2006/11/08

◆なるほど、なるほど、久々の“堀江節”楽しむ


にしても、久々の“堀江節”を楽しめた。なるほど、なるほど、ねぇ・・・である。
ライブドア(LD)事件の第21回公判が昨日、東京地裁で開かれホリエモンに対する被告人質問が始まり、ホリエモンは宮内亮治被告について「辞められたら困るので腫れ物に触るように扱った」と供述、「軍隊じゃないんで(私が)グループ全体を強力に指揮統括していたというのは実態と違う」と検察側の構図を否定し、実際は宮内被告の顔色をうかがいながらの経営だったことを強調したそうだ。これまでの公判でも、LDの経営戦略は大学のサークルのノリだったとも伝えられたが、多分、その通りだろう。
ただ、浅学菲才、付和雷同型のカメはLDの株価の動きに魅入られ、昨年秋から持ち株を全部LDに乗り換える準備をしていた。その時、500円前後で入手したLD株が確か200株ほどあり、カメの他の保有株全てをLD株にしようと決断したのだった。加熱相場の雰囲気に呑まれ、いずれ近いうちに急騰間違いなしと確信したのだ。
が、当時の株価は700円超で推移していてなかなか踏ん切りがつかず、模様眺めを続けていた。それでも、ちょこちょこ、10株、20株と買い増しして、全部で500株ほど集めただろうか。
年が明けて、根拠はないが何となくキナ臭さは感じたものの、LDに便乗して高値で売り逃げすればいいやと思っていた矢先に、突然、地検の強制捜査が入って茫然自失である。やられた! それはないよなぁと地検の不当捜査と感じ、ホリエモンには“出る杭は打たれる”かと同情したものだ。
ノリとも知らず、LD便乗したカメの自己責任ではあるのだが、ニッポン放送に始まるホリエモンがらみの損はトータルで100万円ほどにはなろうか。もっとも、強制捜査が入らなければ、カメの損はもっと膨らんでいたかもしれないとも思う。
それでも、ホリエモンへの憎しみはない。あくまでも、愛すべき、可愛らしい得なキャラだ。逮捕についても不思議だし、不当と感じた。検察の傲慢、思い上がりもここまで・・・と何とも不快だった。
その後、ダイヤモンド社から刊行された田中慎一氏による「ライブドア監査人の告白 私はなぜ粉飾を止められなかったのか」を読んで、検察の筋書きがやっと読めた。ノリだ、何だかんだといったところで、決算書に社長として署名押印したら、知らなかった、報告を受けていなかった・・・では通らない。確かに、ホリエモンは粉飾など知らなかったと思う。
でも、結果責任は負わなければならないわけで、ホリエモンの有罪判決はやむを得ないだろう。ロスタイムに入っているカメと違い、ホリエモンはいまハーフタイム・・・、後半も奇想天外なプレーでファンを沸かせて欲しい。

2006/11/07

◆ミネラルウォーター飲んで結果的に禁酒状態・・・

にしても、このところ自宅でアルコールを飲まなくなった。夕食時、就寝前に飲むのが習慣になっていたのだが・・・。もちろん、ビール、ウィスキー、焼酎の買い置きはあるのに、なぜか。もったいない、金がかかるからではない。
ミネラルウォーターを飲むようになってからのようだ。当初は、ウィスキー、焼酎をミネラルウォーターで割って飲んでいた。そのために、2Lのペットボトルを買っていたのだが、なかなか減らない。で、ミネラルウォーターを生のまま朝から飲むようになった。と、案外と旨い。つい、そのまま、ミネラルウォーターだけを飲み続けている。
タバコと違って、アルコールはそんなに量を飲む方ではない。何となく飲んでいた。軽い酔い心地を楽しむ程度だ。日本酒、ワインは頭にきて、駄目だ。
ある量を超すと、コップのビールをチビチビと飲む。友人にウィスキーみたいに飲んでいると、呆れられたこともある。
それでも気分がいいと、居酒屋やスナックで時に足をとられるほどに酔うこともあり、それはそれで気持ちのいいものだ。
結果的には、禁酒状態になるのだが、体調に何か変化があるのかといえば、まだはっきりしていない。ただ、微弱ながらこれまでなかった朝勃ちが見られるようになり、不思議に感じている。この因果関係について結論を出すのにはまだ時間がかかりそうだ。
それより何より、ミネラルウォーターを買って飲むなんて、カメにとっては信じられないことだ。かつて、イザヤ・ベンダサンが指摘したように“水と安全はただ”と思って暮らしてきたのだ。が、最近の水道水は、カメの歳、体調にもよるのかもしれないが、あまり旨くない。タイはバンコクに行くとペットボトル詰めのミネラルウォーターがないと暮らせない。バンコクではアイスコーヒーや水割りウィスキーの氷も水道水で製氷しているとあってコップから取り出す人も多いし、オーダーの際、氷の有無を聞かれることがある。
日本ミネラルウォーター協会のホームページにアクセスしてみたら、ミネラルウォーター市場は平成元年からの13年間で10倍あまりに拡大しており、今やミネラルウォーターは生活必需品となりつつあるそうだ。
「shop99」でカメの手が2Lのペットボトルに伸びるのも、時代の流れなのかな、とも感じる。

2006/11/06

◆ゴーストライターは影の存在でしかないのに


にしても、役者の格の違い、器の違いを思い知らされた。だから、キャスティングの段階ですでに失敗作・・・、お粗末でしたとしかいいようがない。松本幸四郎主演のテレビ朝日系スペシャルドラマ「信長の棺」、珍しく原作を読んでいて、期待して見たのに・・・、幸四郎の存在感が原作をぶち壊してしまった。
幸四郎の役回りは織田信長の実在の側近であり、いわば信長のゴーストライターである太田牛一なる事務官なのに、その存在感があまりにも大きすぎる。

