから、大丈夫だと甘くも見ていたのだが・・・。歩道に展開する屋台群の中には、自転車が入れないと実感した。無理すりゃ、ジコる、ヨ。いや、その前に袋叩きにされかねない。
新しいゲストハウスに移ったら、そこではバイクとともに自転車もレンタルしていたので、早速借りたのだ。1日40BT、これが高いのか、やすいのかはわからない。でも、自転車に乗ることで、確実に行動半径は広がると、ちょっとワクワクした。
でも、自転車に乗って、直ぐに気がついた。こりゃ自転車で走れるような街造りをしていないってことだ。歩道は確かにあるが、屋台に占拠されていて通れない。屋台がなくても、段差がしっかり付けてある。屋台がないからといって、歩道を走っても、それは長く続かない。ちょっと行くと、段差があって、それを避けるために、自転車を降りなければならない。その上、歩道の整備が杜撰で、凹凸ができている上、割れていたり、陥没していても、補修されていない。電柱なども立っていて、危険極まりない。まったく誰のための歩道だ、と腹立たしくもある。
こんな歩道環境に呆れ、だから、自転車もバイクと同じように、車道を走らなければならない、と悟らされたのだ。が、これが怖い。車間距離とか、幅員とか、スピードなどのペースがよくわからない。こっちの「ダロウ」と相手の「ダロウ」がかみ合わないから、やたらヒヤヒヤさせられる。一度は、バイクが寄って来て、引っ掛けられそうになった時は、まさに肝を冷やした、ヨ。
それに、どういうわけか、車優先でインフラの整備が進められてきたようで、人の存在、人の利用に思いが至らない。だから、信号機が設置してある個所が少ないし、横断歩道といったものも、いたって少ない。そんな道路を、車に素人のカメが初めて乗る自転車で走るのだから・・・、察していただきたい。いやはや、とりあえず、無事に戻ってこれてよかった、ヨ。

2009/11/11

◎『鍵4つ』の恐怖・・・ほんとに必要なの?



にしても、安普請だからなのか、タイで良く耳にする治安が悪いからなのか、部屋に入って、ドアに鍵が4つもついているのを目の当たりにしては、身の毛がよだった。それも、ちゃちで、洋画でよく見る頑丈な男が外から体当たりしたら、一度でぶっ飛んでしまいそうな代物。
それだけに、つい、ほんとに、そんなに危ないの? これで大丈夫なの? と聞いてみたくなるが、ゲストハウスにしてみれば、これが予防策というしかないのだろう。あるいは、かつて、ここで、そんなトラブルがあったやも知れぬが、お客の立場からすると、あまり気持ちのいいものではない。
ここは東京でNet予約したゲストハウスで、緑豊かなエコ風の写真と、1泊300BT(900円)に惹かれて来てみたら、確かに掃除などはキチンと行き届いていて清潔感はあって好感が持て、特にインテリアに竹細工を多用し、チェンマイムードを色々と演出しているのだが、何せ、全体的に建物自体が古い。だからだろう、部屋に文明の利器が見当たらない。エアコンがないのは最初から承知の上だが、天井で大きな扇風機が回っていて、エアコンを設置した後もない。あれば良いのにと思っていたテレビ、冷蔵庫、椅子はなし。窓は2ヵ所、向かいがランドリーの仕事場になっていたりして、カーテンは開けられない。ま、ここで4泊、ブログの更新だけは、1日2本と予想以上に励めたので、良しとするか・・・。

2009/11/10

◎指が喋って人力3輪車の小父さんを撮りました



にしても、人力3輪車は見る度に痛々しくなるのだが、きょう昼過ぎ、旧市街の堀沿いを歩いていたら、客待ちか、休憩かはわからぬが、客席の幌を日除けにしている小父さんがいて、ご覧の写真が撮れたのも、実は、指が喋ってくれたお陰だ。多分・・・
「人力3輪車なんて、凄いです、ね。このデジカメで、写真を撮らせてはいただけませんか」なんて丁寧ではなく、「このデジカメで、小父さんの写真を撮りたいんだけど、いいかな」の方が指が喋った内容に近いだろう。
ま、指の威力というわけで、カメなどはその威力には今更ながら平伏してしまうのだが、とりあえずは、こんな一方通行のコミニュケーションでもいいのかな、と思っている。楽しい・・・。

◎炎天下でも、日陰へ一歩入ると涼しい・・・



にしても、チェンマイに着いてから、ご当地の暑さ、寒さに全く触れてこなかったのは、実は、忘れていただけで、それほど暑さ、寒さが気にならないほど快適ということだ。
いまいるゲストハウスではエアコン付きの部屋はファンだけの部屋より100BT部屋代がアップするので、カメはずっとファンを選択してきて、多分、正解だったのだろう。強がりでもなく、暑くて、エアコンを欲しいと思ったことはない。街を歩いていても、そうだ。そもそも、高層ビルは少ないし、カメは出入りしたことがないから、エアコンが入っているのかどうか定かではない。タイ食堂はほとんどはオープンドアだし、締め切っていないから風が通る。先日は、タイ食堂の店先のテーブル席に座ったら、扇風機のスイッチを入れてくれ、命が蘇ったような気がしたのだが、といって、暑くて、その店に入ったわけでもない。
そういえば、カメが最初に泊まった、ホテルはどうだったかといえば、ロビーにエアコンはなかった。ホテルを名乗っていながらである。確か、エアコン付きの部屋は100BT高かったはずだ。
そう、何より、日陰がいい。炎天下でも、一歩そこへ入ると、涼しい。違う世界に来たようだ。最初は、冷たいくらいに感じる。いまいるゲストハウスは促成の緑に覆われたオープンレストランで、朝の7時30分に、珍しく贅沢をしてアメリカンのモーニングセット(120BT)をオーダーしてみたが、ちょっと肌寒く感じ、2日目以降は長袖に着替えた。

そういえば、東京ではよくある、うだるような暑さがここにはない。観光書にチェンマイの気候は高温多湿と書かれているが、エアコンは欲しくならない。気温は30℃を軽く超しているのに、湿度の質が違うんだと思う・・・なんていうようじゃ、気象予報士にはいまさら無理だよな。

2009/11/09

◎「2,500B per Month」に度肝抜かれ・・・



にしても、観光都市・チェンマイの景気の低迷は酷いようだ。チェンマイには11月一杯いるつもりで、ネットでゲストハウスの予約を入れて、ま、20日ぐらいまで抑えておけば良いだろうと、途中から疎かにしていたのだが、それで正解だった。11月から観光のハイシーズンといわれているのに、観光客の姿はまばら、ゲストハウスの予約など当日でもOKだ。現地で探せばいいやというカメの甘い見通しが的中して、嬉しい限りではあるが、ちょっと気の毒でもある。このままでは、チェンマイが衰退して、なくなりかねないとまで感じてしまうのだ。
最初に泊まったDランクのホテルの近所を歩いていて見つけたゲストハウス、「一泊200BT」とあって、「ロングステイOK」とあるので、ちょっとのぞいてみたら、気の良さそうなオーナーがいて、いきなり「見るか?」と部屋に案内してくれた。本来なら、こちらからお願いして、見せてもらえばラッキーなのだが、これも需給バランスが崩れているからだろう。
その部屋は、洗面、シャワー、トイレ室がロングステイにはちょっと狭いかなと思ったが、カメの評価は「200BTなら、まぁまぁか」。そのオーナー、「お客さんが全然いない。1ヵ月、1Monthなら 1泊80BT(月2400BT=7200円)でいいよ」といわれ、半信半疑だったのだが・・・。昨日、旧市街地を歩いていて度肝を抜かれる看板を見つけ、思わず写真に収めてしまった。
な、なんと、である。
「2,500B per Month」
苦し紛れとも思えない。
実は、カメはこんな金額でゲストハウスかサービスアパートメントを探し求めていながらも、有り得ないと諦めてもいたのに、それがあっさり見つかってしまったのだ。ただ、このゲストハウスに関しては外目からも、古くて、汚いイメージで、見せてもらう気にはならなかったが、この手の話はどうやら少なくないようだ。そのうち、部屋の中を見せてもらいたくなるような物件に当たりそうだ。カメが歩いて見ている範囲だけでも、店仕舞いしてしまったようなゲストハウスはいくつか目にしたし、Net情報によれば、活気のあるゲストハウスでは、エコやアドベンチャーツアーと抱き合わせで営業している店も多いという。
カメが1人、意気に感じ、財布の紐を緩めたとて、どうなるものでもないのだが、極貧なカメにとっては都合のいい、住み易い街になっているようだ。ウフッ。

◎指が これ;それ;あれ;と喋って頼もしい・・・


にしても、今回の訪泰ではカメご用達の「旅の指さし会話帳」をまだ使っていないと気が付いた。バッグに入れ持ち歩いてはいるのだが、妙な下心がなくなっているからか、取り出すのが面倒臭くなっているし、先ごろ気がつけば、どこかで、トゥクトゥクの運転手相手だったか、日本語で文句を言っていた。ま、タクシーと食堂ぐらいしか接触することもないから、ねぇ。ま、相手に通じているかどうかは不明というより、全く通じていないし、何故怒っているのか理解していないに違いない。
でも、勝手に、こちらの言いたいことを日本語でまくし立てると、大抵、相手は黙って見ているし、勿論、聞いているわけはないし。怖気づいてか、呆れてかは、わからないが、何か、こちらは、それで一応すっきりしてしまうから、不思議といえば不思議・・・。すっきり感だけで、何事も問題が解決したわけでもなく、課題は先送りされただけなのか、元々大した課題ではなかったのか、課題自体を忘れてしまったりもする。ただ、間違いなくいえるのは、一円たりとも、まして一バーツたりとも出してはいない。それが、救いだが、それで、タイ語の一つも覚えるわけではない。
で、いまは、ほとんど、指が口の役割を担っている。食堂などで、指が「これ」「それ」「あれ」としっかり喋っていて、頼もしい。

