2006/10/13

◆嬉しい・・・さくら水産のサンマの塩焼き

にしても、サンマの塩焼きはこのところさくら水産で食べるのが恒例となっている。食べ盛りの子供のころは2、3本食べないと満足しなかったし、当時は安価な魚だった。成人してからは“高級魚”になってしまい、それなら肉を食った方が満足感は得られた。
それが、さくら水産ではその日のお勧めメニューに載っていて、何と塩焼き一本190円だ。他のメニューと違ってちょっと時間がかかりすぎるのが難だが、それでもカメのお気に入り・・・。感謝感激の味だし、しばし郷愁に浸れる。この時期になると迷わず最初にオーダー、同時に、同じ値段のサンマのたたきも・・・。
で、いつも、さくら水産にはお世話になる感じで、客ヅラは憚れる。客単価はせいぜい2000円と踏んでいるのだが、その満足感からいえば、他の店なら4、5000円は取られても仕方がないボリュームと品揃えだ。時に、これで商売が成り立つのかと、余計な心配までしてしまう。
先夜、銭湯帰りに寄ったら・・・、老人クラブの帰りか、お年寄りの男女10人(男女比5:5)がテーブル席に陣取り大声で何かわめきあっていた。多分、散々飲み食いしたあとだろうが傍若無人・・・、カメがオーダーしてビールの大瓶1本空けて、勘定するまでその席からの新規オーダーはなかった。
カメが店長だったら、とても見逃せないし、何とか席を空けさせようと悶々とするところだが、そこはさすが商売・・・、鷹揚に構えている。
カメはもう腹立たしくて、早く死んじゃえよ、と思ったものだ。確かめたわけではないが、多分、見た目はカメも同じ年恰好に見えただろう。

2006/10/12

◆価値観は「金」ではなく「リラクゼーション」

にしても、1年ぶりのデートがキャンセルになった。日本ファンのフィンランド女性、先週インドネシアから秋風が冷たい日本に着いて風邪を引いたとのこと。メールで連絡していたのだが回復せず、咳が酷く胃が痛いため今日は医者に行くそうだ。で、デートは順延にした。
彼女は、バックパッカーともちょっと違うウーファー。ウーファーとは、WWOOFする人のことで、WWOOFはWilling Workers On Organic Farms の頭文字。「有機農場で働きたいと思っている人たち」という意味。その仕組みは『食事・宿泊場所』と『労働力』を交換、そこに金銭のやりとりはなし。作業は一日約6時間で、一週間以上の滞在であれば毎週一日休みがもらえるそうだ。
1971年イギリスから始まり、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどへと広まり、現在は、世界20カ国以上にWWOOF事務局が設置されていて、日本では1994年から。そこに、食事と宿泊場所を提供するホストとウーファーが登録しておき、条件が合えばウーフすることになる。
彼女は、もっぱらニュージーランドなど暖かい国を回っていて、時々日本にも立ち寄っている。
その生き様、価値観に、カメなどはちょっとしたカルチャーショックを受けたものだ。
そのフィンランドでの価値観は・・・。日本ならまずなにより「金」というところが、何とトップが「リラクゼーション」、次いで「サウナ」、「ウォッカ」とのこと。社会福祉が充実しているフィンランドでは、さほどお金に対するこだわりとか、金儲けといったモチベーションは希薄という。というのも、税金の負担率が高いためで、勤労意欲が湧いてこないという。
カメには何とも憧れのお国柄なのだが、なんせ寒いのは大の苦手で、最近ではバンコクに傾倒しているのだが・・・。
彼女も寒いのは厭で、あちこち暖かい国でウーフしては、サーフィンを楽しんでいる。もう、何年も祖国には帰っていないはずだ。

2006/10/11

◆北朝鮮の核実験余波・・・PCマニュアル本廃棄


にしても、北朝鮮の地下核実験は死期を知らせるメッセージでもあるようだ。その一報にうろたえるだけで、何も出来なかったカメが一夜明けて動いた。
といって、身辺整理の一環である書棚の整理なのだが・・・。パソコンのマニュアル本を抜き出した。付箋があちこち貼ってあるが、ここ5年ほどは手にしていない懐かしの書だ。
当時は、年中、パソコンがトラブって、ハードの不調、不具合ではなく、ほとんどは操作ミスに始まるフリーズ・・・。その度に、書店に駆け込み、マニュアル本を次々に開いては同様のトラブルを探し、購入したものだ。それでも解決しないことが多く、泣く泣く、初期化したことも何度か体験していた。
最近では、システムの何たるかが何となく理解できて、トラブルはほとんどないし、たとえトラブっても、Web検索で問題解決にたどり着けるようになり、マニュアル本を手にすることはなくなっている。
不要となっていながら書棚を飾っていたマニュアル本は15冊あった。付箋を外し、そのままゴミ集積場に運んでもいいのだが、ちょっとスケベ心で自転車のカゴに入れ例のBookOffに運んだ。
店内をウロウロして30分余り、若い女性に告げられた買取価格は・・・。値段が付いたのは4冊だけで70円。いや、参った、参った。中の1冊、定価3500円の分厚い辞書にも値段が付いていない。えっ、どうして?と思わず口にすると、パソコン関係は古くなると使えないんで・・・、と。なるほど、もっともな話。皮算用では1冊10円ぐらいかなと踏んでいたのだが、70円を受け取って、引き上げた。
ま、腐臭漂うカメのお肉と一緒だな・・・と思い知らされた。