ゴーストライターとは、そもそも影の存在、黒子役だ。天下をうかがう巨大な存在である信長役がTOKIOの松岡昌宏あたりでは勝負にならない。主従関係が逆転して見え、それだけでドラマに入っていけない。何とも、がっかりした。これは、プロデューサーの責任だろう。何より、幸四郎の役どころではないのだ。原作を読んでいるからこその感想だ。

小泉首相が愛読したと知って、「信長の棺」は読んでみた。
信長、秀吉、家康の話は、カメでもこれまであれこれ親しんできただけに、その生涯、時代背景など、ある程度は知っている。
ところが、火を放たれ全焼した本能寺の焼け跡のどこを捜しても、不思議なことに信長の遺骸は発見されなかったという・・・ゴーストライターがその謎に迫っていくという新たな視点に驚かされ、久々にワクワクして読んだ。
と同時に、作者・加藤廣、75歳の処女小説と聞いて、よくぞ!参った・・・と感服したものだ。
加藤さんがテレビドラマ化された「信長の棺」を見ていたら、感想を聞いてみたいものだ。

2006/11/05

◆日本で2番目に旨いラーメン見つけた・・・


にしても、久々に旨いものを食った。嬉しくて、嬉しくて、目蓋が熱くなった。感激だった。
近所の商店街にある中華料理店の広東麺・・・。肉、筍、白菜、キクラゲ、椎茸たっぷりのうま煮が載った細麺のラーメンで、豚バラ肉の厚切りがふんだんに使っているのが嬉しい。スープはうま煮のタレをベースにしていて、コクがありながら、さっぱりしている。カメにとっては、まさに感涙のラーメンだ。
700円は決して安くはないが、懐かしい味とコクで、やっと旨いものにたどりついた感じだ。
元々、ラーメンは大好き・・・。が、このところのラーメンブームに乗って相次いで登場する新興ラーメンではない。昔ながらの鶏がらスープに縮れ細麺タイプ・・・。
東京は荻窪生まれのカメは、いわばラーメンのメッカで育ったようなもので、当時ラーメンは御馳走だったし、その味についてはちょっと一言ある。なんせ、本当に旨い、癖になる、荻窪を離れてからも思い出す、日本一のラーメンだ。もっとも、それはあくまでもカメ個人の味覚である。それを吹聴するつもりはない。でも、マスコミでラーメン特集などが始まった当初はよく紹介されていて、秘かにほくそ笑んだものだ。
東京に札幌ラーメンが進出、その後は新興のラーメンが次々に登場して、その度にカメは一度はその味を試しているが、もはや、それらはラーメンではないと思った。まず何より高価で、ラーメンとは呼べない別の料理だ。だから、一度は試食してみるが、リピートする店は少ない。
そのうち気がついた。ラーメンに関して「日本一」というのは実に人さまざまで、ほぼ全員がそれぞれの「日本一」を持っているのだ。かつて、通勤途上の東京駅八重洲口にちょっと気に入っているラーメン店があり、スポンサー筋のエライさんに「日本で二番目に旨いラーメン屋」といってそこに案内し、感心されたこともある。
入れ歯の所為で食べる楽しみを失ったカメに、今回見つけた広東麺は何よりのご馳走になりそうだ。

2006/11/04

◆曇り空には体の生理が反応しない・・・

にしても、曇り空には体の生理が反応しない。眠ったままだ。今朝は8時にいったん目覚めたものの、再びそのまま寝て起きたのは10時10分だった。
早起きしてもやらなければならないことは何もない。おっと、このブログのアップだけだ。それに予定もないとあっては、寝るっきゃないか・・・。
もっとも、目覚めたときに晴れていると、自然に体が反応して起きてしまう。体は正直なものだと思う。生体のリズムは太陽の活動と連動しているのだ。

かつて、数年間、深夜勤務が続き、明け方、タクシーで帰宅する日々が続いた。で、寝て、勤務は夕方からだった。日没から日の出までが仕事という太陽活動とはまったく逆の生活リズムだ。
その当時、気付いたことだが、帰宅時間は午前3時から4時ごろで、蒲団に入るのが4時前だと直ぐに眠れるのだが、4時を過ぎてしまうとなかなか寝付けない。
夏場など、日の出の時間と重なることが多くなる。と、体は疲れているはずなのに、体が日の出を感じて目覚めてしまい、寝るのに苦労したものだ。なるほど、生体のバイオリズムは太陽活動と連動しているのだと実感して、帰宅後は日の出前に床に着くようにしていた。
何としても、太陽には逆らえない。何とも巨大な宇宙のパワーだ。
体だけではなく脳までも同様に反応する。晴れていると、それだけでウキウキ、ワクワクしているし、何となく活力が湧いてくるし、何か嬉しくなる。
曇っていたり、雨だと、体からは腐臭が漂ってくるようだし、気分は鬱陶しく、全てがダラダラと推移する。
外道の世界に足を踏み入れても、カメの生体は太陽のパワーに束縛され、支配されている。こればかりは、どうあがいてみても、どうすることも出来ない。

