2007/03/31

◎小俣雅子への想いを綴ろうとしたが・・・

にしても、吉田照美のヤルマン(文化放送午後12:57~4:00)が昨日で終了したのは残念だった。
何が面白いって・・・、ブロークン、メチャメチャの照美とノー天気の小俣雅子とのクロストーク。イヤー凄かった。小俣への突っ込み、ハラハラ、ドキドキ・・・。小俣の読みと滑舌は一向に上達せず、カミ、ボケは当たり前で、照美にバカ、バカヤローと罵倒されながらも、柳に風と受け流し、反省心も向上心もなく、自らの未熟さを逆手にとって開き直り、傍若無人のトホホ発言を続けて、何とラジオのカリスマとまで称えられるまでになっていた。
小俣雅子への想いを綴ろうと、とりあえず、Googleで「小俣雅子」を検索してみたら、結果は約 2万700件で、いずれも中身は濃いものばかり。新参者のカメが出る幕はなさそうで、お勧めのサイトは以下の通り。
http://homepage3.nifty.com/kdw/renga_g_255.htm
カメは3月に入ってからだったか、午後はヤルマン聴取のため完全にひきこもり状態になり、出かけるのは4時以降、結果、金を使わなくて済んだ。ま、カメのヤルマン終了余波といえば、そんなところか・・・。

2007/03/29

◎やっとわかった「地デジ」・・・

にしても、何のことやら、わかったような気がして実はわからないまま放置していた「地デジ」という言葉の意味がやっとわかった。
このほど、マンション管理組合を通して地元ケーブルネットから「地上デジタル放送対応工事のお知らせ」の案内が入り、明日30日午後に工事、翌日から1週間かけて全世帯の部屋のテレビ端子から電波出力を測定し、チャンネル調整を実施、地デジ放送が視聴できるようになるとのこと。
テレビ大好きなカメには、ただで見られるチャンネルが増えて、何とも嬉しく、楽しみ。ますますモノを考えなくても良くなるというわけだ。
それより、カメは一日24時間では時間が足りなくなるのではないかという懸念に捉われる。そんなに面白い番組、感動できる番組があるのかといわれれば、あるはずもない。でも、何より、全ての番組を見ていたいのだ。あれもこれも、物理的に無理とはわかっていても・・・、見たいものは見たいのだ。
また、この案内文中に「*NHK受信料のお支払は今まで通りの対応でお願いいたします」とあり、ほっとするとともに、秘かにほくそ笑んだ。

2007/03/25

◎高村薫女史のコメントに身が引き締まる

にしても、モノを考えたくないからテレビの“ながら視聴”を続けながらPCのカードゲームに耽っていたようだ。
今朝の産経新聞(25日付)で、あるある捏造問題での調査委員会の報告書の発表を受けた高村薫女史のコメントを読んで、身が引き締まる想いだった。
「私自身がどう考えるか」という作業の手間を惜しんでいる・・・テレビを見ながらモノを考えるのは難しい・・・テレビを消して考える、我に返る作業が必要・・・との指摘だ。
振り返ってみて、元々考えることは嫌いだったし、苦手で、逃げ続けていたように思う。何か問題を深く考えると、頭の芯が熱くなって、何より疲れる。それは、左脳と右脳、理と情、いずれも同じだった。
考えることが面倒臭いのだ。だから、外部からの刺戟に反応するのは生理的なものだけ、生死に関わるものと官能の渦というわけで、それらに対する反応は素直で、敏感・・・、お肉の反応は過剰にも映ったものだ。
時に考えたつもりでも、結果はやはり「つもり」でしかなく・・・、時の流れに身を任せ、翻弄されるだけで、黄泉の国を目前にしながら三途の川も渡り切れない有様だったのだから・・・。