2006/10/10

◆北朝鮮の地下核実験にうろたえ、血が騒ぐ・・・


にしても、何とはなしにうろたえ、久々に血が騒いだ。
北朝鮮が地下核実験に成功した・・・と昨日昼前、ラジオで耳にし、NHK・TVのニュースで確認してのこと。あと、民放にチャンネルを回したら、4chだけだったかな、生中継していたのは・・・。で、NHKをつけっぱなしにしていたが、当然ながら情報量は増えない。
国家ニートのカメがあたふたしても、どうなるものでもないのに、ついつい、気になる。やっぱりやったか、やっぱり、ね・・・、こりゃ、安倍総理の門出を祝う祝砲になるんじゃないかとか・・・。
まさに、外道国家だ。外道相手にまっとうな対応は意味がない。道理は通らないのだから・・・。窮鼠猫を噛む、だ。結果は、結果で、そこまで考えないのが外道の世界だ。でも、国際社会はそれなりに、国連安保理のお墨付きがないと何もできないもどかしさ・・・。
カメは、カメで単なる野次馬、愉快犯でしかない。
今回の地下核実験は、まさか、まさかのまだ前兆で、ここまで出来れば、その次の展開は当然ある。それが、必然の流れだ。
外交カードなどと暢気な話ではないのに、いつものごとく、そんな評論家ばかりで、虚しい。もはや、世界の警察官に毅然として出動していただくしかないだろう。
すでに余命を使い果たしているカメには、冥土のいい土産話になりそうなのだが・・・。

2006/10/09

◆社会の荒波でサーフィンは難しい・・・

にしても、社会の荒波でサーフィンするのは難しくなっている。近ごろ、街を歩く度にそう感じる。ウフッ。
特に、ネクタイをして眉間にシワを寄せ足早に歩くサラリーマンの姿などを見ると別の人種に見える。何をそんなに生真面目に・・・、気楽に、気楽に・・・と声をかけてやりたくもなる。カメもそんな格好でつい最近までは歩いていたのだから、昔日の感がある。それは、それでいいのだが、まだちょっと未練が残っているといったところか・・・。といって、懐かしくもないし、後ろめたさもない。勝手気侭ないまの暮らしの気楽さを有り難く思う。

なにより、Netサーフィンの方はずっと易しいし、気侭で、気楽だ。たとえ転んで投げ出されても傷は浅い。全ては自己責任で、他人にその影響は及ばない。そんな気がした。ますます、ひきこもりが進行しているようだ。
この2日間は、2つのパソコン間のデータ移行に使っているSDカードで、これまでは出来ていた読み込みができず、それが操作ミスなのか、相性なのか、メディアの不良なのか、判然としないままあれこれトライして過ごしてしまった。結果的には、読み込みも書き込みも復活したのだが、どうにもその因果関係がはっきりしていないのが不安の種なのだが・・・。
パソコンと向き合っていると、全然飽きないし、疲れない。目はショボショボしてくるのだが、我ながらパソコンオタク、Webオタクになっていると呆れるほどだ。カメも別人種になっているのだろうが、それを気に入っている。

2006/10/08

◆旭岳での遭難死は「事故を装った自殺」?

にしても、人の死に様も色々だ。その人の生き様が見えてくる。生き様がそのまま死に様に通じる。
先日、名前とその方の業績だけは知っている著名人が遭難死したニュースに接し、不謹慎なことに、本当だろうか、「事故を装った自殺」ではないかと感じた。
遭難死したのは、初代核燃理事長の都甲(とごう)泰正さんで、78歳だった。

共同通信などによれば、4日午前10時ごろ、北海道の大雪山系で登山中に行方不明となっていた核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構)の初代理事長都甲(とごう)泰正さん(78)=東京都杉並区=の遺体を、捜索していた北海道警の捜索隊が発見した。
道警によると、遺体は旭岳5合目のロープウエー駅から1キロ下った旭岳4合目の沢で、横向きに倒れていた。顔に擦り傷があり、登山道から約10メートル滑落していたという。死因は凍死。死後2日以上経過していた。道警は誤って滑落したとみている。
都甲さんは9月30日に旭岳のロープウエー駅付近で目撃されて以降、行方不明となっていた。2日に東京の自宅に戻る予定だったが帰らず、家族が警察に届けた。
道警は誤って滑落したとみている。道警は誤って滑落したとみている。道警は誤って滑落したとみている。都甲さんは大分県出身。原子炉工学専攻で、東大教授などを経て1998年10月に発足した核燃料サイクル開発機構の初代理事長に就任した。