2006/11/03

◆同級生になぜ著名人が少ないのか・・・

にしても、秋の褒章で桂三枝(63歳)が紫綬褒章を受章したそうで、改めてカメの同級生に著名人が少ないことを認識した。
昔から、この世代に著名人がいないのは時代背景が大きな要因になっていると感じていた。敗戦時は乳飲み子でその記憶はなく、小中学校時代は親も学校も価値観の大きな変革期でどうしつけたらいいか、どう教育したらいいのか、その指針を失い戸惑っていた時代だ。確固とした信念、信条をもてない時代だったからだろう、のんべんだらり、右顧左眄しながら、何となく育ってしまった気がする。
それを痛感させられるのは、60年安保と大学紛争だ。60年安保の際は高校生で何を騒いでいるのか理解できなかったし、大学紛争の際は京都にいてパチンコ三昧、いまもそうだが、自我が確立していなかった。
社会人になってから、60年安保を体験した先輩と大学紛争を体験した後輩をみて、強くそれを感じさせられたものだ。
カメの世代はほとんどが日和って、シラケていて、そうした体験をしている先輩、後輩が何とも逞しく映ったものだ。そんな時、マスコミを通じて初めて同級生の名前を見たのが青木功(1942.8生まれ)で、いささか誇らしく思ったものだ。が、文学芸術分野からは現れなかった。
その後、桂三枝(1943.7生まれ)、米長邦雄(1943.6生まれ)が同じ歳と知ったのだが、カメは早生まれだから、学年は一つ下だ。
同学年を認識したのは、小沢一郎(1942.5生まれ)が脚光を浴びてからだ。小泉純一郎(1942.1生まれ)も同級生かと思ったが、ちょうど1年上だった。ちなみに、Webで検索したら、何と作家の広瀬隆がカメと誕生日が一緒で驚かされた。
その点、桂三枝はTVの「ヤングOh!Oh!」から見始め、「新婚さんいらっしゃい」はいまでも見ていて、それはもう今年で35年目を迎えるというから、凄いことだと感心しきりだ。1年後輩とはいえ、同世代としてずっと付き合ってきたような思い入れは強い。紫綬褒章の受章は何とも目出度い。

2006/11/02

◆急かせているようですいません・・・

にしても、なぜ、どうして・・・と聞くのは野暮だし、面倒くさい。そんなにややこしい話ではない。いまさら・・・だし、推察できる。多分、的中だ。
昨夕、高校時代の同級生からメールが来て、こんど札幌にカミサン同伴で行くことにした・・・と。3人の子供はすでに独立している。札幌で何をするのかは書いていない。
彼はカメと同様、東京生まれの東京育ちだ。20数年前、仕事の関係で宇都宮に移り、5、6年前からは仙台暮らしだ。で、こんどは札幌、これから部屋を探しに行くそうだ。
一生懸命に生きている、生きようとしている様子は伺える。とはいえ、この歳になって、居を移すとは・・・。それも、寒い土地に・・・。カメには、とても信じられナーイ。
彼を見ていると、人はこれほど変れるものかと、思う。カミサンの力と信心のパワーだろう。元々は、カメと同様、成り行き任せで、さして努力するタイプではなく、のんべんだらり、楽チンが好きなタイプで、意気が合った。
もっとも、いまだにそれを続けているのは、カメだけのようだ。
半年ほど前、彼へのメールにこう書いた。
表題は「急かせているようですいません・・・」
人生50年、夢幻の如くなり・・・で、ロスタイムが意外と長くなっています。
あと、やらなければならないことは、黄泉の国を訪ねるだけになりました。
で、ちょっと振り返ってみたら、人生の先達と仰ぐ方は貴兄唯一人と思いあたったのでした。
大学進学→就職→転職→結婚→集合住宅購入・・・と人生の節目、節目で、そのつど貴兄の背中を追いかけていました。
残る一つが、まだのようですが・・・、これもお手本がないと・・・というか、お手本を欲しくなっているこの頃です。
ま、Netオタクしながら待っています。@kame

その返信が、半年ほど経った、冒頭の札幌移住のメールだ。
確か、カメはバンコク行きの構想をまだ彼に話していない。

2006/11/01

◆そんなに長生きしてどうするの?

にしても、これまで聞いたことのない病名を耳にすることが増えた。昨夕、TVニュースで加齢黄斑変性なる目の病気を紹介していた。黄斑の加齢に伴う変化によっておこる疾患で、高齢者の失明原因の一つだそうだ。取材を受けた若い医者は「私が医者になったころにはなかった病気・・・」と話していた。
高齢化による病気の一つで、何とも、やりきれない思いに捉われた。人生50年で終えていれば罹患しなくてもよかった病気だ。
もう何年前になるか、「骨粗鬆症」という病名を聞いて驚いたことがある。骨の内部がスカスカになるそうで、不謹慎は承知で、長生きし過ぎだ・・・と直感したものだ。背中や腰が曲がる老化現象も実は骨粗鬆症で、骨から少しずつカルシウムが失われていくのだという。予防法は食事・運動など日頃の生活習慣だそうだが、そんなことまでして長生きしてどうするの?と思ったものだし、いまもそう思う。
カメ個人についていえば、50歳を機に独立、フリーの身になって以来、健康診断なるものを一切受診していない。サラリーマンと違い、健康診断は本人の意思だけだ。それまで、健康診断で何かひっかかったこともないし、何か病気で入院したこともない。
この歳になって、この歳まで生き永らえてきて、もう十分じゃないか、いまさら・・・なのである。サッカーの試合なら既にロスタイムに入っている。たとえ、診断の結果、何か異常が見つかったとして、早期発見だが、その治療をして何年寿命が延びるというのか。ロスタイムが延長されたところで・・・である。
この歳だから、目、歯、マラは既にその症状が出ている。その他のお肉の不具合が自覚症状として現れたら、暫らくは我慢して、何処まで我慢できるかだが、いよいよ我慢できなくなって医者に駆け込むかもしれないが、その時は手遅れでいいと思っている。
で、実は一つだけ実践しているカメ流の健康診断、気持ちいい健康法がある。恥ずかしながら、ウフッ、週1回以上のマス・・・だ。マスについては改めて詳述したい。

