2006/10/01

◆努力は結果となって現れるのだが・・・

にしても、努力という言葉を実感したのはゴルフだった。
46歳の時・・・、川の流れに身を任せるままでそれまで努力とは無縁だったのだが、お客さんのゴルフをセッティングする羽目になった。チンプンカンプンながら、何とか2度ほどこなして気がついた。ゴルフができれば自腹を切らずにラウンドできる、と。何より、健康的だし、楽しそうだった。
で、とりあえず7番アイアンを1本買って近所の練習場に自転車で通い始めたのだが、結構面白かった。レッスン書や専門誌、それに漫画まであれこれ仕入れて・・・。振り返れば、スクールにでも通って3ヶ月でも初歩を教われば違ったのだろうが、そんなタマではない。あくまでも我流だ。
音痴と運痴はDNAと諦めていたが、その酷さは、半端じゃない。さっぱり上達しないどころか、ボールが後ろにこそ飛ばないが、右に左に、それも隣りの打席との仕切りのポールに激突して睨み付けられたり、真上のブリキ製の天井に当たって轟音を発したり・・・。それでも、他の練習場をあちこち探して渡り歩いた。
さらに、優しい先輩、友人の力も借りて練習に励むうちに、何とかラウンドデビュー。ま、それも覚えていないほどに酷いものだったが、そのうち何となく格好はついた。
そんな時、ふっと「努力」という言葉が脳裏に浮かんだのだ。そうか・・・、努力、努力とよくいうが、努力すると結果となって現れるものなのだ、と。改めて、カメ自身、この世に生を受けてこの方、受験にしろ、仕事にしろ、努力したことはないよなぁ・・・としみじみと感慨に耽ったものだった。
で、生来の飽きっぽさから、そんな努力を止めて10数年、誰かに誘われればラウンドしていたのだが、数年前からは基礎体力の衰えが甚だしく、後半は文字通りの腰砕けの状態が続いていて・・・。といって、体力維持の努力なぞ馬鹿馬鹿しい。昨土曜日のプライベートコンペを最後にゴルフも止めることにした。何より、金がかかりすぎる。
いまは唯一、要介護状態に陥っているナニの復活を夢見て、切なくも涙ぐましい努力に専念することにした。