2009/03/10

◎また、小石に躓いた小沢一郎・民主党代表・・・


にしても、「西松建設」の企業献金は古色蒼然としていて、なんとも稚拙、噴飯ものだが、東京地検 の手にかかっては、もはや恐れ入るしかないというのに、民主党の小沢一郎代表は当初、浮き足立つ素振りを見せることもなく建前を繰り返し、その後も建前を通すしか対抗策がないのが悲しい。今後は、日一日と周りを固められ、そのうちにっちもさつちもいかず、八方塞がりになることは目に見えているというのに・・・。
政界関係者の誰かが「小沢は、事を成す段になって、その直前に必ず小石に躓く・・・」といっていたのを思い出す。といって、材料の全てを握っている地検の「次の一手」は予想もできない。地検の選択肢は「当然の一手」から「次善手」、「妙手」、「奇想天外の一手」と数多くあり、どの手を選択しても事件は成立する。検察の手の内が見えない小沢に、自ら動く手はない。まな板の鯉、晒し者の状態がしばらくは続くことになる。
西松建設側の供述と公設第1秘書の身柄を押さえてあれば、全ては、検察の思いのままだ。これを国策捜査と呼ぶのは当たらないだろう。検察官の青臭い正義感といったほうが適切な気がする。改正された政治資金規正法をどう読み、どう解釈するかは、まさに、検察の胸三寸なのだ。いったん検察に目を付けられたら、まず逃れならない。
「解釈の違い」なんて逃げ口上は通じない。カメは 「解釈の違い」は存在すると思うが、最近では、例のホリエモンだって、村上ファンドだって、まさかと思ったが、結局は潰された。マスコミも検察には手の平を返して擦り寄り、まさに検察の掌で泳ぐのが精一杯だ。何とも、情けない。