都甲さんは海外の山にも登山経験があり、旭岳にも何度か訪れていたそうだが、カメの勝手な憶測ではそこを「死に場所」に選んで出かけたのではないだろうか。功成り名遂げた78歳・・・無理もない、行方不明の報を知った際、カメはそう思った。
時代が大きく変わり、世の中の価値観も変わってから、功成り名遂げた方が時にお縄を頂戴したり、老醜を晒す場面を目にすることが増えて、特にそう感じることが多い。長生きしたばかりに・・・、晩節を汚して・・・、と。
日本では、安楽死とか、尊厳死など死について論議することを憚る風潮が強い。特に、自殺への偏見は強く、本人よりも残された家族の方が後ろめたさを感じるし、世間の好奇の目に晒されてしまう。
だから、「事故を装った自殺」を選択したくなる、選択せざるを得ないケースもあっていいとカメは思う。死ぬ自由であり、それくらい許されてもいい。

2006/10/07

◆脊椎反射のみで生きている・・・

にしても、脳年齢が気になる歳になってきた。
無料ゲームにある脳年齢チェックは反射能力、集中力を測定するタイプで、まぁ年齢相応、繰り返しているうちに徐々に若返ってくるのがちょっと嬉しい。
先日は、検索サイトに「脳年齢 チェック」とに入力したら約468,000件ヒットした。ほとんどはゲームタイプで、どうやら脳年齢チェック市場が生まれているようだ。
そのなかで「脳細胞死滅度チェッカー」に惹かれアクセスしてみて、衝撃を受けた。
20の設問に4つの選択肢の中から答えるタイプ。
その結果は・・・、あなたの脳は90.9%死滅しています・・・と。うぅーん、参った。確かに・・・。見事に、的中されたと畏れ入った次第。
ちなみに、その設問の一部は・・・
問10:今日は、平成何年 何月 何日 何曜日?
□そんなのすぐ分かるって
□ちょっと考えてしまいました
□分からずにカレンダーを見てしまいました(もしくは間違えた)
□やべぇ……カレンダー見ても分からねぇ
問12:暗算して下さい。416÷17=?
□26余り11
□25余り9
□24余り8
□考えるのも面倒なんジャイ!
ま、ご関心のある方はアクセスしてみてください。
実は、脳細胞の死滅度90.9 %のあとに、その解説が述べられていて、その内容がカメの生き様を的確に指摘していて、何とも驚かされ、恥じ入った次第なのだが、その解説・・・
脳がかなり腐敗しています。
もはや脊椎反射のみで生きていると言っても過言ではありません。
いつバイオハザードへの出演依頼が来てもおかしくない状態。
全てにおいて欲望のままに自由に生きている。それが貴方です。
しかし、本来生物というのはそういうものなのでしょう。
貴方はまさに、現代に降り立った“自由の象徴”と言うべき存在なのかもしれません。
カメは、ムフフッ・・・となったのだが、その解説の後に「※」があり「この結果はフィクションです。管理者が適当に作っただけなので、あくまでギャクとして受け止めて下さい。」とあった。
で、そのチェッカーのHPを辿ってみたら「我楽多部屋」とあり、主宰者は心理学者でもなく、占い師でもなく、ゲーム愛好家でもなく「普通のおっさんです。」だと・・・。
いや、Webの世界は才能の宝庫でもあるようだ。

2006/10/06

◆マニュアル社会が加速している・・・

にしても、マニュアル社会が加速している。飲酒運転による悲惨な死傷事故のニュースを見る度に、その感を強くする。
「飲んだら乗るな」は鉄則のはずなのに守られない。こんな鉄則はそもそも道徳の範疇に入る。社会生活を送る上で当たり前のことだ。それが守られないから道路交通法で酒酔い運転に罰則が設けられ、さらに罰則を強化し、刑法改正によって「危険運転致死傷罪」まで新設される事態になったのは、何とも情けない。
「道徳」を国語辞典(大辞泉)で見ると、人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く・・・とある。
道徳の荒廃がいわれて久しい。家庭での躾けから学校教育まで、みんなおかしいと気が付いていながらも、豊穣の世を謳歌するのに忙がし過ぎて、誰もが見てみぬ振りをしてきた付けだ。
カメは運転はできないから、飲酒運転の心配はないが、時に立小便は我慢できなくなるし、横断歩道での信号無視はするし、何よりタバコの投げ捨て、ペットボトルの放置など数え上げれば数限りなく、お恥ずかしい限りなのだが・・・。自分のことしか考えない、自分さえ良ければいい・・・という風潮が蔓延して、そこにカメも埋没しているわけで、残り少ないロスタイムぐらい身勝手、我侭に過ごしたいものと思う。
いまや道徳も罰則を課す法律で律せられるようになるとは、まさにマニュアル社会だ。マニュアルがないと仕事もできない、マニュアルがないと道も歩けない。職場でのマニュアルはいまや必須条件になっている。道路を歩くのに、マニュアルを見ながらとは、何とも息苦しく、住み難い世になったものだ。