2007/03/19

◎頭を使っていないと退屈しない・・・

にしても、ソメイヨシノの開花予想が出ているというのに、このところ冬に逆戻りの寒さと強風のため、引きこもり状態が続いている。
終日、パソコンと睨めっこしていながら、ブログへ投稿する気にもなかなかならない。出かけるのは夕方、近所のスーパーか99ショップぐらいだ。遠出する気もないからヒゲもあたらず、弱々しいながらも、白いものが目立ってくる。
時に、家庭用のシュレッダーを購入したので身辺整理をしてみるが、ダストボックスの容量は60枚余(A4)で、あっという間に満杯、裁断された用紙が嵩張るのには驚かされた。
先日は、ショッピングバック3袋分の書籍を近所で開店したばかりのブックマートに持ち込んでみたところ、値段が付いたのは23点で、買い取り価格は総額650円・・・。
朝昼晩と3度の食事をして、午前中はニッポン放送、午後からは文化放送、夜はTVを“ながら視聴”しつつ、ほとんどはパソコンのゲーム「スパイダ ソリティア」(中級)と向き合っている。単純・簡潔だけにはまってしまった。何より、頭を使わなくていい。このゲームもあっという間に時間が経つ。気がつけば昼食、夕食の時間で、退屈とか暇を持て余す時間とは無縁だ。どうやら、頭を使っていないと退屈しないようだ。
気紛れに、大好きなオナニーに耽ることもあるが、先般、本ブログでもご報告した通り、中身があまりにも希薄だ。
小人閑居してオナに耽る・・・は、日中の最高気温が18℃を超えてからだ。と、自然にソメイヨシノも花弁を開き、カメのお肉も疼いてくる。そろそろ、なのだが・・・。

2007/03/17

◎ホリエモンへの判決は厳し過ぎ・・・


にしても、新しい時代の寵児への判決は執行猶予がついて欲しかった。ライブドア(LD)事件で証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、偽計、風説の流布)罪に問われた堀江貴文被告(34)に対し昨日だされた東京地裁の懲役2年6月(求刑懲役4年)の判決は厳しすぎる。
堀江被告の「無罪主張」は無理な話だと思っていた。代表取締役として決算書に署名押印していれば「知らなかった」ではすまない。ただ、長銀など他の粉飾決算事件と同様に執行猶予はついてもいい。なのに、堀江被告はそれはプライドが許さなかったのだろう、あくまでも無罪主張を貫いてしまった。法廷戦術で、潔いといえば確かにそうだが・・・、何とも悔やまれる。
アナログからディジタルへ、時代の流れが大きく変わりつつある時に登場したホリエモンは何しろ格好かった。颯爽として、これからの新しい時代の息吹を感じさせてくれた。特に、株式市場にちょっと首を突っ込んでいたカメは瞬く間にホリエモン、あと村上“信者”となっていった。
ニッポン放送株で散々煽られ、その学習効果もないまま、今度はLD株を握ったまま、地検の“強制捜査”をTVのニュースで「なぜだ!」と呻き見る羽目に・・・。
この間、損害は総額いくら・・・とご報告したいところなのだが、恥ずかしいだけで・・・。だからでもないが、ホリエモンを憎む気にはなれない。新しい時代の寵児として大いに応援したくなる。いいパーソナリティーだと思う。

2007/03/13

◎恐る恐るのトライ・・・枯れススキ現象???

にしても、ドバっと噴射はほんとに夢になってしまったのか。酒、煙草をやめて、残っているのはコレだけなのだが・・・。
ああー、どうすれば・・・。要は、再発覚悟でトライして噴射可能かどうかを確認することが緊急課題であり、最大の関心事なのだ。
ただ、体調に自信が持てない。回復途上だからこその現象と思うのだが、頭の張りというか、突っ張りが時々ズシンズシンとくる。切開した部分が軽石のようになっていて、弾くとコンコンと軽い反響音がする。気温の変化に晒されると傷口が時にツンツン、シクシク疼き、反応する。
特段、妙な症状ではないはずなのに、なぜかドキドキするし、いやな感じ・・・、不気味だ。根拠はないが、獏たる不安に捉われる。酒でも飲んで酔っ払った勢いでトライすればいいのかとも思うが、飲むのもやはり同様に不安なのだ。