2006/10/31

◆ねばならないと心密かに決めて1ヶ月・・・

にしても、ねばならないと心密かに決めて1ヶ月、よくぞ続けたと自らを褒めるとともに、やっとその束縛からは解放されそうだ。
何かといえば、本Blogのことで、10月1日から毎日欠かさず10月いっぱいは続けようと自らに課したのだが・・・、はや31日になって、ウフッ。
しんどかったような、楽しかったような、途中でベータ版に移行して継続に黄信号が灯ったりもしたが、とりあえずは終了して・・・ホッ。
元々、熱しやすく冷めやすい性質のカメだけにいつまで続けられるかは不明だが、まぁ、いいでしょう?これだけ続けられれば・・・。
実は、いま、ねばならないことは一つだけ、洗濯だけだ。ワンルームマンションでの独り暮らし、当初、ねばならないことは炊事、洗濯、掃除の3つを思い浮かべていたが、体験的にねばならないことは洗濯だけだった。掃除はしなくても別に、埃で死ぬわけじゃない・・・し、炊事は予想外に高くつく。料理しても量が多くなって食べ過ぎるし、夏場にはとても無理、無駄だ。
洗濯だけは、止めるわけにはいかない。一回着ただけで捨てて困らないほどの稼ぎもないし、そもそも根がケチときているから、もったいないという思いは人一倍強い。
ねばならないことを一つ追加することは、勝手気侭で面倒臭がりのカメにとって大きな負担なのだが、何とかクリアできたわけで、時間の経つのが早いのに驚いている。さて、いつまで続けられるか・・・。

2006/10/30

◆トイレットペーパーでちょっと贅沢・・・

にしても、ブランド品には手を出せない。その商品の機能が満たされていれば、ブランドの有無は気にならない。ブランドにやたらこだわる人も多いが、気が知れない。生来、ブランドものや高価なものには拒否反応が強いのだ。
ただ、日用雑貨品で近ごろ贅沢しているものがある。トイレットペーパーだ。それまでは、ドラッグストアーの目玉になっていて、300円を切っているかどうかが選択基準になっていた。時に、298円(12ロール)で買って帰る際、他の店で同じ品296円の値札が付いているのを見ると、物凄く損した気になるし、300円以上の値札を見てほくそ笑んでしまう。2円、3円・・・、せいぜい10円の範囲内なのだが、その差が気になる。根がケチだから、その程度の差だとわかりやすいのだ。
居酒屋でビールを飲まずに家で飲めばもっと安く飲めるのは承知で、居酒屋で飲むのはこだわらない。
それが日用雑貨品となると、気になるのだ。で、一度試しにトイレットペーパーの高級品を買ってみた。といって、目玉品より100円も高いわけではない。使ってみて、驚いた。何より、肌触りが良く、快適だった。なるほど、と納得したものだ。安ければいい・・・というケチな根性が恨めしくなり、以後、トイレットペーパーは贅沢している。
実は、トイレットペーパーに関してはもう一つ伏線がある。ウオシュレットの登場である。その快適さは信じられないほど・・・で、癖になる。ウオシュレット付きの新築マンションで育った子供など、大人になって旧来のトイレや、キャンプでのキジ打ちなどは信じられないだろうな、心配したものだ。カメも自宅のトイレをウオシュレットにリニューアルしたくなって、よくよく見たら、ワンルームマンションでユニットバスとあっては、そうそう簡単にはいかないのだ。見当も付かないほど、巨額の改修費がかかることは目に見えていて、あっさり断念していた。
で、トイレットペーパーでちょっと贅沢しているわけで、何とも切なく情けない話なのだが・・・。

2006/10/29

◆衝動買い、あと何回、爪を切るのか・・・




にしても、“禁じ手”のはずの衝動買いをしてしまった。
久々の秋晴れに誘われ何となく自転車で蒲田に出かけ、京急蒲田駅前の商店街に入ったら、新潟燕・三条の金物市が間口2間ほどのレンタルショップで開かれていた。確か、新聞の折り込みチラシでも見たような気がしたが、どうせ高価なものばかりだから、はなから見る対象にはならなかった。でも、店頭の賑やかなディスプレイに惹かれて見るだけ・・・と自転車を止め、のぞいてみた。特に、行き先の当てはない。時間潰しのつもりで・・・。と、足がどんどん店の中に入っていく。
いや、さすがに凄い。あんなものも、こんなものも・・・つい、手にしてみたくなるが、いずれも高価・・・。カメご用達の99円ショップにも並んでいるものがほとんどだが、見ているだけでも、品質の違いは一目瞭然だ。何となく、血が騒ぐ。
レジ横の爪切りコーナーで、女性に「ちょっと、切ってみませんか・・・」と声をかけられた。ヤバイ!とは思ったが、爪切りを手にして試してみたら、イャー、凄い、凄い・・・パチパチ (パチンじゃないのだ) と爪の細片が爪切りの腹の部分に吸い込まれていくようだ。その切れ味にウーンと秘かに唸った。なるほど、なるほど、ねぇ、だ。さすが、これが匠の技か、とも。
いま、爪切りは引き出しに大小2本ある。いずれも99円ショップの代物で、これまではいよいよとならないと爪は切らなかった。切る際は、パチーン、パチーンと大きく切る。時には、爪がグニャッとすることもある。慎重に、おそるおそるの感じだった。足は苦手で、面倒臭い。前屈みになって息を詰めて、爪切りの刃と厚い爪の形に合わせて切ることになるので、辛い。時間もかかる。
そんな、こんなを思い浮かべて、ま、いいか・・・、たまには気持ち良く爪を切るのもいいかな・・・って感じで、買ってしまった。
それも手(1260円)と足(1029円)用の二つで合計2289円(税込み)。
その場で財布を開かず、一晩寝て明日にしようとしていれば、多分“明日”はなかったと思う。衝動買いを“禁じ手”にしているカメにとって大出血なのだが、この出費、少なからず快感ではあった。
帰宅して、手と足の爪を切ってみたが、実にスムーズ、音も軽い。前屈みも少なく、時間もかからず、いや、さすがに違うと感心しきり、独りほくそ笑んだのだが、さて、あと何回、爪を切ることになるのか・・・。