2006/10/05

◆金のないカメでも生息できる土地柄・・・


にしても、東京の下町、蒲田人の生命力、活力には仰天する。金はないはずなのに、安いとなれば目の色を変えてどっと殺到する。カメもその一人になっている。よーいドン!の合図は朝刊の折込チラシだ。
この一週間ほどを振り返ると・・・。
まずは、靴流通サービスの日替わり特売品はクロッグサンダルが税込490円(限定10足)。かかとがなく、スッと履けるのが気に入って、以前から狙っていただけに、金曜日の午前11時過ぎに(開店は10時)自転車で駆けつけたが既に完売。仕方なく、日曜日の日替わり特売はピッグスキンで1,490円(限定15足)に走ったら好きなブルーは残り3足、サイズが合うのは1足だけで迷わず購入した。
並びに吉野家があり、チラシで見た復活牛丼に長蛇の列ができていた。その行列を見ての帰り、もう一度靴屋の店頭を見たらブルーのクロッグサンダルは1足しか残っていなかった。
次は、ドラックストア・・・。風邪薬が目玉になっていたので行ってみると、大箱(24カプセル)は残り1箱。やっと間に合った感じで、店内をチェックしてみるとプライスカードに「広告の品」と表示してある商品のほとんどははけていた。平日の午前中の話で、レジにはお客さんの列ができている。チラシを見て走る根性には畏れ入った。
ここに移り住んで10年余、近くにある商店街の値段の安さには当初、度肝を抜かれた。その商店街にも世代交代の波が押し寄せ、廃業が増えて、その後はレンタルショップやドラッグストア、クリーニング取次店、惣菜店に代わった。いくつかあった銭湯は賃貸マンションに建て替えられた。
デフレ下での低価格競争が熾烈になって、同じ商売を長く続けていられなくなるようだ。
つい最近は、持ち帰り専門と思っていたちよだ鮨が駅前通りで回転寿司を始めた。一皿(2貫)オール100円。ランチタイムは一皿(1貫)50円で味噌汁は無料サービス(お代わり自由)。カメはランチタイムがことのほか気に入って通っていたのだが・・・、オープンして3ヶ月ほどだったか、店仕舞いしてしまった。
お客は途切れることなく入っているように見えたが、それでも閉めてしまった。いくらお客さんが立て込んでも、客単価は1,000円は超さない。これで続けるのはボランティアだ。馬鹿馬鹿しくなったのだろうと勝手に思っている。こんな土地柄だから、金のないカメでもまだ生息できている。

2006/10/04

◆入れ歯と付き合うのは、もう疲れた・・・


にしても、このところ食欲も衰えている。旨いものを食っていないし、それどころか、旨いものを食いたいという意欲が湧いてこない。レストランなどで陳列棚をじっくり眺めながら唾液を溜め、世の中、旨いものがいっぱいあると再確認するのだが、食ってみたいというモチベーションがない。
因果関係ははっきりしていて、入れ歯が全て・・・。硬いものを咀嚼できなくなっているのだ。改めて数えてみたら9本。最初は14,5年前に自転車で転んで上の前歯3本抜けたのが始まり。歯茎も弱っているから、その後はグラついてきた歯を抜きながら何回かに分けて・・・現在に至っている。
ずっと保険の効く入れ歯(ブリッジ)を使っていたが、2年ほど前に一念発起して、保険の効かない特殊なプラスチックの入れ歯を作ってもらった。それでも、すぐに噛み合せが上手くいかなくなる。歯肉の形が微妙に変わってくるのだから、仕方がないのだろうが・・・。
硬いものが噛み切れない。回転鮨でネギトロの海苔が切れないのには驚かされた。若いころは肉が大好物で、何はともあれ肉を腹いっぱい食っていれば満足していたし、何より幸せ感に浸れた。特に、モツの串焼きなどを頬張りながら、これが食えなくなったら、死んだほうがいいよなぁ、などとのたまっていたというのに、いまは、どうだ・・・。肉は、特に牛はダメ、豚か鳥ならOK。あとは、ミンチだ。
かつて、それでも堪らず焼肉店に飛び込み、大好きなカルビを口に入れてじっくり味わったこともあるが、振り返れば、その後、何日かして残っている歯に不具合が生じて入れ歯を作り替えることになっている。
いつもグラグラした入れ歯と付き合っていると、ほんと、食事するのも面倒臭くなる。食堂の陳列棚を眺めながら涎を垂らすのは、もう切なくて、何とも情けない。もう、入れ歯と付き合うのは疲れた・・・。

