2009/11/09

◎「2,500B per Month」に度肝抜かれ・・・



にしても、観光都市・チェンマイの景気の低迷は酷いようだ。チェンマイには11月一杯いるつもりで、ネットでゲストハウスの予約を入れて、ま、20日ぐらいまで抑えておけば良いだろうと、途中から疎かにしていたのだが、それで正解だった。11月から観光のハイシーズンといわれているのに、観光客の姿はまばら、ゲストハウスの予約など当日でもOKだ。現地で探せばいいやというカメの甘い見通しが的中して、嬉しい限りではあるが、ちょっと気の毒でもある。このままでは、チェンマイが衰退して、なくなりかねないとまで感じてしまうのだ。
最初に泊まったDランクのホテルの近所を歩いていて見つけたゲストハウス、「一泊200BT」とあって、「ロングステイOK」とあるので、ちょっとのぞいてみたら、気の良さそうなオーナーがいて、いきなり「見るか?」と部屋に案内してくれた。本来なら、こちらからお願いして、見せてもらえばラッキーなのだが、これも需給バランスが崩れているからだろう。
その部屋は、洗面、シャワー、トイレ室がロングステイにはちょっと狭いかなと思ったが、カメの評価は「200BTなら、まぁまぁか」。そのオーナー、「お客さんが全然いない。1ヵ月、1Monthなら 1泊80BT(月2400BT=7200円)でいいよ」といわれ、半信半疑だったのだが・・・。昨日、旧市街地を歩いていて度肝を抜かれる看板を見つけ、思わず写真に収めてしまった。
な、なんと、である。
「2,500B per Month」
苦し紛れとも思えない。
実は、カメはこんな金額でゲストハウスかサービスアパートメントを探し求めていながらも、有り得ないと諦めてもいたのに、それがあっさり見つかってしまったのだ。ただ、このゲストハウスに関しては外目からも、古くて、汚いイメージで、見せてもらう気にはならなかったが、この手の話はどうやら少なくないようだ。そのうち、部屋の中を見せてもらいたくなるような物件に当たりそうだ。カメが歩いて見ている範囲だけでも、店仕舞いしてしまったようなゲストハウスはいくつか目にしたし、Net情報によれば、活気のあるゲストハウスでは、エコやアドベンチャーツアーと抱き合わせで営業している店も多いという。
カメが1人、意気に感じ、財布の紐を緩めたとて、どうなるものでもないのだが、極貧なカメにとっては都合のいい、住み易い街になっているようだ。ウフッ。

◎指が これ;それ;あれ;と喋って頼もしい・・・


にしても、今回の訪泰ではカメご用達の「旅の指さし会話帳」をまだ使っていないと気が付いた。バッグに入れ持ち歩いてはいるのだが、妙な下心がなくなっているからか、取り出すのが面倒臭くなっているし、先ごろ気がつけば、どこかで、トゥクトゥクの運転手相手だったか、日本語で文句を言っていた。ま、タクシーと食堂ぐらいしか接触することもないから、ねぇ。ま、相手に通じているかどうかは不明というより、全く通じていないし、何故怒っているのか理解していないに違いない。
でも、勝手に、こちらの言いたいことを日本語でまくし立てると、大抵、相手は黙って見ているし、勿論、聞いているわけはないし。怖気づいてか、呆れてかは、わからないが、何か、こちらは、それで一応すっきりしてしまうから、不思議といえば不思議・・・。すっきり感だけで、何事も問題が解決したわけでもなく、課題は先送りされただけなのか、元々大した課題ではなかったのか、課題自体を忘れてしまったりもする。ただ、間違いなくいえるのは、一円たりとも、まして一バーツたりとも出してはいない。それが、救いだが、それで、タイ語の一つも覚えるわけではない。
で、いまは、ほとんど、指が口の役割を担っている。食堂などで、指が「これ」「それ」「あれ」としっかり喋っていて、頼もしい。

2009/11/08

◎一辺2kmの堀に囲まれ、頼りは自分の足・・・



にしても、チェンマイ市街地には公共の交通機関がなく、確かなのは、どうやら自分の足だけのようだ。バンコクではお馴染みとなったBTS、地下鉄もなく、バスさえも走っていない。バンコクでは煩いほどまとわり付いてくるバイクタクシーもない。これでは当然なことに人の行動半径は限られる。
でも、カメもそうだが、チェンマイ在住の市民もそれほど不自由さは感じていないようだ。実は、チェンマイの旧市街地には景観条例みたいな建築規制の網がかけられ、旧市街地は開発の波から取り残され、いまや見捨てられつつあるようだ。
チェンマイは元々さほど大きな都市ではなく、いわば盆地の都だ。特にその真ん中に当たる旧市街は城壁の中、一辺2kmの堀に囲まれた市街で、一回りして約8kmと歩けない距離ではない。この矩形の旧市街地から放射状に開発が進んだといっても、これといった見所はない。東西南北、その先はいずれも山岳地帯というわけで、いまやエコとアドベンチャーの一泊、二泊、三泊のツアー企画が花盛りなのだが、お客さんは例の空港スト以来、激減しているそうだが・・・。
で、市街地の足となっているのは、トゥクトゥク(3輪タクシー、料金は交渉制 )と、ソンテウというトラックを改造したミニバス(赤色が市内ルート)で、こちらも料金は交渉制(乗り合いの場合20B〜)と、カメにとっては、なんとなくいかがわしいのだが・・・。文字通りの人力三輪車も健在だが、見ていて痛々しい。
カメはまだ トゥクトゥクしか利用していないが、そのうち、赤色のソンテウでも乗りこなすようになっているかもしれない。ま、それより足だ、ネ。カメの足でご当地に慣れてくれば、住めば都・・・が直ぐやってくるはずだ。そうなれば、故知れず、リラクゼーション、落ち着くんだよなぁ。
今回はスタートからちょっと無理して歩き続け、それが祟った。足だけでなく、腰にも響く。この歩き過ぎ、無茶は出来ない、な。単純に、無理しない、疲れたら休む・・・を鉄則にしなければ・・・。特に、急ぐ必要もないのに、ねぇ、ウフッ、柄にもなく、真面目にメル友女性のプレッシャーにのってしまって・・・、かなり後を引きそうだ。
そこで取り出したのが、磁石・・・。使い方はわからないものの、聞くのもおこがましく、日本の100円ショップで見つけ、いつか使うのではとバッグに収めていたのを取り出し、このチェンマイの街で使ってみると、なるほど、なるほど、「ここは、どこ」状態からは抜け出すことができ、何となく現在の自分の立ち位置が感じられ、何ものにも代えがたい安心を得た気がしている。