2009/11/08

◎一辺2kmの堀に囲まれ、頼りは自分の足・・・



にしても、チェンマイ市街地には公共の交通機関がなく、確かなのは、どうやら自分の足だけのようだ。バンコクではお馴染みとなったBTS、地下鉄もなく、バスさえも走っていない。バンコクでは煩いほどまとわり付いてくるバイクタクシーもない。これでは当然なことに人の行動半径は限られる。
でも、カメもそうだが、チェンマイ在住の市民もそれほど不自由さは感じていないようだ。実は、チェンマイの旧市街地には景観条例みたいな建築規制の網がかけられ、旧市街地は開発の波から取り残され、いまや見捨てられつつあるようだ。
チェンマイは元々さほど大きな都市ではなく、いわば盆地の都だ。特にその真ん中に当たる旧市街は城壁の中、一辺2kmの堀に囲まれた市街で、一回りして約8kmと歩けない距離ではない。この矩形の旧市街地から放射状に開発が進んだといっても、これといった見所はない。東西南北、その先はいずれも山岳地帯というわけで、いまやエコとアドベンチャーの一泊、二泊、三泊のツアー企画が花盛りなのだが、お客さんは例の空港スト以来、激減しているそうだが・・・。
で、市街地の足となっているのは、トゥクトゥク(3輪タクシー、料金は交渉制 )と、ソンテウというトラックを改造したミニバス(赤色が市内ルート)で、こちらも料金は交渉制(乗り合いの場合20B〜)と、カメにとっては、なんとなくいかがわしいのだが・・・。文字通りの人力三輪車も健在だが、見ていて痛々しい。
カメはまだ トゥクトゥクしか利用していないが、そのうち、赤色のソンテウでも乗りこなすようになっているかもしれない。ま、それより足だ、ネ。カメの足でご当地に慣れてくれば、住めば都・・・が直ぐやってくるはずだ。そうなれば、故知れず、リラクゼーション、落ち着くんだよなぁ。
今回はスタートからちょっと無理して歩き続け、それが祟った。足だけでなく、腰にも響く。この歩き過ぎ、無茶は出来ない、な。単純に、無理しない、疲れたら休む・・・を鉄則にしなければ・・・。特に、急ぐ必要もないのに、ねぇ、ウフッ、柄にもなく、真面目にメル友女性のプレッシャーにのってしまって・・・、かなり後を引きそうだ。
そこで取り出したのが、磁石・・・。使い方はわからないものの、聞くのもおこがましく、日本の100円ショップで見つけ、いつか使うのではとバッグに収めていたのを取り出し、このチェンマイの街で使ってみると、なるほど、なるほど、「ここは、どこ」状態からは抜け出すことができ、何となく現在の自分の立ち位置が感じられ、何ものにも代えがたい安心を得た気がしている。

◎海外出会い系サイトの摩訶不思議・・・


にしても、初めての町、夜の町に、たった一人、放り出されては、さすがに、「ここは何処?」「私のホテルは?」となって・・・。何せ、ホテルの名前も覚えていない。ただ、ここから正しい道を進めば、それこそ10分かからずベッドイン出来るはずだった。でも、でも、だ。人混みの中で、どちらに行けばいいのか見当も付かず、でも、自ら投じた選択は嘆くまい、悔やむまい。ただ、その波の流れにいつまでも身を任せていても、埒は明かない。Dバッグからホテルの地図が入ったパンフレットを探し出し、深夜のトゥクトゥク(3輪タクシー)とフラフラになったカメが交渉、60BTでホテルまで届けていただいた。シャワーを浴び、買い置きの缶ビール(CHEERS 5ooml)を開けて携帯電話の時計を見たら、3日の「23:50」。おかげで、パンダ女史とは没交渉になってもいいなと、カメは何となく吹っ切れた感じに満足していた。
所詮、外道のカメとライオンズクラブの会員では折り合いがつかぬというより、ライオンズクラブの目線からすれば、外道なんて人間として許せない、唾棄されるべき存在だ。ライオンズクラブとくれば、外道とは対極に位置する。その生き様は、向上心とドロップアウト、といったところか。さらに、気苦労による緊張感、社会的評価のプレッシャーによる自己満足と快感、これに対し、身に纏うもの一切なし、社会的ノープレッシャーによるリラックス、癒しの快感といった違いだ。人の生き方は、それこそ、人生いろいろ・・・でいいのだが、カメとパンダは出会ってはならない、禁断の仲だったのに、出会ってしまう、これがNetの出会い系サイトの摩訶不思議なところ、だ。うふっ。

2009/11/07

◎夜空を彩るコムロイ(熱気球)の舞いに酔う




にしても、知らない町、初めての町を無闇矢鱈歩くものではない、と悟った。それも、パンダ女史に散歩好きなどと吹聴した手前もあって、昨夜食事したレストランぐらいは辿り着けるだろうと、見当をつけて、昼前から歩き始めたのだが・・・、とんでも8分で、歩いて10分とはいかなかった。かつて都の在ったその当時の堀と街路は残しているのだが、車で移動するパンダ女史の時間と距離の感覚と、カメのそれとでは雲泥の差だった。
特に、パンダ女史の場合、「車で10分」は口癖のようだ。最初、チェンマイは狭いから、そんなもんか、とも思っていたが、歩いてみれば、そんなことはない。やはり、時間と距離の感覚は車と徒歩では、まったく違う。改めて、実際に歩いてみて、車で10分となると、かなり遠くまで行けるし、昨夜も旧市街からはかなり離れたところまで行っていたような気がした。直ぐ傍のレストランとはいかないのだ。
その夜は、ロイクラトン祭りの最終日で、市街地の東側を南北に流れるピン川をゆったり下るナイト・クルーズが催され、カメはその乗船券を1枚(400BT)、パンダ女史から購入し、5時30分ごろパンダ女史の車で、船着き場があるお寺の境内まで行く予定だった。
昼間のカメは歩きに歩いて、ようようホテルに着いたのは午後5時を過ぎていて、シャワーを浴びる間もなく、あっという間に、パンダ女史が到着。で、車に乗ってから、その日のカメは第一目標としていたレストランには辿り着けず、代わりにIPプラザに行き当たって、今回何故か忘れてきてしまったUSBメモリー(4G)を買えたと報告。でも、パンダ女史は上の空の返事で・・・。ムフッ。
お寺の境内の駐車場はラスト1に、ぎりぎりセーフだったが、出航までほぼ2時間待ちとのこと。川に繋がる階段から、バナナの葉で作った灯籠にローソクや花などをのせた「クラトン」という灯籠流しに興じる母子らや、コムロイ(熱気球)の打ち上げにデジカメを向けて時間待ち。
どうやら、この川下りはご当地のライオンズクラブの主催のようで、パンダ女史もその会員で、顔の広さをアピールしていた。
50人ほど乗せた屋形船は川面に映る橙、赤、白の明かりを揺らしながら、ゆるゆると浮世離れした流れに身を委ねて移動する様は、まさに、これぞリラクゼーションの極みといった趣きで、カメが夢幻に浸れるお気に入りな時間となった。
下船後、もう10時は過ぎていたか、パンダ女史の車でホテルまで送ってもらう途中、祭りの最終日とあって、殊更ひどい渋滞に巻き込まれ、明日朝の仕事がいつもより早いといっていたパンダ女史のイライラが伝わってきたので、抜け道のあるところでいいですと気配り自慢のカメは、そこで車を降りて、ホテルの方向に向けて車とバイクと人並みの雑踏の中を歩き始めたのだった。

2009/11/06

◎チェンマイのメル友女性は旅行社の社長さん・・・


チェンマイ空港に着いて、バッグを受け取り空港の外に出たのは、現地時間17時過ぎ。空港を出たところのベンチでひと休み。いよいよ、バンコクでは我慢した携帯のモベルのNOKIAのスイッチをONに・・・。
なるほど、起動にちょっと時間はかかったが、電波のアンテナが3本立って、うふっ、キタァ!!!って感じだった。よく出来てるよなぁ。うふっ、うふっ・・・。
早速、登録済みのメル友を選択、Call うふっ。ニックネームはパンダさん、携帯は直ぐ繋がって、でも、様子がわからず、カメは空港について、いま、外に出たところ、これからホテルまで、と。さらに、パンダさんはいまどこ? オフィス? 仕事は終わったの?  5時までだから、もう仕事は終わっている、車で来ているから、迎えに行こうか、ええっそんなぁ、って、ティーニィーティーナイ(ここは、どこ? )状態のカメにしてみれば渡りに船・・・。ありがたや、ありがたやで、カメの絵が描いてある帽子をかぶっている、と。10分ぐらいで行けるから、と。10分は、その後知ったのだが、どうやら口癖のよう。他のことの説明でも、やたら10分が多かった。チェンマイでは渋滞に巻き込まれない限り、全ては10分圏で決着するということなのかも、と後で思った。

車の中で問わず語りに、パンダさんは52歳、旅行代理店の女社長で、07年に会社を設立。家はチェンマイ大学の傍の病院の近く、母と2人暮らし。弟2人は独立して別居。自宅で母が寮のようなことをやっている。ずっと1人で、結婚暦はなし。
カメは離婚して大森のマンションで1人暮らし、これ日本では「バツ1」といいます。仕事はもうしていない。娘は1人いるが、独立して1人暮らし。カメはタイが大好き、バンコクにはもう5,6回は来ていて、チェンマイは今回が初めて・・・。

道路は、1日から始まったロイクラトン祭りで渋滞しているが、パンダさん、一方通行などは熟知していて、渋滞に突っ込んでも直ぐに脇道に入ったりして、カメにはチンプンカンプンなれど、カメの予想よりずっと早く、あっという間にホテルへ到着した。このホテル、彼女の評価では「酷い」。カメは、値段からいって、ま、こんなもんか。デポジット500BT込みで5日分の宿泊費に2100BT(1泊約320BT=960円)ほど支払う。部屋は、掃除は行き届いていて、水周りも問題なし。荷物を少しほどいて、半袖に着替えて、パンダ女史の車へ、お待たせ!!!