それでも、好き者のカメのこと、ナニはすでに4~5回、恐る恐るトライしたが・・・、いやはやの結果だった。
なんせ、ナニに勢い、力強さがない。あまりにも弱々しい。棹に膨張感はないし、雁のテカリもなし。要介護チンだ。
その瞬間は、ヘチマを握り潰した感じというか、かさぶたが取れた感じで・・・、手応えはなく、それでも少量の液体がちょちょっと潜り抜けていく感じ。何とも情けなくも、お恥ずかしい限り・・・で、恐る恐るのトライ、まさに枯れススキ現象とでも呼んだ方がよさそうだ。

2007/03/12

◎隆と勃ってドバっと噴射なんて夢・・・

にしても、あれ以来ドキドキ感とムズムズ感が希薄になって、ブログの投稿回数も減ってしまった。反省!!!
カメのドキドキ感とムズムズ感は表裏一体のもので、辿ってみればナニなのだが・・・。とにかくモチベーションが上がらない。湧いてくるものがない。
TVのニュースで、早くも今夏の水不足が懸念されている・・・と報じていた。暖冬で雪不足のため、雪解け水がないからだ、と。なんて、ニュースじゃないよ、当たり前じゃないか・・・。
カメの場合は、ナニの樽が底の底まで空っぽになっている。それは、病気の所為もあるだろうし、栄養不良か・・・、それもあるし、単なる加齢も・・・。
この病気、完治までにかなり時間がかかりそうだ。再発も珍しくない。他の脳出血とか脳梗塞、心筋梗塞を発症することも多く、禁煙は欠かせないそうだ。
といって、大事に大事に、石橋を叩きながら生き長らえていく人生なんてねぇ、なのだが・・・。
身勝手に好き嫌い、快不快だけを判断基準、価値基準にして生きてきたカメは、いまさらボランティアだ、福祉だ・・・といっても、勝手気侭に生きてきた身にそれはない。
勃つか、勃たないか・・・。てかてか黒光りする雁、掌に馴染みそうな太棹にしか関心はないのだが・・・。
隆と勃って、ドバっと噴射・・・・なんて、もう夢の夢だ。

2007/02/27

◎「禁煙」継続には認知症の可能性も・・・

にしても、以前よりもモノを考えなくなったようだ。というより、考えることが面倒臭くなっている。
例えば、パソコンでカードゲームを始めると止まらなくなる。特に、賭けてもいないのに・・・である。単純なルールで、機械的に繰り返していればいい。それで、高得点が獲れれば嬉しいのだから、お目出度い。何も考えずに、あっという間に時間が経つ。昨日は丸一日それで過ごし、ブログを休む始末だ。それに、昼間、近所に映画でも見に行こうかとも思っていたのに、カードゲームに手を染めたら、まっ、いいか・・・となる。
この症状、ひょっとして認知症の兆候かとも思う。そのものの可能性もあり・・・なのだが、そこで、思い当たったのが「禁煙」である。
死んでも禁煙だけはできない・・・とカメは公言し、周囲もそうだろうなと感じていただいていたはずなのだが・・・。何故、カメは結果的に禁煙できたのか。散々考えた挙句、「禁煙」が生きていくための目標になったよう・・・などと分析していた。
確かに、その側面もあるが、何のことはない、認知症の可能性に思い至ってはたと膝を叩いた。なるほど、「禁煙」というより「煙草」そのものを認識していないのではないか、と。煙草を認識していなければ、喫煙も禁煙もない。最近も煙草を吸う方をあちこちで見かけるが、何をしているのか霞んで見える。
「禁煙」は本当にこの病気の所為なのか、はたまた認知症なのか、ちょっと不安になっている。