◎海外出会い系サイトの摩訶不思議・・・


にしても、初めての町、夜の町に、たった一人、放り出されては、さすがに、「ここは何処?」「私のホテルは?」となって・・・。何せ、ホテルの名前も覚えていない。ただ、ここから正しい道を進めば、それこそ10分かからずベッドイン出来るはずだった。でも、でも、だ。人混みの中で、どちらに行けばいいのか見当も付かず、でも、自ら投じた選択は嘆くまい、悔やむまい。ただ、その波の流れにいつまでも身を任せていても、埒は明かない。Dバッグからホテルの地図が入ったパンフレットを探し出し、深夜のトゥクトゥク(3輪タクシー)とフラフラになったカメが交渉、60BTでホテルまで届けていただいた。シャワーを浴び、買い置きの缶ビール(CHEERS 5ooml)を開けて携帯電話の時計を見たら、3日の「23:50」。おかげで、パンダ女史とは没交渉になってもいいなと、カメは何となく吹っ切れた感じに満足していた。
所詮、外道のカメとライオンズクラブの会員では折り合いがつかぬというより、ライオンズクラブの目線からすれば、外道なんて人間として許せない、唾棄されるべき存在だ。ライオンズクラブとくれば、外道とは対極に位置する。その生き様は、向上心とドロップアウト、といったところか。さらに、気苦労による緊張感、社会的評価のプレッシャーによる自己満足と快感、これに対し、身に纏うもの一切なし、社会的ノープレッシャーによるリラックス、癒しの快感といった違いだ。人の生き方は、それこそ、人生いろいろ・・・でいいのだが、カメとパンダは出会ってはならない、禁断の仲だったのに、出会ってしまう、これがNetの出会い系サイトの摩訶不思議なところ、だ。うふっ。

2009/11/07

◎夜空を彩るコムロイ(熱気球)の舞いに酔う




にしても、知らない町、初めての町を無闇矢鱈歩くものではない、と悟った。それも、パンダ女史に散歩好きなどと吹聴した手前もあって、昨夜食事したレストランぐらいは辿り着けるだろうと、見当をつけて、昼前から歩き始めたのだが・・・、とんでも8分で、歩いて10分とはいかなかった。かつて都の在ったその当時の堀と街路は残しているのだが、車で移動するパンダ女史の時間と距離の感覚と、カメのそれとでは雲泥の差だった。
特に、パンダ女史の場合、「車で10分」は口癖のようだ。最初、チェンマイは狭いから、そんなもんか、とも思っていたが、歩いてみれば、そんなことはない。やはり、時間と距離の感覚は車と徒歩では、まったく違う。改めて、実際に歩いてみて、車で10分となると、かなり遠くまで行けるし、昨夜も旧市街からはかなり離れたところまで行っていたような気がした。直ぐ傍のレストランとはいかないのだ。
その夜は、ロイクラトン祭りの最終日で、市街地の東側を南北に流れるピン川をゆったり下るナイト・クルーズが催され、カメはその乗船券を1枚(400BT)、パンダ女史から購入し、5時30分ごろパンダ女史の車で、船着き場があるお寺の境内まで行く予定だった。
昼間のカメは歩きに歩いて、ようようホテルに着いたのは午後5時を過ぎていて、シャワーを浴びる間もなく、あっという間に、パンダ女史が到着。で、車に乗ってから、その日のカメは第一目標としていたレストランには辿り着けず、代わりにIPプラザに行き当たって、今回何故か忘れてきてしまったUSBメモリー(4G)を買えたと報告。でも、パンダ女史は上の空の返事で・・・。ムフッ。
お寺の境内の駐車場はラスト1に、ぎりぎりセーフだったが、出航までほぼ2時間待ちとのこと。川に繋がる階段から、バナナの葉で作った灯籠にローソクや花などをのせた「クラトン」という灯籠流しに興じる母子らや、コムロイ(熱気球)の打ち上げにデジカメを向けて時間待ち。
どうやら、この川下りはご当地のライオンズクラブの主催のようで、パンダ女史もその会員で、顔の広さをアピールしていた。
50人ほど乗せた屋形船は川面に映る橙、赤、白の明かりを揺らしながら、ゆるゆると浮世離れした流れに身を委ねて移動する様は、まさに、これぞリラクゼーションの極みといった趣きで、カメが夢幻に浸れるお気に入りな時間となった。
下船後、もう10時は過ぎていたか、パンダ女史の車でホテルまで送ってもらう途中、祭りの最終日とあって、殊更ひどい渋滞に巻き込まれ、明日朝の仕事がいつもより早いといっていたパンダ女史のイライラが伝わってきたので、抜け道のあるところでいいですと気配り自慢のカメは、そこで車を降りて、ホテルの方向に向けて車とバイクと人並みの雑踏の中を歩き始めたのだった。