彼女によれば食事は近くのデパートで、とのことで、そこの駐車場に止めて、中のフードコーナーへ。米国系のレストラン、Sizzler – KSKで食事。 ハンバーグセット、サラダ、スープなどバイキング、もはや食いきれない。午後8時ごろ、お愛想、2人で403BTだった。高いのか、安いのかは、残念ながら不明なれど、日本円にして1,209円。その後、そのショッピングセンターを地図で探すも見当たらなかった。さて、はて、明日は夕方、車でホテルまで迎えに来るという・・・。

2009/11/05

◎”両手に花”の謎の機中で、肩はコリコリ・・・


にしても、便りがないのは達者な便りとか、ブログの更新が途絶えると訃報とか、まさに人さまざまで、カメの場合は単に怠け癖が発症しただけかもしれないが、海を越えて舞台が変ったせいで、まだ何となく慌しく、その慌しいままに、とりあえずはアラカルトで発信する。

☆成田空港の免税店でいつも買うことにしているオールドパーを見ていたら、6800円以上購入するとショルダーバックをプレゼント・・・とあって、その気になって2本買うことにして、航空券をチェックされたら、何と駄目。なぜなら、乗り継ぎのバンコクで没収とのこと。機中に預けたスーツケースにでも潜り込ませて見つからなければOKなんですが・・・。何でやねん・・・なのだが。今度、直行便の時にご利用ください、には参った、ね。こんなのアリか。バンコクに着くまでに、機中で空けてしまえば大丈夫ですが・・・とも。いや、はや。

☆タイ航空のチェックインカウンターで、席の選択の際、窓と通路側は全部埋まってまして、といわれてもねぇ・・・。乗ってみたら、両サイドにそれぞれ34,5歳のキャリアウーマン風の単独女性。ちょっと驚いた、ね。単独女性がバンコク直行便とは・・・。といって、真ん中に座ったカメは、小心者で、キッチンハート。右か左にアプローチしようかとも妄想したが、とっかかりは皆無、片方に話しかければ、何とも不自然だし・・・。グスン、もったいない、こんなチャンスは2度と巡ってはこないだろうなと、悶々。で、着陸した後、席を立ってから何と2人は談笑、友人か、知り合いであることが判明したが、何故、そんな行為を・・・、離れて座る必然性があったのか。これは、新しい潮流なのか、要分析、だ。6時間30分ほどの飛行時間中、窓際の女はノー・トイレだったし、通路側の女は3度ほど、カメは1度だったが・・・。その緊張感から、カメはいまも肩凝りがコリコリ。いや、はや。

☆バンコク・スワンナビン国際空港で、チェンマイ行き国内線の乗り継ぎにてんやわんや。終始、ここはどこ? ではなく、イミグレはどこ?  乗り継ぎゲートはどこ?   とにかく通路が長い。出発時刻は確か、15:40だったか。でも、いま何時? 同乗者の大半はバンコクで出国。乗り継ぎ客の行方がわからない。と、イミグレの表示版の位置を通り越して、トランスファー、チェンマイ行きの表示版を見つけ、それを頼りに200m、250m行ったらイミグレの表示がなくなり、オイオイ、そんなバカな・・・で、先ほどのイミグレ看板まで走って戻って、出国審査所まで行ったら、乗り継ぎコーナーはなく、出国のみ。係員を見つけて、チケットを見せ、イミグレ、トランスフォーと汗だくで聞いたら、やっぱり、さっきの通路を指し示すので、思い切って、走り乗って・・・。たら、タイ国際空港のカウンターがあって、入国審査も終えたところまでは良かったが、搭乗ゲートがわからない。ゲートは3つあって、一つは、ほとんどは乗り込んだ感じで、人の気配はなく、残り2つは行列が出来ていて、山勘で1つの最後尾に並んでみたが、やはり不安で、カメは自分の航空券を最後尾のお客さんに見せたら、違う便で、慌ててもう1つの列でも同じことをしてみたが、やはり違う便。あたふたして、お客のいない搭乗口で係員に見せたら、早く早くとバスに案内されて・・・。いや、はや。

☆セブンイレブンが少ない、ほとんど目にしない。気にして探して、それでも、やっと、あった・・・って感じ。バンコクでは10mも歩けばその看板が目に入るというのに・・・。いや、はや。

☆チェンマイの女性は、間違いなく、日本人女性と限りなくDNAが近い。見た目で、非常に良く似ている。ただ、当地の女性の方が、圧倒的に素朴、純朴、可愛く、素直そうで、目も澄んでいて、美形も多い、ヨ。いや、はや。

2009/10/31

◎生まれながらのケチ、ポケットティシュにも迷う・・・


にしても、Netで知った、タイで最も嫌われる男のタイプはケチだそうで、それはタイに限ったことではなく、まさにグローバルスタンダードな評価だろうと思うのだが、何とも困ったことに、カメはどうやら生まれながらのケチのようで、この性根は直しようもない。
先日、パソコンでプリントアウトしたチェンマイのA4地図の拡大カラーコピーをとろうと近所のコンビニに入って、「A3カラー/1枚80円」と知って、そんなバカなとうろたえ、最初の1枚は縦横の置き方を間違えて失敗、結局2枚、たかがカラーコピーに160円も払う羽目になって肩を落としたのだが、二、三日後、新たに見つけたチェンマイの地図の拡大カラーコピーがまた欲しくなったものの80円が惜しくなって、思い出したのが図書館のコピーサービス、まさかA3カラーに80円は取るまいと出かけてみたら、な、なんとカラーコピーはなく、白黒オンリーで用紙はA3を含めオール1枚10円で、ま、いいかと、納得して10円で済ませたのだが、さすがに自らのケチ臭さにウンザリするとともに、余計なお世話だろうが、このデフレスパイラル、どこまで進むのか、「貧困ビジネス」なんていう言葉まで耳にして、ちょっと心配になった。
何ていいながら、あの激安の殿堂・ドンキホーテが昨日、蒲田駅前にオープンしたと知って、早速出かけ、4階までひと通り見回して、結局は入り口に戻り、目玉品コーナーで、1袋10円のグミミントを5袋手にしてレジに並び、袋に印刷された若句「瞬間、息スッキリ!」に、そうタイでは必需品なんだよな、と1人ごちながら、50円玉1個プラスチック皿に置いた。
もう一つ・・・、Netで見つけたチェンマイ情報によると、ゲストハウスの中にはトイレに紙を用意していないところがあると・・・。心配性でケチなカメは、そりゃ一大事と即反応して、JR蒲田駅前を通るたびに、手を出してポケットティッシュを集めまくって、バッグに詰めるものの、さて、どの程度持参すればいいのか迷いつつも、ケチ故に、この手のものを現地で買うのは何か損した気になるんだよなぁ。

2009/10/29

◎英国の携帯電話番号をゲットしたカメ・・・


にしても、日本はグローバルな国際電話業界の蚊帳の外にいるようで、何とも心もとない。チェンマイ行きが迫ってきて入手した携帯電話を手にして、そう感じた。海外の滞在地で、日本の高機能の携帯電話が使えないわけではないが、要は、あれこれ、それこそ馬鹿馬鹿しいほどお金がかかるのだ。その点、カメが購入した国際電話サービス「モベルコール」では通話料だけで、月々の基本使用料とか請求書作成などの手数料は一切なし、だ。端末の携帯電話は「NOKIA」で、送料などを含めた支払い金額は6000円ほど。後は、現地での通話料金だけで、日本に帰国時は、他に料金は発生しない。現地でのレンタルなどもチェックしてみた結果、このモベルシステムが最も安く感じたのだが・・・。
昨日、届いた携帯端末を手にして、はて、さて、困った。PCと違い、携帯電話を使い慣れていないからチンプンカンプンなことが多い。日本語の簡易取説は付属していたが、ピンと来ない説明が多いし、端末自体はアルファベットによる英語表記だ。カメが受け取った端末の電話番号だって『英国』籍だ。それでも、何だかんだ、と操作しているうちに、日付と時刻の設定はできた。でも、それだけで、もうクタクタ。いや、はや、疲れる。集中力が続かないヨ。
で、ドコモの携帯からカメの「NOKIA」の英国ナンバーに電話してみると、オペレーターに切り替わって、英語で「・・・impossible, かけ直してください」と繰り返された。同じ操作を3回やって、いずれも同じ結果にちょっと不安になり、日本支社のサポートセンターに問い合わせてみたら、日本国内では繋がりません、とのこと。で、英国の番号に電話してみたら、斯く斯く云々の応答があったと伝えると、それは多分、「圏外ですので繋がりません。後で、かけ直してください」といっているのでしょう、圏内のタイではOKです・・・といわれて、ひとまず安心したのだが、ほんとかなぁと、カメはあくまでも小心な現実主義者なのだ。

2009/10/26

◎ 国際電話のかけ方と滞在地での携帯電話・・・


にしても、携帯電話の世界がこれほど複雑怪奇とは思わなかった。液晶表示が小さ過ぎて見難く、ボタンも小さくて扱い難いと、これまで敬遠していたが、メル友がいるチェンマイ行きがあと一週間と目前に迫っては、避けてはいられない。メル友がメールで携帯番号を知らせてきて、カメからの電話を待っているのだ。かけないわけにはいかないのだが、実は、海外への電話のかけ方がわからない。情けないことに、KDDIに中継してもらう、その程度のとんちんかんな知識しかない。
その点、Netは有難い。国際電話のかけ方・・・だったか、検索窓に入力したら、手取り足取りのマニュアルがどっと表示されて、その幾つかをじっくり読み込んだら、カメがいま使っているドコモの携帯でタイまでつながりそうだ。煩雑な手続きとか、新規の利用料金を課金されるのではないかと、二の足を踏んでいたのだが、それは杞憂のようだ。
日曜日の昼下がり、頃は良しと、「001」とKDDI経由でタイの国番号「66」、そしてメル友の番号を押し終わったら、即座にKDDIのオペレーターに切り替わって、この電話を使うには「利用登録が必要」とその説明をされて、なるほど、そういうことなら、カメが使っているNTTドコモでも同様のサービスをやっているだろうからと、いったん電話を切って、改めてドコモのHPにアクセスしてみたら、いや、はや、面倒くさいこと・・・、でも、じっくり読み込んだら、特別の手続きなしに、いまのままで使えそうな気がして、メル友の番号をプッシュしたところ、いきなり、鮮明なタイ語が聞こえてきて、びっくり。「カメです」と挨拶し、その節は宜しく・・・また、連絡します、と早々に電話を切ったのだが・・・。
確かに、この携帯で日本からタイへは電話がかかったが、その逆、タイから日本にかかるのかといえば、それは出来ないな、とカメの貧脳がうごめいたのだ。そうか、そうか、そういうことなのか、と海外の電話事情が一気に氷解した。通信ネットワークのインフラが違うのである。だから、日本で使っている優秀な機能を備えた携帯電話を海外に持参して使おうとしても、無理なのだ。技術立国を標榜する日本の狭い了見が、やはり世界標準の前には尻尾を巻くしかないといった按配だ。
国際電話を海外にかけるには、滞在地でかけるには、海外から日本にかけるにはと、そのマニュアルに翻弄されていたカメは、引き続き、Netでタイの現地で使える携帯電話をあれこれ調べてみて、夜になって、やっと納得して、国際電話サービス「モベルコール」に「NOKIA 1208」の購入申し込みをしていた。ウフッ。ただ、Net情報によると、海外で使う携帯電話によるメール作成で文字化けしないタイプの開発競争が火花を散らしているようで、日本の技術開発の行方にちょっと愕然とした。

