2015/11/13

◎肺がんや 医師の手離れ 自然体

にしても、これが最後の診察になるかと思うと、いささか緊張して診察室に入った。「気持ちはもう決まりました? もう何もしないよ、と」。開口一番、医師はそういって迎えてくれた。あれこれ、グズグズいうんじゃかなわないよなぁと思っていただけに救われた感じだ。間髪入れず「舞茸と岩盤浴、ゲルマニウム・・・始めています」と応じ、肺がん診察は終わった。11月10日のこと。
「病院は治療が前提になりますので」といいながら、こんな例え話も。学校の先生に勉強しなくてもいいですかと聞いて、「いいよ」とはいえないでしょう? 病院に行くっていうことはそういうことなんです。自由にいきたいけれど自由にいかない、と。
で、今後についてアドバイスしてくれた。ホスピスに入院するといっても簡単じゃない。その前段階に色々、手順がいるんです。ホスピスと連携している緩和(ケア)科というのがあり、そこに通って医師と話をして関係づくりをしたうえで、色々決めていくそうだ。緩和科とは初めて耳にする言葉だ。自宅の近くでは、東芝病院があるという。そのへんはソーシャルワーカーと相談してくださいとバトンタッチされ、最後に「お大事に・・・、お力になれなくて申し訳ないです」と頭を下げられた。
ソーシャルワーカーだという看護師長とは事務的な話ながら「いまは一人で不自由ないそうですが、この症状、それが出来なくなるっていうのは、徐々にではなく、突然来るんです。我慢しないで、ちょっと心配だなとなったら、すぐご相談下さい」といわれた。また、NETで東芝病院にアクセスし緩和ケアを調べたら、「治療を希望せずに自然体でがんと向き合っている患者さん」が対象とあった。

病院を後にして、自転車のペタルを踏みながら、糸が切れた凧のような気がしていた。朝起きた時から何か獏とした不安感に見舞われ、焦燥感に囚われていたのに、一気にそれらが吹っ飛んだのだ。自由、勝手気侭で気楽なカメに戻れた気がした。