2009/11/06

◎チェンマイのメル友女性は旅行社の社長さん・・・


チェンマイ空港に着いて、バッグを受け取り空港の外に出たのは、現地時間17時過ぎ。空港を出たところのベンチでひと休み。いよいよ、バンコクでは我慢した携帯のモベルのNOKIAのスイッチをONに・・・。
なるほど、起動にちょっと時間はかかったが、電波のアンテナが3本立って、うふっ、キタァ!!!って感じだった。よく出来てるよなぁ。うふっ、うふっ・・・。
早速、登録済みのメル友を選択、Call うふっ。ニックネームはパンダさん、携帯は直ぐ繋がって、でも、様子がわからず、カメは空港について、いま、外に出たところ、これからホテルまで、と。さらに、パンダさんはいまどこ? オフィス? 仕事は終わったの?  5時までだから、もう仕事は終わっている、車で来ているから、迎えに行こうか、ええっそんなぁ、って、ティーニィーティーナイ(ここは、どこ? )状態のカメにしてみれば渡りに船・・・。ありがたや、ありがたやで、カメの絵が描いてある帽子をかぶっている、と。10分ぐらいで行けるから、と。10分は、その後知ったのだが、どうやら口癖のよう。他のことの説明でも、やたら10分が多かった。チェンマイでは渋滞に巻き込まれない限り、全ては10分圏で決着するということなのかも、と後で思った。

車の中で問わず語りに、パンダさんは52歳、旅行代理店の女社長で、07年に会社を設立。家はチェンマイ大学の傍の病院の近く、母と2人暮らし。弟2人は独立して別居。自宅で母が寮のようなことをやっている。ずっと1人で、結婚暦はなし。
カメは離婚して大森のマンションで1人暮らし、これ日本では「バツ1」といいます。仕事はもうしていない。娘は1人いるが、独立して1人暮らし。カメはタイが大好き、バンコクにはもう5,6回は来ていて、チェンマイは今回が初めて・・・。

道路は、1日から始まったロイクラトン祭りで渋滞しているが、パンダさん、一方通行などは熟知していて、渋滞に突っ込んでも直ぐに脇道に入ったりして、カメにはチンプンカンプンなれど、カメの予想よりずっと早く、あっという間にホテルへ到着した。このホテル、彼女の評価では「酷い」。カメは、値段からいって、ま、こんなもんか。デポジット500BT込みで5日分の宿泊費に2100BT(1泊約320BT=960円)ほど支払う。部屋は、掃除は行き届いていて、水周りも問題なし。荷物を少しほどいて、半袖に着替えて、パンダ女史の車へ、お待たせ!!!

彼女によれば食事は近くのデパートで、とのことで、そこの駐車場に止めて、中のフードコーナーへ。米国系のレストラン、Sizzler – KSKで食事。 ハンバーグセット、サラダ、スープなどバイキング、もはや食いきれない。午後8時ごろ、お愛想、2人で403BTだった。高いのか、安いのかは、残念ながら不明なれど、日本円にして1,209円。その後、そのショッピングセンターを地図で探すも見当たらなかった。さて、はて、明日は夕方、車でホテルまで迎えに来るという・・・。

2009/11/05

◎”両手に花”の謎の機中で、肩はコリコリ・・・


にしても、便りがないのは達者な便りとか、ブログの更新が途絶えると訃報とか、まさに人さまざまで、カメの場合は単に怠け癖が発症しただけかもしれないが、海を越えて舞台が変ったせいで、まだ何となく慌しく、その慌しいままに、とりあえずはアラカルトで発信する。

☆成田空港の免税店でいつも買うことにしているオールドパーを見ていたら、6800円以上購入するとショルダーバックをプレゼント・・・とあって、その気になって2本買うことにして、航空券をチェックされたら、何と駄目。なぜなら、乗り継ぎのバンコクで没収とのこと。機中に預けたスーツケースにでも潜り込ませて見つからなければOKなんですが・・・。何でやねん・・・なのだが。今度、直行便の時にご利用ください、には参った、ね。こんなのアリか。バンコクに着くまでに、機中で空けてしまえば大丈夫ですが・・・とも。いや、はや。

☆タイ航空のチェックインカウンターで、席の選択の際、窓と通路側は全部埋まってまして、といわれてもねぇ・・・。乗ってみたら、両サイドにそれぞれ34,5歳のキャリアウーマン風の単独女性。ちょっと驚いた、ね。単独女性がバンコク直行便とは・・・。といって、真ん中に座ったカメは、小心者で、キッチンハート。右か左にアプローチしようかとも妄想したが、とっかかりは皆無、片方に話しかければ、何とも不自然だし・・・。グスン、もったいない、こんなチャンスは2度と巡ってはこないだろうなと、悶々。で、着陸した後、席を立ってから何と2人は談笑、友人か、知り合いであることが判明したが、何故、そんな行為を・・・、離れて座る必然性があったのか。これは、新しい潮流なのか、要分析、だ。6時間30分ほどの飛行時間中、窓際の女はノー・トイレだったし、通路側の女は3度ほど、カメは1度だったが・・・。その緊張感から、カメはいまも肩凝りがコリコリ。いや、はや。