2006/10/28

◆秋晴れに「アリとキリギリス」を思い出す

にしても、秋晴れの目覚めは清々しい。いつもは弛緩したままのお肉がいささか疼き、脳細胞もいささかながら目覚めてくる。と、何かしなければという気に駆られる。といって、カメには何もない。それは、もう始めからわかっていることだから、そこで改めて何か・・・とは考えない。だら~んと弛緩した心身の状態が何より気に入っていて、タイの陽気が懐かしく蘇ってくる。四季がない気候風土から生まれ、醸成されたタイの生活文化の空気だ。自然のまま、気紛れに暮らす。また、それが可能なマイペンライの気風だ。
今日一日、いまが良ければ、それでいいじゃないか・・・。明日、明後日、一週間、一ヶ月、一年先、一体どうなっているのか、どうしたいのか・・・なんてことは考えない。考えて、どうなるものでもない。何故、そんな先のことを考えるのかが、わからない。
イソップ物語のアリとキリギリスの寓話を思い出す。夏の間、アリたちは冬の間の食料をためるために働き続け、キリギリスは歌を歌って遊び、働かない。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、アリたちに頼んで、食べ物を分けてもらおうとするが「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだ?」断られるお話・・・。
確かに、タイでは勤勉とか、忙しいとか、慌てるとか、あくせくするといった概念が存在しない。それが、日本人の目には怠惰と映るのだが、タイではそれが当たり前の姿なのだ。冬がなく、一年中Tシャツ一枚で暮らしていれば、それはそうだ。キリギリスには例えられない。
Webで検索してみると、アリとキリギリスの原典はギリシア語で「蝉と蟻たち」。セミになじみの薄いドイツ語圏で風土に合わせてセミがキリギリスに置き換えられたらしい。日本でも、戦国時代イエズス会の宣教師が持ち込んだ際は「セミ」だったが、明治以降、英語版が訳され「キリギリス」となったそうだ。で、その結末も、日本ではアリはキリギリスに食べ物をあげ「好きなことばかりしていると、後で後悔するよ」と諭すのだが、国によっては、キリギリスは餓死してアリの餌・・・だ。そうかと思えばアリは働き過ぎで過労死したとか、キリギリスはアリに音楽会の切符を売りつけ、そのアルバイト収入で冬を過ごした・・・といった“現代版”もあるとか。
四季のないタイで、この寓話はどう伝えられているのだろう。

2006/10/27

◆チンプンカンプン、HTMLの世界は難しい

にしても、HTMLの世界は難しい。チンプンカンプン、よほど的確、簡単なマニュアルを入手しないと、やりたいことができない。イメージ通りの仕上がりにならない。それどころか、それまで積み重ねてきた自分の貴重なデータを破壊しかねない。
ブログはいくつかトライして、やっと本Bloggerにたどりつき、1ヶ月余り。英語が苦手で奥の奥までアクセスできないから、コンテンツがあれこれ豊富なサイトと違い、何より落ち着いていて、操作も簡単なのが気に入っていた。何より、インターナショナルじゃないか。
で、この間、順調に推移してきたが、最近になって何故か画像を添付できない。最初の最初のページでは簡単だったし、プロフィールにも画像はアップできたのだが・・・。その後は何度トライしても、「アップロード完了」メッセージは表示されるのだが、その画像は何処へ行ってしまうのか、ブログには表示されないのだ。ヘルプなどをじっくりチェックしてみても、マニュアル以上のことはわからない。
あと一つ、サイトマップが送信できない。もう5日間ほど、ウェブマスターツールを何度も繰り返し開いているが進展はない。
で、一昨日だったか、Blogger の新しいバージョン 、Beta版が目に留まり、ちょっと恐ろしかったが、思い切って移行してみた。あれっと思う間もなく完了したものの、ブログを開くと、見事に文字化け。
いや、参った。いささか慌てた。それでも、あれこれマニュアルなどをチェックしながら考え込んで、気がついたのがエンコード設定・・・。日本語のシフトJISからEUCに変更してみたが、文字化けは直らない。
改めて、考え込み、一晩明けてから思いついてエンコードをUnicordUTF-8に設定してみた。恐る恐るブログを開いてみると、何と文字化けはなくなって、ちゃんと表示されているではないか。ホッとするとともに、無性に嬉しくなった。
新規に投稿して、メールで転送されてくる投稿文の表題もちゃんと日本語で表示されている。実は、これまでの投稿文の表題は全て文字化けしていたのだ。
続いて、旧投稿文に画像を添付してみたら、一発で完了、表示されていた。
でも、なぜ修正されたのかは理解できない。だから、いつまでもWebには不安感が付きまとって、自信が持てないのだ。
とりあえずは、一歩前進した感じ、まだサイトマップ、広告掲載も残っている。ま、焦らず、ぼちぼちトライしてみよう。