2009/10/24

◎両チームに胴上げされ、ノムさん良かった・・・


にしても、何となくだが、74歳、ノムさんの最後の仕事にとうとう付き合ってしまい、改めてノムさんの呆れるほどの辛抱強さに驚かされた。パ・リーグのクライマックスシリーズ第2ステージは第1戦で勝負あった・・・だったのに、その後3試合もノムさんは針の筵に座らされ続けて、ほんと、カメはノムさんの胸中を斟酌して、もうブチ切れてもいいのにと思いつつ、毎日BSテレビを横目で見ながら、特にマー君の頑張りには頭が下がりつつも、ノムさん劇場の幕引きが1日伸びてお気の毒にと同情したのだが、最後となった第4戦終了後、楽天、日ハム両チームに胴上げされたのは、何としても良かった。その光景を珍しく時事通信が、こう伝えている。
「・・・楽天は試合後、全員が右翼側のグラウンドで観客席のファンに向かい整列。日本ハム側からも梨田昌孝監督、ヤクルト時代に師事し た吉井理人投手コーチが野村監督に歩み寄り、抱き合って慰労。その後、やはりヤクルトでまな弟子だった稲葉篤紀外野手らも交じり、この日戦った両チームが 一緒になって胴上げした。野村監督は「感無量。プロ野球界に(育てた)人を残し、少しは貢献できたかなという心境」と喜び、「本当にありがたい。敵地で声援をもらえて」と感謝した。」
と、まあ、ノムさんには「お疲れ様でした」なのだが、第2ステージの第1戦は、9回裏、まさかのはずが、まるで筋書き通りのような逆転満塁サヨナラホームランで決着したのだ。その夜、カメは日記にこう書いた。
「永井と心中するっきゃなかったのに、ねぇ。福盛、9回火達磨、復活のメはない、ね。ノムさん、赤っ恥かかされた!!! 気の毒に・・・」そして「中継ぎ陣は予想以上にガタガタ。八回は小山、有銘がとんでもない暴投。そして九回に福盛が大炎上。八、九回で8点を失う惨状」と。試合後のノムさんの談話は「お見事だね。これがチームの実情だから仕方ない。打つ手は全部打ったんだから。」
で、最も印象に残ったのが、試合終了直後の楽天ベンチ、山崎のカットが映ったが、もう呆れて呆然、8、9回の成す術なく、ビビリまくる投手陣をまたまた目の当たりにして、もうど うしょうもないなと、燃え尽きた表情だった。

2009/10/21

◎coffee一杯の自由とバンコクでの極上の自由・・・


にしても、自由とひと言でいっても、色々な自由があるし、自由の感じ方も人さまざまだと思った。
「足利事件」の再審公判が宇都宮地裁で始まった21日昼のTVニュースで、6月に釈放された菅家利和さん(63)が喫茶店でコーヒーを飲んだ直後のインタビューで、そのコーヒーの味を聞かれ「完全に自由の味」と答え、得もいわれぬ笑みを浮かべた映像を流していたのを見て、そんな感傷に耽った。17年間も汚名を着せられ拘束されていたことを思うと、不運としかいいようがないし、あってはならないことだが、現実にはそんな理不尽なことがまかり通っていたのだ。そのコーヒー一杯の香りと味がいかほどのものであったか、想像に難くない。自由とは、それほど重いし、貴重なものだ。
それが、いまは、あまりにも軽々しく扱われていないか。自由の有り難味を感じていないし、感じようともしない。塀の外では、当たり前過ぎて、それこそ大安売りなのである。自由がぞんざいに扱われているし、自由そのものの意味すら忘れられているように見えるのだ。そんな中で、いま本当に自由を謳歌し、満喫している輩は何人いるのだろうか。
カメの自由体感は振り返ってみれば、やはりバンコクだ。まるで迷路のようなバンコクの街路を歩いていると、いつも「ティーニィー、ティーナイ」(ここはどこ? )「ポン ペン クライ」(わたしは誰?)がついて回る。迷い込んだ迷路の一角で足を止め、周りを見回して、途方に暮れて、そんな台詞を口ずさむときはちょっとした快感だし、不思議なことに不安感は湧いてこない。それは極上の自由だと感じる。何の束縛もなく、地球の迷宮に迷い込んだ子羊がうろたえている様はまさに自由を満喫している図だ。うふっ。
なんて、今度はチェンマイへ行く。あと、12日・・・。

2009/10/19

◎加藤和彦さん、格好いい奴は死ぬ時も格好いい


にしても、格好いい奴は死ぬときも格好いい・・・と思った。
「もうやりたいことがなくなった」と親しい友人らに言い残し、長野県軽井沢町のホ テルで首をつって死亡しているのが見つかった加藤和彦さん、62歳。まさに、デビュー歌「帰って来たヨッパライ」の通り「おらは死んじまっただ」「天国に行っただ」 「ワーワーワッワー」と早回しのテープ声で歌い「雲の階段を おらは登っただ・・・」と別れを告げているようだ。
「帰って来たヨッパライ」がリリースされたのは1967年(昭和42年)の12月25日、カメが広告代理店に入社して2年目のクリスマス。社会の右も左もわからず、右往左往しながらも、退社後は久保田宣伝研究所(現・宣伝会議)のコピーライター養成講座(7ヵ月で終了)に通っていた頃だ。突如現れ、あっという間に一世を風靡した京都の若い3人組は何とも格好良く、それだけにカメは理不尽な嫉妬心を抱き、嫌いになっていった。もっとも、歌は好きで、時には口ずさんでもいたのだが、3人の動向は時々ニュースなどでウオッチはしていた。さすがに3人とも才能豊かで、他の芸能人たちとは違って、自立していて、自己主張できるアーティストとしてそれぞれに確固とした地位を築いて行くさまは、さすがに凄く、カメなぞはその都度、羨望の眼差しを注ぎ、自らの浅学菲才、無為徒食を棚に上げ、おだを上げるしかなかったのだが・・・。
6年前に還暦を迎えてからは、浅学菲才、無為徒食に怠惰無策を加え、さらに、文字通り、小人閑居して不全を為す日々の恥ずかしさから、1日も早く「雲の階段を登る」欲求に苛まれることもあるが、簡潔にいってしまえば「死ねないんだよなぁ」で一件落着、「これでいいのだ!!!」なんていってみて・・・。
加藤和彦さんの今回の死に様をニュースを通じてみてみると、やはり「孤独」がキーワードになっているようだが、この「孤独」という言葉、外道の世界には存在しない。真っ当な加藤さんは「もうやりたいことがなくなった」というのが本当のところだろう。で、その想いを自らの手で実践してしまう、実践できる決意の固さは立派で、頭が下がった。

2009/10/17

◎凄いヨ74歳、ノムさんの楽天、ヤクルトと対戦も・・・


にしても、野村克也・楽天ゴールデンイーグルス監督はさすがに凄い、よ。74歳だぜ。何という執念深いおじさんなんだ・・・。昨16日夕と今日17日の昼下がり、仙台市のクリネックススタジアム宮城で行われたパリーグのCS第1ステージ でソフトバンク を下したのだが、その2日間、カメはライブで第1ステージを中継したNHK/BSに釘付けだった。 次に楽天は、21日に札幌ドームで開幕する第2ステージでリーグ優勝の日本ハムと対戦することになったんだから、こりゃ、この勢いなら、ひょっとすると、日本シリーズで古巣のヤクルトと対戦することもあるなと、独りごちて、ニンマリした。
実は、 野村克也監督の選手時代はほとんど知らない。好きになったのは、ヤクルトの監督になってからだ。「長嶋がヒマワリなら、オレはひっそりと日本海に咲く月見草」とか「生涯一捕手」など味わい深い箴言には共感していたが、何故か、他人には公言することはなかったし、カメの周辺で野村監督を好きだという言葉を耳にしたこともない。何となく、公言することが、憚られたとしかいいようがない。それも、全てはヒマワリ・長嶋のオーラ、威光だろうと思った。
真っ当なサラリーマンにとって長嶋は憧れであり、目標になったが、野村は所詮、月見草で、目標には上げ難いし、それでも上げれば反動分子と見られかねない。ただ、どんな会社にも野村タイプの愚痴の多い駄目がつくようなサラリーマンは何ぼでもいた。でも、野村は、そんなひねくれて見える損な人生をこれでもか、これでもかと徹底して生き抜いてきて、選手時代には幾多の勲章・・・、三冠王をはじめとして、 MVP5回、本塁打王9回、打点王7回などの他、ベストナイン19回とキラ星の如く、だ。
それをいい得て妙なのが「月見草」というわけで、それらを承知の「監督」業もその延長線上にあり、何だかんだと五月蝿がられながらも、野村再生工場などと揶揄されながらも日本一に輝き、リーグ優勝も重ねてきて、いま74歳、楽天を第2ステージ進出にまで育て上げてきたというのに、何と、「今季限り」とのご託宣・・・。やっぱり、所詮は「月見草」って、救われないよなぁ。