☆バンコク・スワンナビン国際空港で、チェンマイ行き国内線の乗り継ぎにてんやわんや。終始、ここはどこ? ではなく、イミグレはどこ?  乗り継ぎゲートはどこ?   とにかく通路が長い。出発時刻は確か、15:40だったか。でも、いま何時? 同乗者の大半はバンコクで出国。乗り継ぎ客の行方がわからない。と、イミグレの表示版の位置を通り越して、トランスファー、チェンマイ行きの表示版を見つけ、それを頼りに200m、250m行ったらイミグレの表示がなくなり、オイオイ、そんなバカな・・・で、先ほどのイミグレ看板まで走って戻って、出国審査所まで行ったら、乗り継ぎコーナーはなく、出国のみ。係員を見つけて、チケットを見せ、イミグレ、トランスフォーと汗だくで聞いたら、やっぱり、さっきの通路を指し示すので、思い切って、走り乗って・・・。たら、タイ国際空港のカウンターがあって、入国審査も終えたところまでは良かったが、搭乗ゲートがわからない。ゲートは3つあって、一つは、ほとんどは乗り込んだ感じで、人の気配はなく、残り2つは行列が出来ていて、山勘で1つの最後尾に並んでみたが、やはり不安で、カメは自分の航空券を最後尾のお客さんに見せたら、違う便で、慌ててもう1つの列でも同じことをしてみたが、やはり違う便。あたふたして、お客のいない搭乗口で係員に見せたら、早く早くとバスに案内されて・・・。いや、はや。

☆セブンイレブンが少ない、ほとんど目にしない。気にして探して、それでも、やっと、あった・・・って感じ。バンコクでは10mも歩けばその看板が目に入るというのに・・・。いや、はや。

☆チェンマイの女性は、間違いなく、日本人女性と限りなくDNAが近い。見た目で、非常に良く似ている。ただ、当地の女性の方が、圧倒的に素朴、純朴、可愛く、素直そうで、目も澄んでいて、美形も多い、ヨ。いや、はや。

2009/10/31

◎生まれながらのケチ、ポケットティシュにも迷う・・・


にしても、Netで知った、タイで最も嫌われる男のタイプはケチだそうで、それはタイに限ったことではなく、まさにグローバルスタンダードな評価だろうと思うのだが、何とも困ったことに、カメはどうやら生まれながらのケチのようで、この性根は直しようもない。
先日、パソコンでプリントアウトしたチェンマイのA4地図の拡大カラーコピーをとろうと近所のコンビニに入って、「A3カラー/1枚80円」と知って、そんなバカなとうろたえ、最初の1枚は縦横の置き方を間違えて失敗、結局2枚、たかがカラーコピーに160円も払う羽目になって肩を落としたのだが、二、三日後、新たに見つけたチェンマイの地図の拡大カラーコピーがまた欲しくなったものの80円が惜しくなって、思い出したのが図書館のコピーサービス、まさかA3カラーに80円は取るまいと出かけてみたら、な、なんとカラーコピーはなく、白黒オンリーで用紙はA3を含めオール1枚10円で、ま、いいかと、納得して10円で済ませたのだが、さすがに自らのケチ臭さにウンザリするとともに、余計なお世話だろうが、このデフレスパイラル、どこまで進むのか、「貧困ビジネス」なんていう言葉まで耳にして、ちょっと心配になった。
何ていいながら、あの激安の殿堂・ドンキホーテが昨日、蒲田駅前にオープンしたと知って、早速出かけ、4階までひと通り見回して、結局は入り口に戻り、目玉品コーナーで、1袋10円のグミミントを5袋手にしてレジに並び、袋に印刷された若句「瞬間、息スッキリ!」に、そうタイでは必需品なんだよな、と1人ごちながら、50円玉1個プラスチック皿に置いた。
もう一つ・・・、Netで見つけたチェンマイ情報によると、ゲストハウスの中にはトイレに紙を用意していないところがあると・・・。心配性でケチなカメは、そりゃ一大事と即反応して、JR蒲田駅前を通るたびに、手を出してポケットティッシュを集めまくって、バッグに詰めるものの、さて、どの程度持参すればいいのか迷いつつも、ケチ故に、この手のものを現地で買うのは何か損した気になるんだよなぁ。