2007/02/25

◎死んでいてもよかったのに・・・

にしても、人生とは運動会のようなものなのかもしれない。競技種目がいっぱいあって、その選択は自在、変更もあり・・・だ。ところが、一途なカメは一つの競技しか選べない、選んではいけないと思い込んでいたようだ。
それは植木等の“気楽なサラリーマン稼業”であったのかもしれない。ちょうど高度経済成長の最中で、遅れず、休まず、仕事せず・・・で、それを何も疑わずに実践していた。
そうして、川の流れに身を任せ、カメは好き嫌いだけで4回も会社を変わり、それでも国家ニートの座に座って“お迎え”を待っていたのだが・・・。

それが突然、気が付いたら別のフィールド放り込まれても・・・、別のフィールド、競技があるとは考えたこともなかったし、信じられない。一体どうしたらいいのか? なぜ、助かってしまったのか? これから、どう生きていけばいいのか。なんて、考えるタマでもないのに・・・。
ハッキリしてはいないのだが、手術から3日後か、とにかくカメは全身麻酔から覚めた瞬間、「あっ、生きてる」と覚醒すると同時に「お、死んでいてもよかったのに・・・」という想いが咽喉のあたりをよぎった。
この想起は弱々しい記憶だが、いまだに忘れられない。

2007/02/24

◎禁煙は無意識、無思考、無葛藤・・・に

にしても、禁煙が続いているのが不思議でならない。
喫煙はもう45年間ほどになるか・・・。親父が吸っていたショートピースをいたずらしたのが最初だったろう。自宅に置いてあった缶入りのピースを抜いたような気がする。それが、高校生になっていたかどうかなど、その場面は覚えていない。カメの記憶力は実にいい加減というより、アホか!といわれた方が正しい。学校での授業内容にしても要するに覚えていないのだ。
予備校時代はパチンコ屋に入りびたって、もう煙草はショートピースだけではなく、光とか、新生だったか、珍しくてあれこれ吸ってみていた。
確か、その後、フィルター付きのハイライトが新発売されて一気に人気を集めたが、カメはやはりショートピース派だった。

何より、その香り、味は申し分なく、ニコチンの含有量は他のどの煙草よりも多く“煙草の王様”と昨年末に倒れるまでは自負していたのだが・・・。
また、この10年ほど喫煙がこれほど嫌われ、肩身が狭くなるとは考えてもいなかった。煙草の害ばかりが強調され、それが何故なのかわからなくはないが、その因果関係は疫学調査の結果が根拠で、極めて恣意的だ。そうした調査が大手を振ってまかり通るのは、まさに喫煙受難の時代といえ、カメはその風潮を苦々しく見守っていたのだ。

そんなカメが無意識、無思考、無葛藤・・・に、何となく「禁煙」していたのだから、何より本人が一番驚いている。多分、これは考えたり、相談したら、絶対に禁煙は出来ていなかったと思う。

2007/02/23

◎生きているってしんどいものだ・・・

にしても、生きているってことはしんどいものだと思う。
生きるか、死ぬか、いかに生きるか、いかに死ぬか・・・カメは、とうの昔にバーチャルでは解決済みのテーマを今更のように「本生」で蒸し返され、いささかパニクッていたようだ。
で、この2月、本ブログには永のご無沙汰になってしまったようだ。
反省!反省!反省!
そりゃそうでしょう、テーマがでかすぎだし、何より痛そう。考えようとしただけで、しかめっ面になる。それに、死ぬの生きるのと散々揉めたりしても・・・そりゃ、死んじゃうのが何より一番楽・・・だっていうのに、ねぇ。

三途の川で追い返されたカメはもう一度、まだ生きていなきゃいけない、生かされてしまったということで、いささか考え込んだ結果、それもやむなしと納得するのに意外と時間がかかっていたところで、たどり着いた結論が「禁煙」だった。
いつまで続けられるのか・・・。唯一、いまは、それだけが生きる目標になってしまったようだ。