2006/10/03

◆「皮膚のたるみ」をハサミで切られた・・・


にしても、歯医者以外の医者へ久々に行った。皮膚科・・・。
先週半ばあたりから身体にチクッとした痛みを感じた。原因はわからない。ちょっと不安になってその根源を探したら、何と、二の腕の内側、脇の下あたりにイボを見つけた。色も形も、ちょうど乳首状で、ぶら下がっている感じ。
ほっておいても、いずれ千切れ落ちそうなのだが、身動きしたり、下着に触れて擦れる時に引っ張られて痛みを伴うのだ。応急措置として傷テープを貼り付けてゴルフに臨んだが、押さえつけているので痛みは感じなかった。
でも、何となく気になってWebでイボを検索してみると、皮膚がんのケースもあるとか・・・。
で、近所に皮膚科の専門医がいるので、足を運んでみた。上着を脱いで、イボを見せると、若い医者は即座に「これは、皮膚のたるみ・・・年をとるとよく出てくるんですよね」だって・・・。見守る看護士に「ハサミ、ハサミ」と指示して、鼻毛でも切るような小さなハサミを選んで、イボをチョイチョイという感じで「ハイ、切れました」・・・。切り取ったあとに何か薬でも塗ってくれるのかと待っていたら、あと処理はなし。「終わりです。あと何かあったらまた来てください」でお仕舞い。この間、10分足らず。
支払は、初診料と手術料で4,660円(国保退職、負担率30%)は何とも高かった。でも、とりあえずは、ほっとした。
あとで鏡でチェックしたところ、まだ小さいイボも含め3つ切り取られた痕が赤く残っていた。カメの素人診断でも、ペンチで摘まんで引きちぎってしまおうかとも考えたのだが、それで正解だったようだ。

2006/10/02

◆“臓器売買”とは何とも情けなく腹立たしい

にしても、“臓器売買”が日本で初めて摘発された。やっぱり・・・と思うとともに、人間の命を弄ぶような行為で、何とも情けなく腹立たしい。

愛媛県警は1日、臓器移植法違反容疑で59歳のレシピエント(移植を受ける患者)と、売買を仲介した59歳の女性を逮捕した。臓器売買を禁じた同法違反での立件は、97年10月の施行後初めて。患者は糖尿病で、ドナー(臓器提供者)は借金のある59歳の女性で左の腎臓の摘出手術を受け、現金30万円と乗用車1台(150万円相当)を受け取ったそうだ。

同法制定の際、カメには何故こうした法律が必要になるのか不思議でならなかった。何より、他人の臓器をもらってまで生きたいという気持ちが理解できない。そこに、さまざまな事情があることはわかるが、医療技術が発達したからといって、そこまでやるか・・・というのが率直な思いだ。
人間の身体は機械とは違う。不具合があるからといって、部品を交換してすむものではないだろう。不具合な部品を宥めすかして、それで駄目ならハイ、それまでよ・・・でいいと思う。自然の定めとして何故受け入れられないのか。それが、その人の人生であり、生き様ではないのか。

技術的に可能になったからといって、法律を作ってまでそれを実施しようというのは、人間の驕りでしかない。まさに神を冒涜する所業だ。そもそも、移植手術を受けてまで生きながらえて、一体、何をしようというのか・・・。カメは思いつかない。
臓器移植法を認めてしまったのだから、死ぬ自由も、ある一定の条件の元に法制化して欲しいと思う。

2006/10/01

◆努力は結果となって現れるのだが・・・

にしても、努力という言葉を実感したのはゴルフだった。
46歳の時・・・、川の流れに身を任せるままでそれまで努力とは無縁だったのだが、お客さんのゴルフをセッティングする羽目になった。チンプンカンプンながら、何とか2度ほどこなして気がついた。ゴルフができれば自腹を切らずにラウンドできる、と。何より、健康的だし、楽しそうだった。
で、とりあえず7番アイアンを1本買って近所の練習場に自転車で通い始めたのだが、結構面白かった。レッスン書や専門誌、それに漫画まであれこれ仕入れて・・・。振り返れば、スクールにでも通って3ヶ月でも初歩を教われば違ったのだろうが、そんなタマではない。あくまでも我流だ。
音痴と運痴はDNAと諦めていたが、その酷さは、半端じゃない。さっぱり上達しないどころか、ボールが後ろにこそ飛ばないが、右に左に、それも隣りの打席との仕切りのポールに激突して睨み付けられたり、真上のブリキ製の天井に当たって轟音を発したり・・・。それでも、他の練習場をあちこち探して渡り歩いた。
さらに、優しい先輩、友人の力も借りて練習に励むうちに、何とかラウンドデビュー。ま、それも覚えていないほどに酷いものだったが、そのうち何となく格好はついた。
そんな時、ふっと「努力」という言葉が脳裏に浮かんだのだ。そうか・・・、努力、努力とよくいうが、努力すると結果となって現れるものなのだ、と。改めて、カメ自身、この世に生を受けてこの方、受験にしろ、仕事にしろ、努力したことはないよなぁ・・・としみじみと感慨に耽ったものだった。
で、生来の飽きっぽさから、そんな努力を止めて10数年、誰かに誘われればラウンドしていたのだが、数年前からは基礎体力の衰えが甚だしく、後半は文字通りの腰砕けの状態が続いていて・・・。といって、体力維持の努力なぞ馬鹿馬鹿しい。昨土曜日のプライベートコンペを最後にゴルフも止めることにした。何より、金がかかりすぎる。
いまは唯一、要介護状態に陥っているナニの復活を夢見て、切なくも涙ぐましい努力に専念することにした。