2009/10/29

◎英国の携帯電話番号をゲットしたカメ・・・


にしても、日本はグローバルな国際電話業界の蚊帳の外にいるようで、何とも心もとない。チェンマイ行きが迫ってきて入手した携帯電話を手にして、そう感じた。海外の滞在地で、日本の高機能の携帯電話が使えないわけではないが、要は、あれこれ、それこそ馬鹿馬鹿しいほどお金がかかるのだ。その点、カメが購入した国際電話サービス「モベルコール」では通話料だけで、月々の基本使用料とか請求書作成などの手数料は一切なし、だ。端末の携帯電話は「NOKIA」で、送料などを含めた支払い金額は6000円ほど。後は、現地での通話料金だけで、日本に帰国時は、他に料金は発生しない。現地でのレンタルなどもチェックしてみた結果、このモベルシステムが最も安く感じたのだが・・・。
昨日、届いた携帯端末を手にして、はて、さて、困った。PCと違い、携帯電話を使い慣れていないからチンプンカンプンなことが多い。日本語の簡易取説は付属していたが、ピンと来ない説明が多いし、端末自体はアルファベットによる英語表記だ。カメが受け取った端末の電話番号だって『英国』籍だ。それでも、何だかんだ、と操作しているうちに、日付と時刻の設定はできた。でも、それだけで、もうクタクタ。いや、はや、疲れる。集中力が続かないヨ。
で、ドコモの携帯からカメの「NOKIA」の英国ナンバーに電話してみると、オペレーターに切り替わって、英語で「・・・impossible, かけ直してください」と繰り返された。同じ操作を3回やって、いずれも同じ結果にちょっと不安になり、日本支社のサポートセンターに問い合わせてみたら、日本国内では繋がりません、とのこと。で、英国の番号に電話してみたら、斯く斯く云々の応答があったと伝えると、それは多分、「圏外ですので繋がりません。後で、かけ直してください」といっているのでしょう、圏内のタイではOKです・・・といわれて、ひとまず安心したのだが、ほんとかなぁと、カメはあくまでも小心な現実主義者なのだ。

2009/10/26

◎ 国際電話のかけ方と滞在地での携帯電話・・・


にしても、携帯電話の世界がこれほど複雑怪奇とは思わなかった。液晶表示が小さ過ぎて見難く、ボタンも小さくて扱い難いと、これまで敬遠していたが、メル友がいるチェンマイ行きがあと一週間と目前に迫っては、避けてはいられない。メル友がメールで携帯番号を知らせてきて、カメからの電話を待っているのだ。かけないわけにはいかないのだが、実は、海外への電話のかけ方がわからない。情けないことに、KDDIに中継してもらう、その程度のとんちんかんな知識しかない。
その点、Netは有難い。国際電話のかけ方・・・だったか、検索窓に入力したら、手取り足取りのマニュアルがどっと表示されて、その幾つかをじっくり読み込んだら、カメがいま使っているドコモの携帯でタイまでつながりそうだ。煩雑な手続きとか、新規の利用料金を課金されるのではないかと、二の足を踏んでいたのだが、それは杞憂のようだ。
日曜日の昼下がり、頃は良しと、「001」とKDDI経由でタイの国番号「66」、そしてメル友の番号を押し終わったら、即座にKDDIのオペレーターに切り替わって、この電話を使うには「利用登録が必要」とその説明をされて、なるほど、そういうことなら、カメが使っているNTTドコモでも同様のサービスをやっているだろうからと、いったん電話を切って、改めてドコモのHPにアクセスしてみたら、いや、はや、面倒くさいこと・・・、でも、じっくり読み込んだら、特別の手続きなしに、いまのままで使えそうな気がして、メル友の番号をプッシュしたところ、いきなり、鮮明なタイ語が聞こえてきて、びっくり。「カメです」と挨拶し、その節は宜しく・・・また、連絡します、と早々に電話を切ったのだが・・・。
確かに、この携帯で日本からタイへは電話がかかったが、その逆、タイから日本にかかるのかといえば、それは出来ないな、とカメの貧脳がうごめいたのだ。そうか、そうか、そういうことなのか、と海外の電話事情が一気に氷解した。通信ネットワークのインフラが違うのである。だから、日本で使っている優秀な機能を備えた携帯電話を海外に持参して使おうとしても、無理なのだ。技術立国を標榜する日本の狭い了見が、やはり世界標準の前には尻尾を巻くしかないといった按配だ。
国際電話を海外にかけるには、滞在地でかけるには、海外から日本にかけるにはと、そのマニュアルに翻弄されていたカメは、引き続き、Netでタイの現地で使える携帯電話をあれこれ調べてみて、夜になって、やっと納得して、国際電話サービス「モベルコール」に「NOKIA 1208」の購入申し込みをしていた。ウフッ。ただ、Net情報によると、海外で使う携帯電話によるメール作成で文字化けしないタイプの開発競争が火花を散らしているようで、日本の技術開発の行方にちょっと愕然とした。