2007/02/18

◎松坂大輔の偉大なブランドパワーは強大無敵・・・

にしても、今季メジャー1年目を迎えるレッドソックスの松坂大輔投手(26)は勝ち組、負け組の構図を浮き彫りにしてくれた。
18日配信のスポーツナビは「レ軍のキャンプで日本語が流行!?」の見出しで、キャンプインを控え、春季キャンプが行われる米フロリダ州フォートマイヤーズでは早くも日本語を学ぼうとする首脳陣やチームメートの姿が見受けられたと報じている。
いや、はや、松坂は大変なもんだ。もはや、偉大な『松坂ブランド』だ。そうなんだよなぁ。偉大なブランドパワーは強大無敵・・・、言葉だって、別に相手に合わせる必要はない。こちらの言葉で話せばいいのだ。その言葉は相手が理解しなければコトが進まない。だから、相手がこちらの言葉を積極的に学ぼうとするし、学んでくれる。
中田英寿(ヒデ)をはじめサッカー選手の何人かは、これまで現地での記者会見で流暢な現地語を喋り感心したものだが、松坂はいつ英語を喋るのか・・・。意識してのことかどうか、戦略なのかどうか、ひょっとして会見は日本語で通そうと思っているのではないかと思ったりする。もっとも、これは勝ち続けなければ通らないが・・・。
今夜、NHKのスポーツ番組でも、レ軍のキャンプ取材によるフィーバーぶりを紹介していた。
勝ち組、松坂の日本語がいつまでそれで通せるか、楽しみだし、本人にもそれらしい素振りを感じ、頼もしい。負け組・カメはカメで外道の道をはいつくばりながら、それに期待している。

2007/01/31

◎生ビールは飲んだが、禁煙はまだ続く

にしても、64歳の誕生日をきっかけにゴロゴロ、ぼんやり・・・しっかりリラクゼーションを確保している。
なにより、慎重に体のケアに取り組まないと、予期せぬ筋肉痛とか、面倒なリハビリを抱え込みかねない。
多分、快方に向かっているからだろうが、ほんのちょっとした行為に、つい無理をして、イテテ!という場面が増えている。脇の方に置いてある新聞や本を取ろうとして体を捻ったり、伸ばしたり・・・、これがいけない。手が届かない。でも、あと、ちょっとだからと、軽く腕を伸ばそうとすると、てき面だ。

一昨日は、仕事を早仕舞いして見舞いに現れた後輩にあれこれ奢られた。
個室居酒屋では、やっぱり生ビール1杯ぐらいなら・・・との想いはつのる。
ほんとに、生ビールとはいえアルコールを口にしたのは、ほぼ2ヶ月ぶり。ちょっと、まだ旨いとも何とも・・・、実は小心者故、医者への後ろめたさ?味はあまり感じられず。ジョッキのお代わりも遠慮してしまい、ちょっと悔いが残った。グイッと旨い生ビールが恋しく、早く思い切り飲みたくなった。

ところが、生ビールに散々ビビッたくせに、煙草には我ながら信じられないほどの強靭な意志が働いているのを感じていた。1本の禁を冒せば、あっという間に元の木阿弥になるのがわかっているからだろう、目の前で後輩が1箱空けてもさして動揺せず、なおかつ、この夜の禁煙は苦痛を伴うものではなかった。はて、さて・・・、驚いた。