2006/09/29

◆ここはどこ? 私は誰? 東京でバンコク体験・・・

にしても、タイ語を喋れなくてもバンコクで暮らせるのか・・・。友人からよく聞かれるのだが、今年に入って既に3回訪泰して都合1カ月ぐらいにはなる。この間、食う、寝るに不自由はなく、バスにも乗れた。ボディランゲージというほどのこともなく、指を指したり、目で訴えたりしてほとんど目的は叶えられた。
実は、新宿のタイ語入門コースに3カ月間通って、授業料を払っただけに、使いたかったのだが・・・。もちろん、最初はささやかながら片仮名タイ語を使ってみたが、これがさっぱり通じない。特に、タクシーに乗ったときにそれを強く感じた。運転手に行き先や、ホテル名などが正確に伝わっているのかどうか、不安が募るばかり。何か聞き返されても、タイ語をキチンと聞き取れないし、たどたどしい片仮名タイ語で話を続ければ続けるほど、お互いの勘違いが拡大する一方で、とんでもない方向に向かってしまう。
あくまで向こうは善意なのだろうが、話の途中でタイの微笑を駆使して、開き直ってしまうとしか思えない。悪意がないだけに、始末に悪い。
タイ文字が氾濫する街中で、車がどこをどう走っているのか、確認しようもなく、怒って車を降りたとしても、ここはどこ? 私は誰?状態で、次にどこへ行けばいいのかもわからなくなるに違いない。
で、何とも釈然としないが、カメが学んだ教訓は、タイ語は使わず、拙い英語でコミュニケーションを図った方がお互いに生半可な理解だろうが、その方が錯誤のギャップが少ない・・・と。

ということで、タイでの日常生活なら言葉はさほど必要ないと感じているのだが、先日、東京はJRの駅前にあるクイックレストランに入ってスタミナ定食を注文した際、日本語が通じない体験をさせられた。
自販機で定食と缶ビールの食券を購入してカウンターに出したのだが、女性スタッフがフィリッピン人? だった。定食セットの肉皿だけをもう一皿追加したくて、できないものかどうかを尋ねてみたのだが、いや、はや、さっぱり要領を得ない。カメの説明も下手といえば下手なのだろうが、こちらの意向が通じていないことはわかり、途中で諦めてしまった。
なんだ、なんだ、ここは日本だというのに・・・、バンコクにいるような錯覚に陥ってしまった。

2006/09/28

◆めったに夢を見ない・・・

にしても、カメはめったに夢を見ない。覚えていないだけなのかもしれないが・・・。
というのも、先夜行きつけの居酒屋で同席した古希を過ぎた男性客がいまも在籍した会社でのあれこれを夢に見るという。「私もサラリーマンを長くやったが夢は見ませんね」といったら、「そりゃ、あなたはストレスを感じていなかったんですよ」と・・・。
恥ずかしながら、当たっている。カメは、だから、勤めた会社は一つだけではない。指折り数えて4社・・・。いずれも、確かにストレスが溜まりそうな兆しを感じたときには辞めていた。サラリーマンが自己主張できるのは辞表を書くときだけ・・・と思い込んでいた。いまでも、それは真理だと思っている。
一流大学を卒業して一流企業で60歳まで丸々勤め上げた竹馬の友は、そんなカメを「お前は好き嫌いだけで生きている。サラリーマンはストレスを溜めてナンボの世界なんだから・・・」と自嘲を込めていってくれた。
若いころ同じ職場にいてトラバーユした友人は20年近く経ち、移った先で責任あるポストについた。そのお祝いを兼ねて一献傾け、それぞれのこれまでを報告しあった際、友人は「随分と勝手気侭に生きているなぁ」とカメを評した。
カメはストレスが嫌い・・・というか、ストレスを生理的に受け入れられないと思っている。ストレスを溜め込むくらいなら死んだ方がましだ。それを頑なに通して、人生50年、夢幻の如くなり・・・をとっくに通過して、何と還暦まで迎えてしまった。サッカーの試合でいえば、ロスタイムに入って何とも長いというのが実感だ。
昨年の春だったか、カメは珍しいことに夢を見た。夢に出てきたのは業界で○○地獄といわれる会社にいたころの先輩の奥さんだった。奥さんとカメは面識がない。その奥さんから何故かカメの携帯に電話がかかってきたのだ。不思議といえば不思議なのだが、夢の中だ。奥さんは「主人が昨夜亡くなりまして・・・。生前から俺が死んだら会社には連絡するなといって、連絡して欲しい方のリストをメモしていて、いま連絡させていただいているところです・・・」と。
○○地獄でご一緒して、何度も飲みに連れて行ってもらい、可愛がってくれた先輩だ。夢とはいえ、カメはさもありなん・・・と思い、無性に懐かしくなってその真偽を確認したくて先輩の自宅に電話を入れたら本人が出てきた。「おっちんだと思ったのか・・・、まだピンピンしてるよ」といって笑みをこぼし、一週間ほど経って銀座で飲んだのだが・・・。
夢で覚えているのは、もう一つ・・・。大学時代、京都で下宿していたころ、高校時代のマドンナが看護婦姿で夢に現れ、具体的な映像は判然としないのだが、とにかくあたふたとしていた。夏休みで実家に戻った際、彼女の親父さんが亡くなったことを知らされ、カメがその夢を見た時期と一致していて愕然とした。
あと、見た夢といえば、子供のころ、寝床で見上げた天井の木目模様に巻き込まれて苦しがったことぐらいか・・・。