2009/10/24

◎両チームに胴上げされ、ノムさん良かった・・・


にしても、何となくだが、74歳、ノムさんの最後の仕事にとうとう付き合ってしまい、改めてノムさんの呆れるほどの辛抱強さに驚かされた。パ・リーグのクライマックスシリーズ第2ステージは第1戦で勝負あった・・・だったのに、その後3試合もノムさんは針の筵に座らされ続けて、ほんと、カメはノムさんの胸中を斟酌して、もうブチ切れてもいいのにと思いつつ、毎日BSテレビを横目で見ながら、特にマー君の頑張りには頭が下がりつつも、ノムさん劇場の幕引きが1日伸びてお気の毒にと同情したのだが、最後となった第4戦終了後、楽天、日ハム両チームに胴上げされたのは、何としても良かった。その光景を珍しく時事通信が、こう伝えている。
「・・・楽天は試合後、全員が右翼側のグラウンドで観客席のファンに向かい整列。日本ハム側からも梨田昌孝監督、ヤクルト時代に師事し た吉井理人投手コーチが野村監督に歩み寄り、抱き合って慰労。その後、やはりヤクルトでまな弟子だった稲葉篤紀外野手らも交じり、この日戦った両チームが 一緒になって胴上げした。野村監督は「感無量。プロ野球界に(育てた)人を残し、少しは貢献できたかなという心境」と喜び、「本当にありがたい。敵地で声援をもらえて」と感謝した。」
と、まあ、ノムさんには「お疲れ様でした」なのだが、第2ステージの第1戦は、9回裏、まさかのはずが、まるで筋書き通りのような逆転満塁サヨナラホームランで決着したのだ。その夜、カメは日記にこう書いた。
「永井と心中するっきゃなかったのに、ねぇ。福盛、9回火達磨、復活のメはない、ね。ノムさん、赤っ恥かかされた!!! 気の毒に・・・」そして「中継ぎ陣は予想以上にガタガタ。八回は小山、有銘がとんでもない暴投。そして九回に福盛が大炎上。八、九回で8点を失う惨状」と。試合後のノムさんの談話は「お見事だね。これがチームの実情だから仕方ない。打つ手は全部打ったんだから。」
で、最も印象に残ったのが、試合終了直後の楽天ベンチ、山崎のカットが映ったが、もう呆れて呆然、8、9回の成す術なく、ビビリまくる投手陣をまたまた目の当たりにして、もうど うしょうもないなと、燃え尽きた表情だった。

2009/10/21

◎coffee一杯の自由とバンコクでの極上の自由・・・


にしても、自由とひと言でいっても、色々な自由があるし、自由の感じ方も人さまざまだと思った。
「足利事件」の再審公判が宇都宮地裁で始まった21日昼のTVニュースで、6月に釈放された菅家利和さん(63)が喫茶店でコーヒーを飲んだ直後のインタビューで、そのコーヒーの味を聞かれ「完全に自由の味」と答え、得もいわれぬ笑みを浮かべた映像を流していたのを見て、そんな感傷に耽った。17年間も汚名を着せられ拘束されていたことを思うと、不運としかいいようがないし、あってはならないことだが、現実にはそんな理不尽なことがまかり通っていたのだ。そのコーヒー一杯の香りと味がいかほどのものであったか、想像に難くない。自由とは、それほど重いし、貴重なものだ。
それが、いまは、あまりにも軽々しく扱われていないか。自由の有り難味を感じていないし、感じようともしない。塀の外では、当たり前過ぎて、それこそ大安売りなのである。自由がぞんざいに扱われているし、自由そのものの意味すら忘れられているように見えるのだ。そんな中で、いま本当に自由を謳歌し、満喫している輩は何人いるのだろうか。
カメの自由体感は振り返ってみれば、やはりバンコクだ。まるで迷路のようなバンコクの街路を歩いていると、いつも「ティーニィー、ティーナイ」(ここはどこ? )「ポン ペン クライ」(わたしは誰?)がついて回る。迷い込んだ迷路の一角で足を止め、周りを見回して、途方に暮れて、そんな台詞を口ずさむときはちょっとした快感だし、不思議なことに不安感は湧いてこない。それは極上の自由だと感じる。何の束縛もなく、地球の迷宮に迷い込んだ子羊がうろたえている様はまさに自由を満喫している図だ。うふっ。
なんて、今度はチェンマイへ行く。あと、12日・・・。

2009/10/19

◎加藤和彦さん、格好いい奴は死ぬ時も格好いい


にしても、格好いい奴は死ぬときも格好いい・・・と思った。
「もうやりたいことがなくなった」と親しい友人らに言い残し、長野県軽井沢町のホ テルで首をつって死亡しているのが見つかった加藤和彦さん、62歳。まさに、デビュー歌「帰って来たヨッパライ」の通り「おらは死んじまっただ」「天国に行っただ」 「ワーワーワッワー」と早回しのテープ声で歌い「雲の階段を おらは登っただ・・・」と別れを告げているようだ。
「帰って来たヨッパライ」がリリースされたのは1967年(昭和42年)の12月25日、カメが広告代理店に入社して2年目のクリスマス。社会の右も左もわからず、右往左往しながらも、退社後は久保田宣伝研究所(現・宣伝会議)のコピーライター養成講座(7ヵ月で終了)に通っていた頃だ。突如現れ、あっという間に一世を風靡した京都の若い3人組は何とも格好良く、それだけにカメは理不尽な嫉妬心を抱き、嫌いになっていった。もっとも、歌は好きで、時には口ずさんでもいたのだが、3人の動向は時々ニュースなどでウオッチはしていた。さすがに3人とも才能豊かで、他の芸能人たちとは違って、自立していて、自己主張できるアーティストとしてそれぞれに確固とした地位を築いて行くさまは、さすがに凄く、カメなぞはその都度、羨望の眼差しを注ぎ、自らの浅学菲才、無為徒食を棚に上げ、おだを上げるしかなかったのだが・・・。
6年前に還暦を迎えてからは、浅学菲才、無為徒食に怠惰無策を加え、さらに、文字通り、小人閑居して不全を為す日々の恥ずかしさから、1日も早く「雲の階段を登る」欲求に苛まれることもあるが、簡潔にいってしまえば「死ねないんだよなぁ」で一件落着、「これでいいのだ!!!」なんていってみて・・・。
加藤和彦さんの今回の死に様をニュースを通じてみてみると、やはり「孤独」がキーワードになっているようだが、この「孤独」という言葉、外道の世界には存在しない。真っ当な加藤さんは「もうやりたいことがなくなった」というのが本当のところだろう。で、その想いを自らの手で実践してしまう、実践できる決意の固さは立派で、頭が下がった。