2009/10/11

◎毎日更新、ハイテンション続き、もうクタクタ・・・


にしても、このハイテンション、いい気になって、何となく一人ではしゃいでいたら、「凄くハイですね。毎日更新。」と友人からメールが入り、「それにしても、嬉しいのか、不安なのか分かんないね。」と続いていて、そうか、と膝を叩いた。どうやら、本ブログを熟読していただいているようで、カメは、そのあたりの機微に疎くなっていた。核心を突いた、的確な指摘に、カメの目はちょっと覚めた。
どういう事かといえば、チェンマイ行きの往復航空券をゲットしてから、何かバァーチャルモードに突入してしまったようなのだ。それも、どっぷりではなく、中途半端な形で・・・。出発まで時間がありすぎたからで、本来なら120%チェンマイとなるところ、その半分ぐらいで推移している結果だろう。暖簾に腕押しとか、糠に釘とか・・・、実態がないから妄想が浅く、リアリティに欠けるのだ。だからだろう、浮ついていて、確かに嬉しさが乏しいし、逆の不安も迫真度が低い。
こんな調子が続いたら、成田空港に着く前に、ダウンしそうな気がしてきた。ここいらで、一度、リセットしてみたい。ウフッ。

2009/10/10

◎宇宙を遊弋するような恍惚感に浸って・・・


にしても、チェンマイ行きまで、まだちょっと時間があるような、ないような、このハイテンションがいつまで持続するか、何せ、ブログの更新がもう11日間も続いていて、さすがに、ちょっと心配になってきた。このハイテンション、多分、持たないし、持つはずもないよなぁ。でも、このハイテンションがもたらす恍惚感は心地いいし、さあ、どうする? ってか。といって、やたら疲労感が積み重なったお肉が緩んだフニャフニャ感に、三半規管に由来する眩暈、ふらつきといったクラクラ感と、脳神経が弛緩してのダラダラ感も、それぞれ味わい深く、相乗効果を強めて、宙を遊弋しているようで何とも心地よく・・・、まさに、自由闊達、気儘放題なリラクゼーションを満喫しているわけで・・・。
とまあ、いまはそれでもいいのだが、このままでは、チェンマイへ行く前に疲労蓄積でダウンなんていうことにならなければいいが、と自問自答している。

2009/10/09

◎ヤバ! お金持ち日本人を演じられるか?


にしても、ちょいヤバ!のチェンマイや、ここで見栄を張るか、地のまま行くか、いま、ちょっとした決断を迫られ、頭を痛めている。何かといえば、実は、チェンマイに到着した日から5日間のホテルの予約を済ませて、メル友に泊まるホテルの名前と住所をメールで知らせたところ、返信が来て、いつもは使わない英語で「Hotel is not good enough」とあり、続けてタイ語で「ไม่สะดวก อันตรายนะคะ」とあって、翻訳してみると「不便で、危ない、ヨ」といった按配。さらに、英語で「I can help you when you arrive chiangmai」。そして、「ราคา 800-900 บาท 」とは「価格800-900バーツ」、日本円にすれば2400-2700円。ま、それくらいのレベルのホテルを探しましょう・・・と。
カメにとっては、さて、さて、なのである。Netで十分検索しているので、そのへんの事情は百も承知だし、Webにアップされた写真で見る限り、不都合、不具合は感じられないので、予約したのだ。ちなみに、そのホテルのランクは☆二つで、1泊340BT(1000円余)。確かに、安く、カメにしてみれば、お得感いっぱいなのだが・・・。チェンマイのホテルで☆2つは2カ所しかなく、800-900BTになると☆3つ以上にランクされて、選択肢は一気に増える。
カメは元々500BT以下で探すつもりで、ゲストハウスならその価格帯でもよりどりみどりなのだ。ホテルは到着時だけで、あとはゲストハウスを渡り歩くつもりだったのに、のっけから、ホテル探しを「ヘルプ」されても、ねぇ、というわけなのだ。でも、メル友にしてみれば、そんなお金に不自由な年寄りじゃ、関わりたくはないだろう。
で、ここで、カメは見栄を張るか、或いは、お金持ち日本人を演じるか、なのである。カメは生まれてこの方、積極的に見栄を張った記憶はない。それどころか、見栄を張る奴は嫌いだった。見栄を張ってどうなるものでもない・・・と思っていたし、いまも、それは変わらない。でも、なのである。今回、露骨な狙いもある。それを達成するには金持ち日本人を演じなければ成立しない。演じる期間は短くてもいい。金持ちが、とりあえずの必要条件。で、どうする・・・なのである。ウフッ、とはしていられない。

2009/10/08

◎猛烈台風18号の置き土産、スポーク描画・・・


にしても、久々に猛烈台風18号を身近に感じ、出かけなくてもいい我が身の幸せを噛み締めながら、テレビの中継画面をぼんやり眺めるのもいいもんだ。それでも、スーツにネクタイのサラリーマンは黙々とひたすら会社を目指す。気の毒に・・・ねぇ、何て、お為ごかしに一人ひとりの顔を覗き込んで言ってみたくもなった。ウフッ。
で、昼前、ちょっと外の様子を見てみたくなって、といって、ドアを開けてベランダに出ただけだが、眼下はご覧の通り。総倒れの自転車が描くスポーク描画は見事なもんで、アップしてみたくなった次第・・・。さて、さて? 

2009/10/07

◎傘差し自転車走行で三半規管は機能不全・・・


にしても、体が鈍っている、というより、何となく腐ってきているような気がした。先日の夕方、雨が小降りになってきたので、何としても銭湯に行きたくなり、自転車に乗って傘を差そうとした時のことだ。スッとスタートできない。ヤバイ・・・ふらつくのだ。傘をきちんと差して、いったん集中してからペタルを踏んだのだが、走っていて、ちょっと怖くなった。向こうから人が歩いてくると、それを見ただけでハンドルが揺れてしまう。自転車とすれ違う際は息を詰めて、赤信号で止まる時も、動作が大袈裟になる。で、再スタートするのにも時間がかかる。
部屋の中で移動するのにも、ふらつくことが多く、耳鳴りも気になることが多い。さらに、体に力が入らない。踏ん張れない。脆くなっている。
そうか、そうか、この症状は三半規管の不調、不具合に違いない。当然、めまいはあるし、時折り、耳鳴りはするし、目は霞む・・・。さらに、Netで三半規管に由来する症状をチェックしてみると、疲れやすい、頭がふらふらする、肩や首筋がこる、舌がもつれる、息苦しくなる、動悸がする、性欲上昇(成人)、感情が働かない、集中力低下、気力が無い、多汗症・・・等々、何か、ありとあらゆる病気に関連しているようにも見える。
さて、どうするかって、カメにとって雨の日の自転車ほど危険なものもない・・・なんて、ね。

2009/10/06

◎時の流れは日々速くなり、脳には恍惚感が漲る


にしても、時の流れは速い、脳で感じる時間、体で感じる時間、時計が刻む時間、それに太陽の活動と地球の動き、いずれもスピードアップしているように感じる。先日、タイ・チェンマイ行きの往復航空券を手に入れたが、その時、出発まで「まだ1ヵ月以上あるナ」とニンマリしていたのだが、あれよあれよという間に、カウントダウンが始まり、いまは1日の時の流れが2、3日まとめて過ぎているのではないか、と思えるほどだ。ちょっと振り返ってみれば、今年は何があったのか、確かに総選挙があり政権交代が成ったが、個人的にみれば夏はあったのか・・・といった程度で、1ヵ月が1日程度の記憶しかない。脳神経を刺激するような驚き、サプライズがなくなるからという定説はあるが、ならば、新鮮さが続けば・・・となるが、確かに、Netでチェンマイのホテルやらゲストハウスを探索していると、これが、何とも面白く、楽しい、ほんとワクワクして、あっという間に1日が過ぎていく。テレビをつけていても、ながらで、目はもちろんだが、耳もテレビの音はやり過ごしている。
で、いまは、故知らず、急かされ、追い立てられているような気がしてならない。このソワソワ、ワクワク、ウキウキした感じ、悪くはない、どころか、快感、恍惚感に近いな・・・と思う。ウフッ。

2009/10/05

◎中川昭一氏の急逝・・・代わってさし上げたかった!


にしても、自民党の中川昭一元財務相 の急逝の報には驚かされるとともに、まだ56歳 、惜しい、これからもうひと仕事あっただろうに、できればカメは代わってさし上げたい・・・と、珍しく、そんな感傷にとらわれてしまった。死因については、あれこれ取り沙汰されてはいるが、単純に、俗っぽくいえば、飲み過ぎが祟ったとなるのだろうが、この8月の衆院選で「断酒」宣言までして、もし、それを実践していたとなれば、カメの見立てでは酒絶ちが悪かったのではないか、となる。それは、そうだろう、酒乱と呼ばれるほどの飲み方は一朝一夕でなるものではない。それなりのキャリアを積み重ねているわけで、そのリズムを突然変えてしまっては、体の方が戸惑ってしまう。40歳を機に禁煙して、太りはじめ2~3年後に亡くなったという話はよく聞く。それと、同じような現象なのではないか。酒は、元々好きだったのか、飲まずにはいられなかったのか、量も徐々に増えたとしても、それはそれなりに心身のバランスは取れていたのではないか、と思う。落選、政権交代等々心労が重なっても、そんなものは酒で紛らわせればいいのに、生真面目に断酒を続けていたのだろう。
カメのように功なし、名もなし、スキルなし、意欲なし、金なしの輩が生き長らえているのは、何とも恥ずかしく、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