2006/09/27

◆Web世界はアイマスクをつけてのぞくよう・・・

にしても、Web世界はアイマスクをつけてのぞくようで、アナログ世代には何とも難しい。
それでも、やっとの思いで、本ブログのAdSenseのアカウントを設定できた。昨日一日かけてトライしたが、目がしょぼしょぼしてきて、さすがにギブアップせざるを得なかったのだが、今朝から再度始めて、やっと・・・。右下に公共広告が表示されたのを見てホッとしたところ。

パソコン歴は10年、Windowsの95から98、その後は98に慣れたせいで2000、meは素通りしてXPに馴染んで、都合5、6台は購入した。いまはノート型XPを2台使っているのだが・・・、いまだにその機能の2、3%ぐらいしか使っていないだろう。
それでも、面白い。Webという無限大の宇宙の存在だけは感覚的に認識できるからだ。ささやかながらネットサーフィンも楽しめるし、ホームページも今年になってやっとアップできた。
ただ、残念なことに問題が一つ、それは新しいことを始めようとすると、同じ操作を繰り返せないのだ。一日経過すると、ちょっと時間が経つと、もうどうやったのか忘れている。

今回2日もかけてトライできたのは、ひとえに広告収入への魅力だ。このスケベ心がなければあっさり断念していただろう。
これまで、魅力的な謳い文句のソフトを何本買ったことか・・・。そのうち、使えたものは一本もない。そうした新しい機能も、パソコンの新製品に買い換えるとほとんどがインストールされていて、勝手に起動してくれるのだから・・・何とも情けない。

AdSenseのアカウントを設定できて、その達成感だけはあるが、うーん、さて、さて・・・いかがなものか・・・。あれっ・・・という感じで広告がアップされてしまい、その手順はもうはっきり覚えていない。結果としては簡単だったのだが、もう一度トライして、同じようにできるのだろうか。不安の方が大きい。
でも、いまのカメはパソコン命、Web命なのだ。

2006/09/26

◆「金なくなれば死ぬつもり」とは・・・

にしても、「金の切れ目が命の切れ目」(外道語録09/17付)は外道カメの専売ではなかったようだ。
昨日、テレビのニュースを見ていたら「金なくなれば死ぬつもり・・・」のテロップ。その内容は・・・。
大阪府豊中市の22歳女性殺害事件で、逃亡先の札幌で24日に逮捕された男は「金がなくなれば死ぬつもりだった」と話していることが分かりました。
殺人容疑で逮捕されたM容疑者(22)は、今月19日、交際していたHさんの胸などを刃物で刺して殺害した疑いが持たれています。そして、自分の口座から、およそ100万円を引き出し、新幹線と夜行列車を乗り継いで逃亡を図りました。M容疑者は札幌に着くと、逃走前に下ろした自分の預金100万円を使い、変装のために頻繁に服を買って着替え、逃げていたということです。M容疑者は4日間の逃亡中、偽名も使ってサウナなどに身を潜めましたが、24日午後3時ごろ、目撃情報を受けた捜査員が札幌市内の繁華街で発見し、逮捕しました。
犯行の動機は別れ話のもつれのようで、M容疑者は「毎日10万円近くを服代に使って、髪を茶色に染めて変装した」「なぜ殺したのか、自分でも分からない」などとも供述、逮捕時の所持金は約3万円だったそうだ。

まさに、外道の仕業だ。分別もなければ、計画性もなし。思いつきだけで行動する。自己中心的で、堪え性がない。臨床心理学的にいっても、外道カメと一緒・・・、精神の発達障害で、大人になりきれていない、我侭なガキ・・・といったところで、社会的には何とも迷惑な、困った存在だ。

にしても、22歳で「金なくなれば死ぬつもり・・・」とはいいもいったりで、外道カメはお株をとられたような気分・・・、いまの時代、ひょっとすると若い世代には「普通」の感覚になっているのかも、と思った。

2006/09/25

◆あるがまま川の流れに任せ死ねればいい・・・

にしても、身体的機能の低下が甚だしい。
普段の生活ではあまり気にならないのだが、何か普段と違うことをしたり、しようとすると、それが顕著になる。確かに普段の生活では、ゆっくりゆっくり、体を動かしているようで、自覚することはめったにない。

今日は2カ月ぶり、珍しく近所のゴルフ練習場に自転車で出かけ、クラブを振ったら左手首に軽い痛みを感じた。何か、関節の細かい骨が砕かれたような、音こそ聞こえなかったが、少量の砂がギシギシするような感じ・・・。いや、参った。
そのうち痛みは感じなくなったが・・・、いや、はや、身体が直ぐに疲れる。腰がふらつき、息切れ・・・、その度に休んでクラブを振ったが、それでも約30分、1篭65球を打ち終わったところで、練習はやめた。
永年の課題になっている基礎体力の欠如なのだが、改善する意欲はもうとっくの昔からない。あるがまま、でいいと思っている。もう、ロスタイムに入って何と10余年、あとは死ぬだけだ。
実は、ロスタイムに入った50歳から定期的な健康診断もやめた。定期健診で悪所が見つかったとして、その箇所を治療することを考えると、外道の見地からしてバカバカしいと思う。完治したとして一体どのくらい寿命が延びるのか・・・、自覚症状なしに手遅れになって、それが原因で死んでも、そこが寿命だと思うのだが・・・。なんせ、ロスタイムを生きているのに、早期発見して治療するなんて、潔くないと思うのだ。ただ、カメは痛みにとりわけ弱い。だから、歯医者だけはいまだに通っているのだが・・・。
あとは市販の医薬品に頼っている。特に風邪薬は常備薬になっていて、毎晩、寝る前に飲んでいる。タバコの吸い過ぎからくる喉の痛み、鼻炎を抑え熟睡できるからで、もう10年以上は続いている習慣だ。