2009/10/17

◎凄いヨ74歳、ノムさんの楽天、ヤクルトと対戦も・・・


にしても、野村克也・楽天ゴールデンイーグルス監督はさすがに凄い、よ。74歳だぜ。何という執念深いおじさんなんだ・・・。昨16日夕と今日17日の昼下がり、仙台市のクリネックススタジアム宮城で行われたパリーグのCS第1ステージ でソフトバンク を下したのだが、その2日間、カメはライブで第1ステージを中継したNHK/BSに釘付けだった。 次に楽天は、21日に札幌ドームで開幕する第2ステージでリーグ優勝の日本ハムと対戦することになったんだから、こりゃ、この勢いなら、ひょっとすると、日本シリーズで古巣のヤクルトと対戦することもあるなと、独りごちて、ニンマリした。
実は、 野村克也監督の選手時代はほとんど知らない。好きになったのは、ヤクルトの監督になってからだ。「長嶋がヒマワリなら、オレはひっそりと日本海に咲く月見草」とか「生涯一捕手」など味わい深い箴言には共感していたが、何故か、他人には公言することはなかったし、カメの周辺で野村監督を好きだという言葉を耳にしたこともない。何となく、公言することが、憚られたとしかいいようがない。それも、全てはヒマワリ・長嶋のオーラ、威光だろうと思った。
真っ当なサラリーマンにとって長嶋は憧れであり、目標になったが、野村は所詮、月見草で、目標には上げ難いし、それでも上げれば反動分子と見られかねない。ただ、どんな会社にも野村タイプの愚痴の多い駄目がつくようなサラリーマンは何ぼでもいた。でも、野村は、そんなひねくれて見える損な人生をこれでもか、これでもかと徹底して生き抜いてきて、選手時代には幾多の勲章・・・、三冠王をはじめとして、 MVP5回、本塁打王9回、打点王7回などの他、ベストナイン19回とキラ星の如く、だ。
それをいい得て妙なのが「月見草」というわけで、それらを承知の「監督」業もその延長線上にあり、何だかんだと五月蝿がられながらも、野村再生工場などと揶揄されながらも日本一に輝き、リーグ優勝も重ねてきて、いま74歳、楽天を第2ステージ進出にまで育て上げてきたというのに、何と、「今季限り」とのご託宣・・・。やっぱり、所詮は「月見草」って、救われないよなぁ。

2009/10/11

◎毎日更新、ハイテンション続き、もうクタクタ・・・


にしても、このハイテンション、いい気になって、何となく一人ではしゃいでいたら、「凄くハイですね。毎日更新。」と友人からメールが入り、「それにしても、嬉しいのか、不安なのか分かんないね。」と続いていて、そうか、と膝を叩いた。どうやら、本ブログを熟読していただいているようで、カメは、そのあたりの機微に疎くなっていた。核心を突いた、的確な指摘に、カメの目はちょっと覚めた。
どういう事かといえば、チェンマイ行きの往復航空券をゲットしてから、何かバァーチャルモードに突入してしまったようなのだ。それも、どっぷりではなく、中途半端な形で・・・。出発まで時間がありすぎたからで、本来なら120%チェンマイとなるところ、その半分ぐらいで推移している結果だろう。暖簾に腕押しとか、糠に釘とか・・・、実態がないから妄想が浅く、リアリティに欠けるのだ。だからだろう、浮ついていて、確かに嬉しさが乏しいし、逆の不安も迫真度が低い。
こんな調子が続いたら、成田空港に着く前に、ダウンしそうな気がしてきた。ここいらで、一度、リセットしてみたい。ウフッ。

2009/10/10

◎宇宙を遊弋するような恍惚感に浸って・・・


にしても、チェンマイ行きまで、まだちょっと時間があるような、ないような、このハイテンションがいつまで持続するか、何せ、ブログの更新がもう11日間も続いていて、さすがに、ちょっと心配になってきた。このハイテンション、多分、持たないし、持つはずもないよなぁ。でも、このハイテンションがもたらす恍惚感は心地いいし、さあ、どうする? ってか。といって、やたら疲労感が積み重なったお肉が緩んだフニャフニャ感に、三半規管に由来する眩暈、ふらつきといったクラクラ感と、脳神経が弛緩してのダラダラ感も、それぞれ味わい深く、相乗効果を強めて、宙を遊弋しているようで何とも心地よく・・・、まさに、自由闊達、気儘放題なリラクゼーションを満喫しているわけで・・・。
とまあ、いまはそれでもいいのだが、このままでは、チェンマイへ行く前に疲労蓄積でダウンなんていうことにならなければいいが、と自問自答している。

2009/10/09

◎ヤバ! お金持ち日本人を演じられるか?