2009/10/04

◎もう引き返せない外道の道にどっぷり・・・


にしても、本物の外道になったと思い、ちょっと身震いした。いまさら、もう引き返せない道にどっぷり浸かった気がした。そう、それで正解とカメは自らに言い聞かせ、得心した。
昨夕、土曜日の午後4時ごろのこと、雨は上がって、もう降らないだろうなと見極め、このままPCと睨めっこも疲れるし、気分転換に平和島のドンキーでものぞくかと自転車ででかけ、旧東海道の三原橋商店街を走っていたら前方に大きなスポーツバックを肩に、横一列になって歩く10数人のおじさん軍団を抜き去り、環七交差点の赤信号のちょっと手前にある座り石に足をかけて待っていたら、おじさん軍団の先発組み4、5人がカメの先、3mほどのところで談笑しているのをぼんやり見ていたら、そのうちの一人が、な、なんと、カメがかつてネクタイを締めていたころ、大変お世話になった大会社の、いまは50歳ぐらいの方とそっくりだよなぁと、そんな郷愁に駆られていたら、後続組みがカメの横まで来て、何気なく見たら、カメと同年輩で多分いまはOBの方の顔がはっきりと認められて、カメは思わず口をすぼめて、思わず挨拶しそうになったのだが・・・。
自転車にまたがったカメは野球帽を目深にかぶり、Gパン、Tシャツの上にデニムのアウターといった姿、なるほど、これじゃこちらから声をかけなければ、カメとはわからないよなぁと、ちょっと躊躇ったら信号が変わったので、カメは自転車のぺダルを強く踏んで、皆さんの視界から完全に姿を消したのだが、それでも2、3回は後ろ髪を引かれた気がした。
そう、その一団はその会社の野球部に所属していて、この平和島近くに大きなグラウンドがあったことを思い出して、カメのハートは千路に乱れたものの、直ぐにそんなことがあったことも、ドンキーの看板が目に入ってきた時には、なるほど忘れていた。
そんなもんなんだよなぁと、いまその時を思い起こしながらこれを入力しているのだが、ま、まさにそんなもんでいい・・・、で、それが正解だよなぁと得心している。うふっ、だから、これが外道ヨ。

2009/10/03

◎タイ語にも対応していたGoogle翻訳サービス


にしても、タイがメジャーになったのかと勘違いしたいところだか、やはりNetサービスの充実、拡大に感謝するのが、カメにとっては妥当なところだろう。
語学が特に苦手なカメですら、Netにアクセスする頻度が増えてきてから、やはり英語は必要だなと思うようになったものの、もはや手遅れ、にもかかわらず魅力的な教材が次々に登場してくるのを見ると、ついつい目を取られつつ、タイ語も、せめてこの百分の一でもいいから使いやすい教材なり学習する環境が整って欲しいもんだと、ないものねだりをしていたのだが、メル友とメール交換を始め、そんな必要に迫られて探してみたら、な、なんと、凄いことにGoogleが最近になって、翻訳サービス(無料)を始めていたんだよなぁ。44カ国語の言語に対応しているといっても、タイ語はまだ? と半信半疑で探してみたら、何と、ちゃんと入っているじゃないですか。驚きました、ねぇ。いま出回っている各種自動翻訳と違って、Googleが独自に開発した統計的翻訳システムだそうで、翻訳のスピードは速く、精度もそこそこか。タイ語に関して、カメはまだ評価できるほどの能力は備わっていないが、英文に関しては、日本語の例の翻訳調を脱していて、こりゃネイティブかというほどで、カメの英語力のレベルでも面白いし、それほど良く、出来ている。

2009/10/02

◎チェンマイのメル友女性は50歳代、日本語少し


にしても、チェンマイのメル友女性が今回の訪泰のきっかけになったことは間違いないが、彼女に関するデータ、裏が取れた事実はまだ何もないのだが、カメにとってそんな事実関係は重大事ではない、というより、どうでもいい、訪泰の決意を後押ししてくれればいいと思っているから、メールの内容はタイ語の勉強がメインで、プライベートな話題にはほとんど触れていないし、写真交換などについても、まだ触れずにいる。
で、ま、知り合ったきっかけは・・・。タイ人の友達を作ろう! タイ人と日本人の最大コミュニティを謳う「サワディカッポン」というWebサイトのFRIENDS SEARCH(友達探し)というコーナー。カメが2年ほど前に登録したときは1000人余だったが、いまでは約4500人が登録している。選択肢は年齢、性別、国籍などで、カメが登録したとき、カメが最高齢でプロフィールには「バンコクでのんびりと、エロチックに漂いたいです。心身ともに相性のいい友達が欲しいです。」と書き込んでみた。で、その後、何人かからアクセスはあったが、いずれも続かず、放置していたのだが、この8月末、思い立って、探してみたら女性の最高齢(51-60)欄に1人見つかったのだ。その彼女は「初めまして。。。楽しい幸せ、人生にしましょう。友達になるように。」と書き込みをしていて、ひょっとしたらと、彼女宛にメールを送信してみたら、「tomodachi ni narimasho」とローマ字表記の日本語で返信があり、その後、週に2、3通、タイ文字も交えてメール交換が続いているのだ。 
その内容によると、彼女は1990年ごろ、文部省の語学留学生として1年半ほど大阪で勉強したそうだ。その後は地方公務員を経て、いまは日本人にタイ語を教えているとか・・・。ま、これから、おいおい詰めていくが、いずれにしろ、いい取っ掛かりが出来たと、思う。ウフッ。

2009/10/01

◎映画「プール」はリラクゼーションの一つの表現・・・


にしても、タイのチェンマイ、ゲストハウスにある小さなプールの周りに集まる5人、好きな場所に住み、自由に生きている人たちの素朴な心の交流・・・「プール」のそんな惹句に惹かれたわけではなく、チェンマイのいまの風景、ゲストハウスの様子に期待して、何と日曜日(9月27日)にもかかわらず、無性に見たくなって、さすがに自転車はやめ、京急電車に乗って川崎の映画館まで出かけ、シニア料金で最終回を観賞した。
小林聡美、大森美香監督ら「かもめ食堂」の癒し系スタッフによる作品、漫画家の桜沢エリカが映画用に書き下ろした原作とか。 タイの古都、チェンマイを舞 台に、それぞれの事情を抱えた5人の男女の6日間の人間模様をさらりと映し出す癒し系人間ドラマ。
その夜、観客はガラガラで20人程度。いまだに感心しているのは、やはり、チェンマイ情報に飢えていた? ウトウトもしないで最後まで見通したことだ。
これを良質な文芸佳品とでもいえば、いいのか。もうちょっと、チェンマイ風景を期待していたが、それらしい風景は空港と、どこででも見られる市場だけ。あとは、プールのあるゲストハウスが舞台。こりゃ、結構、辛い描写・・・、何せ、お客は日本からゲスハに勤める母親を訪ねてきた娘一人、これでゲスハを経営できるはずもないのに、何となく話を進めてしまう、製作スタッフの甘え、独り善がりは、いささか滑稽ではあるのだが・・・。ゆったりと流れる時間、しがらみなし、自分一人、自然と同化、共生している実感がいい。これが、リラクゼーションの一つの表現やな・・・と、贔屓目に観賞した。映画で見るチェンマイは、まさにのどかな田園風景で、カメのこれまでのイメージ通りだったが、このところNetで頻繁にアクセスしているチェンマイ情報、風景とはあまりにも懸け離れていて、いささか首を捻った。

2009/09/30

◎11月2日から30日間、チェンマイ散策の旅・・・


にしても、この10日間ほどハイテンションが続き、ちょっとだけパニック状態で本欄の更新も疎かになっていることに気づき、とりあえず途中経過を少しだけ、と・・・。何て、勿体をつけてみたが、何のことはない、カメの個人的なイベント、訪泰を決断、往復航空券を予約したのだ。それも今回はバンコクではなく、北に位置するチェンマイで、11/02に成田空港を飛び立ち、12/02に戻ってくるスケジュール。
[フライトスケジュール]
1.タイ国際航空 643 便 (エコノミークラス)
2009/11/02(月) 09:45 発 東京/成田空港
2009/11/02(月) 14:45 着 バンコク
2.タイ国際航空 114 便 (エコノミークラス)
2009/11/02(月) 15:40 発 バンコク
2009/11/02(月) 16:50 着 チェンマイ
3.タイ国際航空 121 便 (エコノミークラス)
2009/12/01(火) 21:00 発 チェンマイ
2009/12/01(火) 22:10 着 バンコク
4.タイ国際航空 642 便 (エコノミークラス)
2009/12/01(火) 23:50 発 バンコク
2009/12/02(水) 07:30 着 東京/成田空港
なぜ、チェンマイかといえば、先月末、チェンマイ在住のタイ人女性(50歳代)とメル友となり、会ってみる気になったことが大きい要因か。ウフッ。で、チェンマイ情報をチェックしてみると、宿泊費がやたら安い。バンコクより2-3割は安いようだ。バンコクではちょっと眉をひそめたくなるゲストハウスが新しくて綺麗、1泊300-500TB(900-1500円)ぐらいで探せそうだ。で、なにはともあれ、往復航空券を予約した次第。それも、4月にバンコクまで行った時より、今回はバンコク経由チェンマイなのに、1万5000円ほど安くなっていた。
ウフッ、何か、よくわからない、ね。

2009/09/23

◎「アホーメン」食うアホー、ってか・・・



にしても、TVのニュースによれば、世間はシルバーウィークとかで姦しいが、さて、さて、毎日が日曜日のカメには縁なきなれど、何となくその仲間入りをしたくなって、何がいいか、あれこれ考えようとするも、脳裏に浮かぶのは近安短だったか、近い、安いの2語のみで、思い出したのはこのところ頻繁に出かけている川崎、第一京浜で多摩川を渡ってしばらく行った所にある中華料理店の看板「アホーメン」「アホーとはスペイン語でニンニクの事を言います」で、一度食べてみたいと思いつつも、そこまで出かけると、他にもっと魅力的なものについつい目移りして、なかなか機会を作れなかったこともあって、カメのシルバーウイークのイベントとしては妥当かなと自ら納得して、自転車に乗ってでかけ、午後一時ごろ着いたら、薄暗い店内に、二人がけのテーブル席が一つだけ空いていて、テーブル席と座敷は満席、カメは座るなり迷わず「アホーメン」と注文、お客さんの出入りもあって、待つこと10分余り、要はラーメンで、スープは濁った醤油色 、表面にニンニク粒の腹が幾つかのぞいていて、麺は太めのツルツル麺、箸で崩してみると、キャベツ、ニンジン、タマネギ、ニラ、豚肉片に大量のニンニク粒の野菜炒め、いや、はや、もう少しデラックスなラーメンを妄想していたカメは、ちょっと期待外れだったものの、味はまあまあ、不味いはずもなく、さすがニンニクだけに満足感は高く、途中で「臭い消しに」と茶色のお茶がはいったペットボトルを出されたが、効くかどうかは不明なれど、それはウーロン茶のような、中国茶の風味・・・、で、お値段は840円、えっと、カメは思ったが、高いか、安いかは判断しにくく、ただ、リピートはしないだろうな、と感じた。
で、先ほど、Yahooの検索窓に「アホーメン」と入れたら 5,500件ひっかかった。アホーはアホーを呼び、アホーはアホーを知る・・・ってわけだぁ。

2009/09/20

◎マニフェストが葵の印籠の威光を放ち始めた!?