2006/10/26

◆「要介護老人万国徘徊!!!」とメモ帳にあった


にしても、秋風が冷たくなって、バンコクでのメモ帳を繰っていると、懐かしさが募る。そう、メモ帳に「要介護老人万国徘徊!!!」とあって、つい、思い出し笑い・・・。
深夜便で着いたホテルでの朝食バイキングを食いながらのメモ、続きはこうだ・・・。
ついキョロキョロして、視線が定まらない。不自然で緩慢な動作が多い。何か、次の、そのまた次の行動が決められない・・・、というより無目的。何をしたいのか、何をしようとしているのか・・・。別に何もしなくてもいいのだが、何かしなければならないような気がする。それで、何となく焦っている。
カメが大好きな、私は誰? ここは何処? 状態だ。(後に、この状態は官能の海を漂う快感と、カメは認識するのだが・・・)。将棋に例えれば次の一手・・・、それが大したことはない手に拘るも、次の一手が見えてこない感じだ。
(ホテルの)トイレにしゃがみながら、いま気がついた。シャンプーも石鹸も置いてないよ。カオサン通りに行くつもりなれど、決断が着かない。どうする? アイフル。このままでは、ホームレスや・・・の心境だ。
で、昼過ぎバスでカオサン通りに移り、リニューアルが済んだばかりのような外装が綺麗なゲストハウスに惹かれてチェックイン。カオサンでは中の上クラスか、一泊460BT(1380円)。
カオサン通りはバンコクの繁華街、ビジネス街の西、チャオプラヤー川沿いに位置して、BTS(高架鉄道)も地下鉄もなく、足はバスかタクシーしかない。
早速、バスに乗ってチャオプラヤー川を渡り、大型のデパートへ。店内をウロウロしていたらパソコンブースがあり、探していたタイ文字のキーボードが何と190BT(570円)とあって、迷わず購入した。
カオサン通りに戻ろうと、デパートの前からバスに乗った。聞いてはいたが、いやはやバンコクのバスは難しい。たまたま目にした冷房車で、財布の中身をチェックしていたら、いつの間にか目印にしていたチャオプラヤー川を渡っていたようで、気がついたらワット(寺院)巡りをしていた。そのうち、乗客はカメ一人になって、止まったバス停は終点のよう。車掌も運転手もバスを降りてしまった。タイ語で聞くこともできず、ここは何処? 私は誰? で、カメはバスの中でじっと待つしかない。
再び、バスが発車したら、また乗車券を買わされ、参った、参ったと車外に目を凝らしているとチャオプラヤー川を渡って、また、さっきのデパートのビルが目に入った。そこで、やっと事情が飲み込め、慌ててバスを降りて、向かい側に移って、同じ番号のバスに乗り、カオサン通りの入り口で降りられた。
と、まあ、またまたのドジ・・・で、笑えない思いだった。

2006/10/25

◆劣等感からの逃亡・・・とはいい得て妙だ


にしても、バンコク・カオサン通りのバックパッカー暮らしでは哲学させられることが多かった。当時のメモ帳にこうあった。
「そっかぁ、劣等感からの逃亡・・・あたっているかも、ね」「少しでも優越感を感じられる環境に身を委ねようとする・・・これまでの人生そのものの延長線かも」「癒される環境(カオサン通り)、リラクゼーション追及の旅がこれ、逃亡者ともいうか・・・」
カオサン通りは、バックパッカーのメッカといわれ、世界中から若者を中心に集まってくる国際色豊かな街だ。ゲストハウスと呼ばれる宿(合宿所のイメージ)は一泊80BT(240円)からある。食事は一食50BT(150円)程度で済ませられる。
この街をブラブラしていて日本人の姿はほとんど見かけない。欧米、中近東、アジアから来た学生風の若者が多く、中高年はカメと同じで落ちこぼれのように見えてくる。
で、カメはホッとする。癒される構図だ。メモには、こうある・・・
ボケ老人が哲学している。人生の最高最大の目的はリラクゼーション。その環境を求めて川の流れのように巷をさすらい流れて・・・、流れ流れてバンコクまで。黄泉の国と直感してから惚れ込んで・・・。また、いま、その確認、実証の旅に・・・。いいよなぁ。
劣等感からの逃亡・・・とは、それまで気が付かなかったカメの生き様をいい得て妙だ。川の流れに身を委ねてとは以前から感じて公言もしていたが・・・。
例えば、住処を振り返ると、生まれ育ったのが東京都は杉並区、次いで大学時代は京都市、サラリーマンになってからは横浜市、藤沢市・・・といわば山の手でイメージのいい街、いま、東京は下町の蒲田だ。蒲田で暮らしていると、上流の生活を見なくてもすむから落ち着くし、やはりホッとするのだ。
国家ニートになると、蒲田で同じ暮らしを続けていけるようには思えない。で、また流れ流れてたどり着く先がバンコクでのバックパッカー暮らしというわけだ。マイペンライは、リラクゼーションのキーワードにも思えてくる。