にしても、ちょいヤバ!のチェンマイや、ここで見栄を張るか、地のまま行くか、いま、ちょっとした決断を迫られ、頭を痛めている。何かといえば、実は、チェンマイに到着した日から5日間のホテルの予約を済ませて、メル友に泊まるホテルの名前と住所をメールで知らせたところ、返信が来て、いつもは使わない英語で「Hotel is not good enough」とあり、続けてタイ語で「ไม่สะดวก อันตรายนะคะ」とあって、翻訳してみると「不便で、危ない、ヨ」といった按配。さらに、英語で「I can help you when you arrive chiangmai」。そして、「ราคา 800-900 บาท 」とは「価格800-900バーツ」、日本円にすれば2400-2700円。ま、それくらいのレベルのホテルを探しましょう・・・と。
カメにとっては、さて、さて、なのである。Netで十分検索しているので、そのへんの事情は百も承知だし、Webにアップされた写真で見る限り、不都合、不具合は感じられないので、予約したのだ。ちなみに、そのホテルのランクは☆二つで、1泊340BT(1000円余)。確かに、安く、カメにしてみれば、お得感いっぱいなのだが・・・。チェンマイのホテルで☆2つは2カ所しかなく、800-900BTになると☆3つ以上にランクされて、選択肢は一気に増える。
カメは元々500BT以下で探すつもりで、ゲストハウスならその価格帯でもよりどりみどりなのだ。ホテルは到着時だけで、あとはゲストハウスを渡り歩くつもりだったのに、のっけから、ホテル探しを「ヘルプ」されても、ねぇ、というわけなのだ。でも、メル友にしてみれば、そんなお金に不自由な年寄りじゃ、関わりたくはないだろう。
で、ここで、カメは見栄を張るか、或いは、お金持ち日本人を演じるか、なのである。カメは生まれてこの方、積極的に見栄を張った記憶はない。それどころか、見栄を張る奴は嫌いだった。見栄を張ってどうなるものでもない・・・と思っていたし、いまも、それは変わらない。でも、なのである。今回、露骨な狙いもある。それを達成するには金持ち日本人を演じなければ成立しない。演じる期間は短くてもいい。金持ちが、とりあえずの必要条件。で、どうする・・・なのである。ウフッ、とはしていられない。

2009/10/08

◎猛烈台風18号の置き土産、スポーク描画・・・


にしても、久々に猛烈台風18号を身近に感じ、出かけなくてもいい我が身の幸せを噛み締めながら、テレビの中継画面をぼんやり眺めるのもいいもんだ。それでも、スーツにネクタイのサラリーマンは黙々とひたすら会社を目指す。気の毒に・・・ねぇ、何て、お為ごかしに一人ひとりの顔を覗き込んで言ってみたくもなった。ウフッ。
で、昼前、ちょっと外の様子を見てみたくなって、といって、ドアを開けてベランダに出ただけだが、眼下はご覧の通り。総倒れの自転車が描くスポーク描画は見事なもんで、アップしてみたくなった次第・・・。さて、さて? 

2009/10/07

◎傘差し自転車走行で三半規管は機能不全・・・


にしても、体が鈍っている、というより、何となく腐ってきているような気がした。先日の夕方、雨が小降りになってきたので、何としても銭湯に行きたくなり、自転車に乗って傘を差そうとした時のことだ。スッとスタートできない。ヤバイ・・・ふらつくのだ。傘をきちんと差して、いったん集中してからペタルを踏んだのだが、走っていて、ちょっと怖くなった。向こうから人が歩いてくると、それを見ただけでハンドルが揺れてしまう。自転車とすれ違う際は息を詰めて、赤信号で止まる時も、動作が大袈裟になる。で、再スタートするのにも時間がかかる。
部屋の中で移動するのにも、ふらつくことが多く、耳鳴りも気になることが多い。さらに、体に力が入らない。踏ん張れない。脆くなっている。
そうか、そうか、この症状は三半規管の不調、不具合に違いない。当然、めまいはあるし、時折り、耳鳴りはするし、目は霞む・・・。さらに、Netで三半規管に由来する症状をチェックしてみると、疲れやすい、頭がふらふらする、肩や首筋がこる、舌がもつれる、息苦しくなる、動悸がする、性欲上昇(成人)、感情が働かない、集中力低下、気力が無い、多汗症・・・等々、何か、ありとあらゆる病気に関連しているようにも見える。
さて、どうするかって、カメにとって雨の日の自転車ほど危険なものもない・・・なんて、ね。

2009/10/06

◎時の流れは日々速くなり、脳には恍惚感が漲る


にしても、時の流れは速い、脳で感じる時間、体で感じる時間、時計が刻む時間、それに太陽の活動と地球の動き、いずれもスピードアップしているように感じる。先日、タイ・チェンマイ行きの往復航空券を手に入れたが、その時、出発まで「まだ1ヵ月以上あるナ」とニンマリしていたのだが、あれよあれよという間に、カウントダウンが始まり、いまは1日の時の流れが2、3日まとめて過ぎているのではないか、と思えるほどだ。ちょっと振り返ってみれば、今年は何があったのか、確かに総選挙があり政権交代が成ったが、個人的にみれば夏はあったのか・・・といった程度で、1ヵ月が1日程度の記憶しかない。脳神経を刺激するような驚き、サプライズがなくなるからという定説はあるが、ならば、新鮮さが続けば・・・となるが、確かに、Netでチェンマイのホテルやらゲストハウスを探索していると、これが、何とも面白く、楽しい、ほんとワクワクして、あっという間に1日が過ぎていく。テレビをつけていても、ながらで、目はもちろんだが、耳もテレビの音はやり過ごしている。
で、いまは、故知らず、急かされ、追い立てられているような気がしてならない。このソワソワ、ワクワク、ウキウキした感じ、悪くはない、どころか、快感、恍惚感に近いな・・・と思う。ウフッ。