にしても、民主党政権の登場は、ちょっとした革命だ。第二次世界大戦での敗戦に国民は茫然自失だったが、当時、官僚のモチベーションには沸き立つものがあったに違いない。今回の政権交代は、その構図が逆転して、官僚が茫然自失し、国民は目を丸くして沸き上がる・・・。後は、マスコミ次第だろう。
いや、はや、カメもびっくりしゃっくり、官に対し溜飲が下がった。お粗末な自民党には呆れるばかりだが・・・。でも、これほどの変革が実践されるとは、誰が想像していただろう。鳩山総理をはじめとする民主党の幹部だって、予想していなかったのではないか。驚いて、武者震いか、ビビリか判然としない新代議士もいるのではないか。
マニフェストによる総選挙、それによって民主党のマニフェストは国民の負託を受け、それを頑なに実践することによって、その時からマニフェストが葵の印籠の威光を放つことになる。
まずは、事務次官会議の廃止なんて、恐れ入りました、だ。口だけで、とても、できるなんて思っていなかった。新大臣の就任会見もそうだ。官僚の作成するペーパーなしで、マニュアルを駆使し、会見をそつなくこなして見せたのだから、驚かされるとともに、民主党の本気度を感じさせられた。
一市民にとっては、これから政治が面白くなること請け合いだ。マニフェスト選挙の真髄はこれから、さまざまな局面で見せ付けられることになるが、民主党の政権交代パワーは、おぼっちゃま総理どころか、想像以上に腰は据わっていて、なかなか強かで手強そうだ。
マニフェストで知られる北川正恭さん(早稲田大学大学院公共経営研究科教授) がラジオ番組で「混乱してもいい。そこで議論し、結果を出していくのがマニフェスト政治」「できなければ、また総選挙で、国民が選択する。二大政党ならそれが出来る」とコメントしていて、なるほど、そうか・・・と思った。国民投票による直接民主政治の始まりのようだ。

2009/09/18

◎Dバッグ背負ったカメがバンコク上空を遊弋


にしても、「イージーライダー」を皮切りに衛星映画で「俺たちに明日はない」「アリスのレストラン」と立て続けにアメリカン・ニュー・シネマを見て、カメはこれまで何の努力もせずに、感性と直感だけで齢を重ねてしまったと、そんな思いにとらわれた。とにかく、考えない。考えられない。考えることが嫌いだったのだろう。というより、考えてみても、ま、何もわからなかったに違いない。だから、たとえ何かが起こっても、自分の目に見える範囲だけの事象をとらえて、感性と直感で反応、対応していた。それも、生理的な好き嫌いが判断基準になっていることが多かった。
刹那主義の泥縄、付焼刃人生である。一歩踏み込んで、それが何故、どんな事由から、どんな背景があって生じたのかなんて、その時も、その後も考えないし、そもそもそんなことに気がつかない。とりあえず、目の前の事象が通り過ぎていけば、それでいいのだ! ザ・エンドである。だからだろう、それらはカメの記憶にも残らない。
これは、カメの脳の思考回路に不具合有り、とみる。目に見えないこと、事象はいくら説明されても、チンプンカンプンで想像もできないし、全く理解できないのだ。身近なところでは電気、電波、無線、気象といったところか。電話で話ができる不思議は、いまだに不思議なまま受け入れているのだが・・・。天気図も同様だ。特に象徴的なのが「負荷」という言葉で、いまだにカメは日常生活で使えないでいる。
米のニューウェーブの共通テーマは「自由」のようだ。自由とは、規制からの脱却、規制の撤廃を願い、彼らなりにそれを実践する姿が描かれている。でも、それらは普通の市民の目には奇異にしか映らず、まして実現しないし、受け入れられるはずもない。映画では、そうした自由を希求する若者の行動を追いかけるだけで、その先の見通しまでは示唆していない、というか、いずれも、志半ばのアン・ハッピーエンドで終わらせている。
振り返ってみれば、1970年前後、カメは何となくでしかないのだが、無意識に幾つかのタブーをつくっていたと思う。ベトナム戦争、ヒッピー、マリファナ、ベ平連、小田実、何でも見てやろう、学生運動、赤旗・・・等々。ひょっとすると、そうしたことをテーマに自由を標榜するアメリカン・ニュー・シネマもタブー扱いしていたのかもしれない。そして、カメは何にも知らないまま、考えることを放棄して、川の流れに身を委ねたまま、気がついたらバンコクまで流れていて、恥ずかしながら真の「自由」を満喫、その素晴らしさを体感している・・・といったところか。
実は、イージーライダーとDバッグを背負ったカメがオーバーラップした時、カメはバンコクの上空を遊弋しているように感じた。

2009/09/17

◎イージーライダーが示唆、いま青春しているカメ・・・


にしても、66歳のカメはいま青春しているのかな、と思った。
先夜、NHKの衛星映画で「イージーライダー」を見てのこと。
マリファナ密売で儲けた大金をタンクに隠し、真のアメリカを求めてオートバイで放浪の旅に出る二人のヒッピーを描いたアメリカン・ニュー・シネマの代名詞的作品。1969年の製作だそうで、ならば昭和44年、東大安田講堂で攻防戦があって・・・、その年のカメはノー天気なまま広告代理店に勤めて丸3年が経ち、何と身勝手なことに、夏の暑さに辟易して退社したころ。で、秋には出版社に入り、翌年春には新聞記者に転身できていたのだから、いい時代ではあったのだが・・・。
この映画どころか、アメリカン・ニュー・シネマとは全然縁がなく、この歳になって見るというのも、何かの因縁かも知れない。 イージーライダーは元々は馬をバイクに乗り換えた現代の西部劇を目指して創られたそうで、そこで描き出されたのはドラッグ・カルチャー、余所者への強烈な排他性、そして名ばかりの“自由”という現代のアメリカだった・・・といった評は評として・・・。
それまでの映画づくりの定石であったハッピーエンドをアンハッピーエンドにして、悲運に打ちひしがれて、自由とは何か・・・といった具合に人生を深く考える若者の姿が胸を打つのだろう。棺桶に半身潜り込ませたカメでも、イージーライダーを見た後、広野をバイクで突っ走る二人の若者の姿が、バンコクで大きなDバッグを背にうごめくカメの姿とたぶってきて驚かされたのだ。 そう、「これぞ自由!」というものなんだろうなと二つの映像を脳裏に重ね合わせ、何となく納得したのだった・・・。 

2009/09/14

◎祝!米大リーグ史上初9年連続200安打・・・


にしても、イチローは大したもんだ、ついに米大リーグ史上初となる9年連続200安打を達成した。200本目は、13日(日本時間14日)、敵地でのレンジャーズ戦ダブルヘッダー第2試合の2回、ショートへのタイムリー内野安打で、イチローらしい一打だった。で、この記録達成は日本で号外が発行されるほどのビッグニュースになった。
幾多の記録に挑み続け、幾多の名選手の記録を掘り返しながら、一本、一本ヒットを積み重ねるイチローが、やっと手にした米大リーグ史上初の大記録であり、自ら手中に収めた、多分、破られることがない、歴史的な尊い記録になるだろう。
イチローが渡米して何年目だったか、何度が衛星テレビでイチローのヒットを見て、思ったことがある。やっぱり、ホームランにはかなわないよなぁ、と。あの華麗さ、感動、快感はヒットの比ではない。それは、打つ方も、見る方も変わらないだろう。特にイチローが足で稼ぐヒットなど、手に汗どころか、歯軋りというか、舌打ちを誘う。それでも、ヒットはヒットだ。
そんなイチローだから、4球をもっと増やせば打率4割など簡単に達成できるのに、なぜ狙わないのかなと思っていたら、テレビのドキュメンタリー番組でイチローはヒットの大切さ、ヒットを見に来てくれるお客さんの期待に応えたいと答えていて、驚かされた。確かに、あれほどの選球眼だ、4球を選べば、確かに打率はあがり、それこそ5割近い打率だって可能かもしれない。でも、それでは必然的にヒットの数は減ってしまう。
多分、それは野球観の違いなのだろうが、カメはそんなイチローを見ていて、やはりサッカーの男らしさ、面白さの方に惹かれるようになっていた。

◎9.11深夜「トラ・トラ・トラ!」放映はブラックジョーク?