2006/10/24

◆官能の坩堝にはまって漂っている感じ・・・


にしても、バンコクでのバックパッカー暮らしは生活必需品だけでOKの世界で、それ以上でも、それ以下でもない・・・。とは、今年5月のバンコクでのメモだ。続けて、生活、暮らしに不要なものは一切いらない、邪魔だし、余計な荷物になるだけ、と。
カメのバックの中にはパソコン、周辺機器、デジカメ、観光ガイド本類、風邪薬など医薬品、歯ブラシ、シャンプーなど日用雑貨品の他はTシャツ、下着など衣類だけ。これで、2週間余りウロウロできたし、一ヵ月でもOKだ。
カオサン通りの路地にあるゲストハウスに泊まった時(一泊300BT=900円)のメモによると、部屋は狭い、ベッドのみ。エアコン、換気扇あり・・・、洗剤、タオルなし、灰皿なし、ミネラルウォーターなし、テーブルなし、掛け布団なし、テレビなし、コンセントなし、トイレットペーパーなし。さすがに、ここは一泊だけで出て、次のゲストハウスでは事前に部屋を見せてもらい(一泊250BT)、エアコンはなかったものの日当たりは良く綺麗で快適、そこには5連泊したのだが・・・。
さて、これからどうする? といって、バンコク・カオサンでは全てがゆるゆると過ぎていく。カメには、夢もなければ、希望もない、目的もない。特に、やりたいことも、やらなければならないこともない。5分後、10分後の姿すら浮かんでこない。
だだ、ぼんやり・・・前後左右をキョロキョロしながら、ただ歩く。
もちろん、タイ語での会話はチンプンカンプンだし、タイ文字も読めないから、混沌としている。カメ一人きりだから、当然、顔見知りもいない。いつも「ここは何処?」「私は誰?」状態だ。そうした混沌とした空気の中に身を委ねているのは好きだ。いわば、官能の坩堝にはまって漂っている感じ・・・。カメにとっては、ちょっとした快感である。
で、排気ガスとほこりを浴びながら歩き回ってクタクタになって、滅茶苦茶くたびれてバタン、キューだ。
無目的にダラダラ過ごした2週間余は何とも貴重な時の流れだった。
「何していたの?」「何しにいったの?」と友人にはよく聞かれるが、無目的にダラダラ・・・という答えに怪訝そうな顔をするのだが、その通りだし、それが外道のカメにとっては最高のリラクゼーションなのだ。

2006/10/23

◆明日は明日の風が吹く・・・マイペンライってか

にしても、独りって、ほんと、いいな・・・とつくづく思う。
(今年5月、バンコクで2週間余りのバックパッカーにトライした際、カオサン通りのオープンバーでレッドカレーを頼み、ビールを飲みながらのメモ帳から・・・)
他人に気遣いしなくてもいい。勝手気侭・・・、他人に気を遣わせて・・・。もっとも、これは少ないとはいえ金を遣う客だから当然か。グループのお客を見ていると、ほんと、そう思う。
独り旅なら、他人はどうでもいい、自分だけ良ければいい。といって、これは旅に限らず、カメの場合、東京での生活でも同じだ。
寿命も資産も乏しいカメの金の遣い方では、バンコク徘徊が最高なのではないか、とふっと思った。そんなカメの想い・・・、たいした感性でもないが、まだそんなちょっと瑞々しい感性が残っていた? って、自己陶酔して・・・。これも、独り旅の快感だろう。
ここで、こうしてビールを飲みながら、お客の出入り、スタッフの動きをぼんやり眺めているだけで、サヌック(快感)・・・だ。
ここ、バンコク・カオサン通りにはいい女も、いい男もいっぱいいるが・・・、みんな金は持っていないんだよなぁ。
(カメの)川の流れの終着駅がここなのかもしれない・・・と、結構いい感じだ。そろそろ、男女4人のライブが始まりそうだ。この価格でこの環境・・・、東京ではとても考えられないだろうなぁ。
レッドカレー、ビール(小瓶)3本で500BTはちょっと高かったか、なんて・・・。実は、ゲストハウスの宿賃は250BTだから、2泊分が夕食に消えたわけで・・・、何となく、こちらの生活感覚が身についてきた?
で、さて、明日の宿は何処にしようか、と。
明日は明日の風が吹く・・・、マイペンライってか。

2006/10/22

◆「豚ミソ半額鍋」はカメ流なれど旨かった!


にしても、秋風が冷たくなって、久々に料理がしてみたくなった。独り暮らしゆえ、暑い時期はとりおきが出来ず敬遠している。トン汁でもと思い、夕方のスーパーをのぞいてたちどころにメニューは決まった。
そのスーパーでは常時、食品は賞味期限によって「10%引き」「20%引き」「半額」のステッカーをプライスカードに貼る。それも時間帯で食品が変わるし、ステッカーも時間の経過によって貼り重ねる。それでも「半額」食品の賞味期限は翌日だ。また、貼る時間帯はおおまかに、食肉、鮮魚は遅い時間、練り製品は朝から、だ。惣菜関係は、一日3回ほど出来立てを並べるが、その後はそれまで並んでいた惣菜は値引きの対象になる。
で、常連のお客さんはそのあたりの商法は承知していて、肉、魚コーナーでは横目で見ながら待機していて、ぼんやりしているとたちまちなくなってしまうのだ。
割り引き食品に絶対に手を出さないお客さんも多いのだが、カメは大好きだ。とにかく安いし、タイミングしだいで、5分前に正価でカゴに入れてウロウロしているうちに、同じ食品が「半額」で買えるのだから、嬉しいし、物凄く得した気分になる。
そもそも、賞味期限の表示にしても、実はあまり信用していない。かつては、一年間倉庫に積まれていたタマゴが出回ったこともあるし、メーカーが故意に刻印していた事件もあった。コンビにでは弁当を賞味期限どおりに廃棄処分しているそうだが、何とももったいない話だ。PL法とのからみもあり、安全・安心には金がかかるということでもあるのだが・・・。カメは、そんなに神経質になっても仕方がないと思うし、安い方が有り難い。
その夕、迷わずカゴに入れたのはチクワ、焼き豆腐、油揚げ、刻みネギ、冷凍和風野菜セット・・・、豚肉こま切れは残念ながら割り引きされていなかった。結果的に、トン汁というよりは豚ミソ鍋になって、カメはこれを豚ミソ半額鍋と呼ぶことにした。
いや、久々に熱々の鍋は旨かったし、缶ビールと鍋だけで満腹感も味わった。うどん、米飯で、あと2回は十分食えそうだ。