あるがまま、川の流れに任せていながら、外道のカメが唯一それに棹差しているのはナニの鍛錬なのだが、情けないことにこちらはずっと要介護状態が続いていて・・・、あぁー。

2006/09/24

◆無知は損・・・2GBのSDカード購入で再認識


にしても、無知は損・・・大きな損失を蒙ると再認識した。
デジカメの記録メディア、それも2GBのSDカードを昨日、川崎の専門店で購入した。4,980円・・・。
嫌味かとも思ったが、やはり気がかりで、レジでアピールして、持参のデジカメにカードを認識させたら660枚と表示され・・・、OK、OK。うぅーん、やったね、といったところ。大満足だった。

通販で買ってもいいかなと思い、前夜「価格.com」で検索。2GBのSDカードは3,948円から28,130円。デジカメと同メーカーの純正品の価格は10,600円 から19,500円で、これでは買う気にならない。最も安い3,948円のSDカードをクリックすると人気ランキングは1位、ユーザーレビューも上々、さらにクチコミ情報も流石に多く、品質面での不安は払拭され、そのサイトにアクセスしたら「1個限定」で3,948円の価格の内訳は消費税込、送料別、手数料別だった。これだと総額5,000円でお釣りかと納得して『買い物かご』に進んだら『品切れ』だった。 欲しいというモチベーションが上がって、京急で近い川崎まで出かけてみたのだった。

2GBのSDカードが急に欲しくなったのは、今週はじめ都心の量販店をのぞいた際、コンパクトで使いやすそうなMPEGムービーが目に留まった。何より、SDカードが使え、価格も手ごろ・・・。いま使っているお気に入りのデジカメは不要になるかもしれないが、なんせ新しもの好きなカメだ。これまでだったら、その場で衝動買いしていたかもしれない。
MPEGムービーのカタログを持ち帰るとともに、もう一度デジカメの取説を開いてみたら、動画撮影モードもついているし、仕様を確認すると記録画素数は同じだった。何ということ・・・、思い込みである。カメラのデザインの違いだけに惑わされていただけだった。念の為、愛用のデジカメ (512MBSDカード)を手に近くでテスト撮影してみたら、ちゃんと動画が撮れていた。あとは2GBのSDカードを買うだけ、というわけだ。

で、総括してみると、いままでのデジカメの撮影機能が活用できることになり、概算5万円ほど『得』した勘定になる。
外道のカメがバンコク暮らしを選択するのも、そうしたあれこれバックデータを比較した結果だ。タイと日本での暮らし・・・、その実態と内容はほとんど変わらないのに、実感として生活費は10分の1くらいで済みそうだから、マイペンライだ。

2006/09/23

◆死ぬ自由ぐらいはあってもいい・・・

にしても、近ごろカメでも知っている著名人の亡者記事を目にすることが増えた。カメもそれだけ歳をとったということでもあるのだろうが・・・。
作家、吉村昭氏(7月31日死去、79歳)の“自決”について今朝の産経新聞「正論」欄で拓殖大学学長の渡辺利夫氏が「尊厳死」でなくてなんであろう・・・と記していた。いまごろ・・・と思ったが、まさに正論だ。“自決”の直後から尊厳死論議が沸騰することを秘かに期待していたのだが・・・。

人間に生まれてくる自由はないのだから、死ぬ自由ぐらいはあってもいい・・・とはカメの箴言のつもりだ。
敬愛する山風氏の警句一つに「人間は管につながれて生まれ、管につながれて死ぬ」とある。山風氏流の警句だが、その真意はそんなバカなことをするな! といっているに違いない。管を外す自由を否定するのは、外道のカメがいうのも不遜だが、理不尽なことだ。
この論に共感してくださる方は多いと思うのだが、この死の問題に関してはみなさん悶々としているばかりで、積極的な発言は少ないし、大声を上げてくださる方もほとんどいない。例の臓器移植法が制定されるときも、人間の根源に関わる大テーマだというのにマスコミはタブー視して静かなものだった。
つい先ごろは、女優・黒柳徹子さんの母で、エッセイストとして活躍した黒柳朝さんは徹子さんに向かって「じゃね」といい残し95歳で亡くなったそうだ。徹子さんがそう明かしたもので、いまわの際のひと言として何とも微笑ましい。
人生色々、死も色々・・・でいいんじゃないかと思う。