にしても、昨13日夜、テレビ朝日の日曜洋画劇場「9.11アメリカ同時多発テロ 最後の真実」をHDDに録画しつつも、ライブで視聴した。カメにとってはこの時間帯、ここ何年も「行列のできる法律相談所」を欠かさず視聴していただけに、洋画劇場のライブ視聴を決断するのは歴史的決断というほどのことでもないが、いささか逡巡した。でも、「テロは予告されていた!?」「全米震撼の衝撃作が地上波初放送!」「発生までの8年間、全てを予見し、水面下でテロと戦い続けていたFBIの真実のドラマとは・・・」等々、番宣の惹句に引きづられ、また、最近の紳助の横暴に辟易していたこともあって、「9.11」に貼り付いたのだが・・・。残念なことに、再現ドラマだった。CIA 、FBI 、それぞれの情報が入り乱れて、ストーリーが展開するものの、エピソードをつなぎあわせたドラマで、結局は防げなかったということになる。ドラマとしては、何とも不出来で、論評にも値しない。
一夜明けて、ふっと思い出したのが、日本軍による真珠湾攻撃の全容を映画化した「トラ・トラ・トラ!」だ。11日の深夜26:50からテレビ朝日のシネマエクスプレスで放映されていて、その録画を翌日じっくり視聴していたのだ。
カメはその感想に、「国力の差が歴然としていて開戦してしまう暴挙、こりゃ、どう分析すればいいのか。やはり、マスコミの力か、情宣というか、賢明な常識人が揃う海軍でも、全体の空気、世論の動向には、結局のところ、その流れに棹差すことはできずに、一緒に流されてしまうのか。それが、亡国につながると感じていても・・・。やはり、聖徳太子によって作られた五人組制度、人はその世間体の中に組み込まれてしまうようだ。その構図は、いまと変わらない・・・」と。
ま、そういえば、アメリカにとって国土を戦場にされたのは合衆国の歴史上、「パールハーバー」が最初、次が「NY・ワールド・トレード・センター」ということになる。テレビ朝日の番組編成マンがこんな編成をしたのは、単なる面白がりか、ブラックジョークなのか、或いは、何らかのメッセージが含まれているのか、ちょっと気になった。

2009/09/07

◎「そんな阿呆なぁ!」 毒づいてみたくなったカメ・・・


にしても、マニュアル社会での危機管理の危うさを示唆するような事件、事故が今朝、7日のYahoo Japan トップページのトピックス欄に目白押しになっているのを見て、 ノー天気なカメでも、つい、一言毒づいてみたくなった。「それみたことか!」と・・・ウフッ。
トピックス欄の一本見出しは以下の通りで、それを見ただけで、その内容まで推測できるし、それはほぼ外れていない。そして、一昔というか、そもそも10年前だったら、こんな事件・事故は起こっていなかっただろうと、思う。
・特殊ビデオカメラで水着透かす=放射線技師を逮捕-滋賀県警
・巨大芋煮足りなかった…2000食分払い戻し 山形
・福岡、懲りない酒気帯び…今度は県職員
・同級生の水死事故「しかられる」と知らせず
・耳かき専門店店員の重体女性が死亡 西新橋殺傷事件
・<韓国>川で1人死亡5人不明 北朝鮮のダム放流が原因か

「そんな阿呆なぁ!」「なぜ、そんなぁ」程度のものばかりで、危機管理などと大上段に振りかぶるほどのことでもないと思うのだが、これが事件・事故になってしまう。世代を問わず、現代人の縮脳症候群は進捗著しいようだ。
勘違い、間違い、うっかり、ノー天気、誤認、不注意、想像力不足・・・と、このレベルの脳作用はマニュアルがなくても、直感、感性が普通に作動していれば、それで十分、と思うのだが・・・あぁぁぁ。

2009/09/06

◎サッカーの実力差、素人目にもわかった


にしても、サッカーの実力差ってやつは凄い、紙一重の差がどの程度のものか、実力者が本気になるとどれほど動きが変わるのか、オランダ・エンスヘーデで行われた日本代表とオランダ代表との親善試合で見せつけられ、その差のあまりの違いに呆気にとられた。昨5日夜(現地時間=14:00)テレビの生中継を見ていて、空恐ろしくもなった。
カメの目線では、前半は互角以上で、結構スリリングな戦いを展開して面白かった。後半はハーフ過ぎて、1点取られてからは、素人目にも日本代表は、もうバタバタ、動けない、やられ放題で情けない。一方のオランダのスピードは衰えず、瞬発力はさすが凄い。見ていて、エッ、エッ、っていう感じだった。
一夜明けて、Netで見ると、「岡田ジャパン惨敗…前半互角も後半ボロボロ」の見出しが最も的確で、スポーツナビは「すべてのゴールが明らかにJリーグではないこと」と試合後の中村俊輔(エスパニョル/スペイン)のさすが!!!のコメントを詳細に伝えていた。

「少しねんざしてしまった。結果は0-3だったけれど、すべてのゴールが明らかにJリーグではないことで、あれが(世界では)普通。例えば3点目のシーン とか、誰のせいという話ではなくて、ああいうのがJではないこと。縦(への突破)が怖いからああなった。前半はボランチが(プレスに)行けたけど、あそこ (の対応)をウッチー(内田)だけでは……。
 1点が入る前から(オランダが)何人か交代して、プレスがぜんぜん掛からなくなった。誰かが1人について追いかけていたんじゃ、それは(ボールを)回さ れてしまう。1人がつきつつ2人目が、というような守り方をすべきだった。そういう選手が1人いると、これくらいのレベルになると回されてしまって余計な 体力を使ってしまう。(相手は)前半はそこまで怖いって感じではなかった。後半も途中までできていたし。だから後から入ってきた人も含めて、全員が連動し ていかないと。新しく入ってきた人は体力があるわけだから。それなのにズレてズレてとなっていたから、簡単に後ろの方まで行かれていたのが多かった。今ま では前からの追い方が(チームの)生命線じゃなかった。相手はボカンと蹴ってきてたからそこまで分からなかった。でもこういう相手になってどんどん問題が 出てきた。
(2001年の0-5で負けたフランス戦ほどの影響はあるか?)あの時よりはない。でも今日やってみて、誰が(入ると)どうなるとか、チームとしてはどう かというのは分かった。(プレスを90分間やり続けるしかないのか?)そう思う。だから後から入ってきた選手が重要になってくる。最初から出ていた選手よ りもっと走って、気を利かせないと。「おれはこういう選手だから守備しない」と言っていたらこうなる。
 前半と後半の途中までは手応えはあった。課題もすごく大きく出たから、岡田さんもあまりピリピリしていなかった。道が見えたから、少し明るかったんじゃ ないか。手応えがあった時間帯に点を取ることが大事。向こうはみんながトップクラスで、個人の力もありつつ、組織で戦える。日本はそういう個の力がないか ら、それ以上の組織力で戦わないといけない。
 もう1試合(ガーナと)できるから。もう1回前からプレスに行くのをやってみる。相手が違えばどうなるか分からないし、(プレスが)はまらない場面も出てくるかもしれない。日本代表としてこういう経験もいいこと。(0-3という結果は)プラスに捉えたい。反省すべきところはするけど、沈むことはない」

まさに、その通りで、恐れ入った。実は、同じような思いは、かつて、中田英寿のコメントでも感じたことを思い起こした。

2009/09/03

◎政権交代・・・裏マニュアルはびこり国滅ぶ


にしても、まるでオセロゲームのように政権交代なった日本の明日の姿がはっきり見えてきた。民主党自体の基盤が脆弱な上、今回の選挙では勉強が出来る、いい子ばかりが集まってきて、一体何が出来るというのか。彼らを見ていると、先夜六本木のSMバーで見かけたアラサーティたちに共通する生命力の弱さと脳縮症状を感じてならない。
何時、息が止まるかもしれないカメにとって、明日の日本は最早どんな姿でもいいわけだが、元々野次馬で面白がりのカメはつい外道の予感、妄言をこのNet空間に飛ばしておきたくなった。
一言で言えば、日本滅亡なのだが、それを加速させるのが彼ら若手の脳縮症候群であろう。それが、どんな行為かといえば、万に一つの危機管理を疎かにしたり、曖昧にしたり、忘れたり、無視した結果、引き起こされるリスクである。
それは、平成11年9月30日に発生した東海村臨界事故に象徴される。「JCO」東海事業所で起きた国内初の臨界事故だ。高速増殖実験炉「常陽」の燃料用ウラン溶液を製造中、正規の工程では使わない沈殿槽に、ステンレス製バケツで制限量の7倍もの ウラン溶液を投入したためとされる。
同社では、国の許可を受けた工程を勝手に変更し、1993年からステンレス製バケツで粉末ウランを硝酸で溶かすなどの違法作業が続けられており、これらは幹部らが容認して手順書(裏マニュアル)にまとめられていた。事故はこの裏マニュアルをも逸脱した作業の際に起きた。作業員は事故当時、臨界管理について認識しておらず、臨界安全教育がほとんど行われていなかった。
この事故で、臨界状態は約20時間続き、周囲350m以内が避難、10km圏内に屋内退避要請が出された。被ばく者は周辺住民や駆けつけた救急隊員、JCO社員ら439人に達し、転換試験棟にいた作業員3人は入院し、うち2人が 死亡した。
民主党のマニフェストとか、マスコミに登場する民主党員の言動を見ていると、最初から裏マニュアルを手にはしゃいでいて、元々のマニュアルを廃棄しているようにも思える、特に、安全保障についてはそれが顕著で、社民党との連立協議など在り得ないし、あってはならないと思うのだが・・・。

2009/08/30

◎アラサーティ男女に脳の縮小が始まっている・・・


にしても、日本社会の近未来図をのぞいた気がした。それは、旧知のマスターから「今週土曜日、時間があれば遊び来ませんか? S女が来ます。素人ですが…」とメールで誘われ、29日夜、六本木のSMバーに出向いての事。集まったのはカメを含め男5人、女は3人グループと2人組の計5人。カメ一人突出した高齢者で後はアラサーティといったところで、最初からカメは浮いていたのだが・・・。一体、何をしたいのか、何をしようとしているのか、さっぱりわからない。マスターの人柄なのか、仕掛けもなく、お客さん任せにしていて、何も始まらない。
男たちは黙ったまま、女たちは勝手に「Sだ」「Mだ」と喋っているのだが、その内容たるや空疎で、底も浅く、その上、範囲も広がり過ぎで、何度かチャチャを入れたくなったが、あまりのレベルの低さに、それも大人気ないと自粛、結局、日付が変わりそうな時間になっても、何も起こらず、終電がなくなっては困るカメは店を出たのだが・・・、世の中、完全に変わってきているのを実感させられた。
今の若い連中は、男も女も何か勘違いしている。それは、特に女が凄いし、男はそれに甘んじている構図で、もはや、救いようがないと強く感じた。はすっぱな知識だけで、イメージし、そんな浅薄な範囲で、さもそれらしくはしゃぎまくって、楽しんでいる。カメが一喝したら、パニックを起こすと思う。何とも、阿呆らしい。
もう少し、深く考えてみると、何となく、生物学的に脳の縮小現象が始まっているのではないかと感じた。面白ければ、似非現象をも信じて疑わず、女は強がって、周りは困惑しながらも、それを容認し、持て囃す・・・、見ているカメは情けないし、それどころか恥ずかしい。
でも、このレベルの連中が社会の中枢を占めてくるんだから、こりゃ「政権交代」なんて民主党は浮かれてはいられない、よなぁ、いまの民主党もそんなレベルだ・・・と、そんな感じを受け、いささか不安になった。