2006/10/21

◆テレビが全て・・・メディアの威光は国を亡ぼす

にしても、メディアの威光は凄い。亡国のA級戦犯といえるのではないか。特に、テレビだ。最近のテレビを見ていると吉本所属の芸人が番組を席巻している風だ。その芸人のほとんどは頭が良く、才能豊か、人材が揃っている。精魂込めてお笑いを演じているのを見ていると、何とももったいないと思う。
テレビが登場して半世紀・・・、完全に世の中の価値観を根底から変えてしまったのだ。カメなどは、テレビなんて・・・という世代だ。いまの芸人たちはテレビが全て・・・テレビに出ること、映ることが最高に格好いいと思って育った。
昭和天皇のXデイが迫っていたころ、予備校生が皇居前広場でテレビニュースに映されるパフォーマンスを競ったり、東大の合格発表風景の中で胴上げして見せるなど、テレビに映ることに精力を注いでいると知って驚かされたものだが、いまは吉本に入って芸人になることがテレビに映る最も近道になった。
かつては、末は博士か大臣かだったり、良い大学に入ることが若い世代の絶対的な価値観だったが、いまはテレビに出ることに変わってしまった。
何とも、もったいなく、亡国につながる現象だ。テレビに登場する芸人を見ていて、彼らは多分吉本に入ってテレビに出ることだけを最高の価値観として青春を燃焼させてきたのだろう。彼らのうち何人かはその価値観を東大に変えていれば、合格できたのではないかと感じる。
有為の人材がテレビのお笑いに使い捨てにされていくのを見るのは亡国の坂道を垣間見るようで何とも切なく、情けない。
もっとも、メディアの威光はいまやパソコンに取って代わられている。パソコン育ちの代表がホリエモンなのだろうが、パソコンメディアの浸透力、影響力、そのスピードはテレビの比ではない。
かつて、世界共通語としてエスペラント語が提唱されていたものだが、WindowsOSの普及でカメですら英語の必要性を痛感し、その愚かさを嘆いている。
メディアというハードは開発した技術者の想いとは裏腹に、ソフトによって支配されてしまう。そのソフトはまた、大衆の鏡でもあるのだ。亡国の坂道に歯止めをかける術はなさそうだ。

2006/10/20

◆サラリーマンが自己主張するのは辞表を書くとき

にしても、ネクタイにスーツ姿のサラリーマンを見るたびに、そんなしかめっ面をしなくてもいいのに・・・と気の毒に思うとともに、気ままな我が身の幸運を想い、密かにほくそ笑んでしまう。で、つい、お疲れ様です・・・とひと声かけてやりたくもなる。続いて、私、国家ニートなんです、ウフッ、とも。
何がサラリーマンのモチベーションになっているのか、外道のカメには不思議でならない。
そんなに急いで、どこへ行くの? そんなに思い悩んでいくらになるの? だ。もっと、肩の力を抜いてリラックス、リラックス、だ。昨夕、電車に乗ってそう思った。
サラリーマンって、本当に気の毒な存在だ。
カメもサラリーマンだった時代もある。といって、サラリーマンとは形だけで、不真面目だった。根本的にカメは飽きやすい。新しい仕事への好奇心だけは強く、それも好き嫌いを基準に選んでいたようだ。で、リクルートという言葉が流行る前から、まだ会社を辞めることが何となく後ろめたいころから、カメは転職を体験した。その際、悟った箴言が「サラリーマンが自己主張をするのは辞表を書くとき・・・一度書けば、何回書いても同じ」だった。で、その後は抵抗感もなく転々として、都合、4つの会社に勤め、累計で30年にはなる。
内1社では18年間勤めたが、社内の異動で2,3年毎に職場が変ったため、その都度人も環境も変って心機一転、カメにとっては異動自体が転職しているような感じではあった。
50歳を契機に一人で有限会社を設立し、社長兼社員兼、トイレ掃除まで一人でこなし13年、このほど会社の解散手続きを終え、サッパリしたのだが・・・。
社長の名詞を刷って二つ気が付いたことがある。「社長」には300万円用意すれば誰でもなれるが、「専務」にはなかなかなれないし、なるのは物凄く難しい。もう一つは、気兼ねしないで使い放題になると思っていた接待費は、売り上げが伴わないと使えないという厳しい現実だ。
ま、この程度の認識だから先は見えていたが、それをさほど深刻には捉えないまま、ささやかながら年金が支給されるようになったら、もう全てが面倒臭くなり、あっさり解散、国家ニートを標榜することは自然の流れだった。
とにかく、仕事が嫌いな上、勤労意欲が皆無ながら、我ながらよくぞここまで・・・というのが率直な感想だ。
何もしないで、ダラダラ、ゴロゴロしているのが何より好きだし、それが苦にならない。本当に性にあっている。ま、そのうち、ハイそれまでよ、だ。