2006/10/21

◆テレビが全て・・・メディアの威光は国を亡ぼす

にしても、メディアの威光は凄い。亡国のA級戦犯といえるのではないか。特に、テレビだ。最近のテレビを見ていると吉本所属の芸人が番組を席巻している風だ。その芸人のほとんどは頭が良く、才能豊か、人材が揃っている。精魂込めてお笑いを演じているのを見ていると、何とももったいないと思う。
テレビが登場して半世紀・・・、完全に世の中の価値観を根底から変えてしまったのだ。カメなどは、テレビなんて・・・という世代だ。いまの芸人たちはテレビが全て・・・テレビに出ること、映ることが最高に格好いいと思って育った。
昭和天皇のXデイが迫っていたころ、予備校生が皇居前広場でテレビニュースに映されるパフォーマンスを競ったり、東大の合格発表風景の中で胴上げして見せるなど、テレビに映ることに精力を注いでいると知って驚かされたものだが、いまは吉本に入って芸人になることがテレビに映る最も近道になった。
かつては、末は博士か大臣かだったり、良い大学に入ることが若い世代の絶対的な価値観だったが、いまはテレビに出ることに変わってしまった。
何とも、もったいなく、亡国につながる現象だ。テレビに登場する芸人を見ていて、彼らは多分吉本に入ってテレビに出ることだけを最高の価値観として青春を燃焼させてきたのだろう。彼らのうち何人かはその価値観を東大に変えていれば、合格できたのではないかと感じる。
有為の人材がテレビのお笑いに使い捨てにされていくのを見るのは亡国の坂道を垣間見るようで何とも切なく、情けない。
もっとも、メディアの威光はいまやパソコンに取って代わられている。パソコン育ちの代表がホリエモンなのだろうが、パソコンメディアの浸透力、影響力、そのスピードはテレビの比ではない。
かつて、世界共通語としてエスペラント語が提唱されていたものだが、WindowsOSの普及でカメですら英語の必要性を痛感し、その愚かさを嘆いている。
メディアというハードは開発した技術者の想いとは裏腹に、ソフトによって支配されてしまう。そのソフトはまた、大衆の鏡でもあるのだ。亡国の坂道に歯止めをかける術はなさそうだ。