2007/01/25

◎いまさらの64歳はぼんやりするしかない

にしても、すきやき弁当が一番性に合っている・・・
誕生日をどう過ごすか・・・。いまさらの64歳はぼんやりするしかない。
とりあえずは、お世話になった皆様方へのメッセージを時間をかけて認め、拙ブログに投稿して、ひと安心。久々にいい原稿になったので、ウフッ、これだけでもよしとするか、とも思うが・・・。
NHKのニュースを見ながら、昼飯を食って、やっぱりどこかへ出かけようとあれこれ考えた。一番近い繁華街は川崎、京急に乗って150円だ。ここなら、あれこれ、裏も表もないものはない街。
とりあえずは、ヨドバシカメラに行ってシェーバーを買うつもり。いま使っているのは、回転刃の交換までして、もう10年以上は使っているお気に入りなのだが・・・、最近はちと切れ味に不満が生じていた。
あと、今回はあまり伝わってこないWindowsの気になる Vistaの盛り上がりも見てみたかった。
整備された川崎駅前のショッピングモールはやたら広く、ただブラブラの無目的な歩きにはちょっと不向きだ。
それくらい承知のカメはとりあえずシェーバーのコーナーに足を向けたが、それでもなかなか見つけられず、たどり着いたときにはかなり草臥れていた。シェーバーは3枚の回転刃と決まっているので、選択肢は限られていて、なおかつ安い。逡巡してみたものの、ま、64歳の誕生日プレゼントにはうってつけか、と・・・。
で、店内をちょっとウロウロしただけなのに、いささか疲れを覚え、パソコンコーナーは素通りして、帰途に・・・。まだ、疲れやすいと、無理は避ける。
実は、川崎でブラブラしながら時間を潰し、何か旨いもの、というか、高いものを食おうかと思っていたが、それは叶わず。
結局、帰宅したものの、夕食が決まらない、決められないまま、外は暗くなって、寒々としてきて、改めて外に出るのはいささかしんどくなって・・・。
先日、食って旨かった、ほっかほっか亭のすきやき弁当(580円)を買いに自転車で出て、やっぱ、このへんが一番性に合っているか・・・と独りごちた。

2007/01/24

◎よくぞ、ここまで無駄に64歳・・・

ついに、64歳、本日、誕生日・・・。
よくぞ、ここまで無駄に生きてこられたものよ、と驚きます。

先月は、三途の川まで行って、戻されてきたのですが・・・。
以来、煙草は、まだ吸っていません。結果的な禁煙が継続しています。
旨いものは食っていません。というより、なかなか食いたいものが思い浮かびません。
医者から止められたわけでもないのに、ビールなどアルコールは飲んでいません。
退院してからの自然脱糞は、なかなかの快感です。量といい、形といい・・・。
入れ歯の噛み合わせは依然いま1、いま2、いま3・・・。異物感なしを希求しつつ、まあ、こんなもの? のままで、相変わらず推移しています。
目は相変わらず老眼だけ、「3」で変動なし。年齢による他の病因の出現も間もなく?ではないかと、その兆しは感じます。

朝食は、これも習慣? 食べられるようになりました。ベッドの上で食べる、その習慣をまだ維持しています。もっとも、メニューはパンに固定してきましたが・・・。
朝食は多分、カメの心身に色んな面でいい影響を与えている、波及効果は大きいような気がしています。カメの貧脳ではそれ以上は、とても思い至りません。
実は、脳にもA,B,C~Hカップなどの容量、サイズがあり、カメは今回の入院でお恥ずかしいことに貧脳を、思い知らされました。
同時に、こんな貧脳でも、脳細胞は完全には元に戻らないような気がしました。記憶をたどれない、抽象的思考ができない・・・、ひと言でいえば「考える」ことが面倒臭く、集中できない、病床でテレビを見ていて、そんな場面が急に増えました。それは、いまでも続いています。

朝起きて、3度の食事をして寝て・・・のゆっくり、ゆっくりしたリズムが何とも居心地がいい。天下公認の国家ニート、穀潰し、何もしない、何もしなくていい環境というのは最高のリラクゼーション・・・、何より気楽でいい。有り難いこと、と素直に感謝しています。

2007/01/23

◇早くセピア色の絵に染み込みたい・・・

にしても、セピア色の世界を楽しんできたカメに、いま流行のハイビジョンの世界は眩し過ぎて、恥ずかし過ぎ、やはり一日も早くリタイアしたいと思う。
前回は何時だったか、また、また、小学校のクラス会のご案内をいただいた。新宿で3月中旬、土曜日の昼食会のようで、会費は、8,000円とか・・・。
64,65歳が何人、参集するか。もう10年ほど前だったか、幹事が熱心に連絡を取ったところ出席者は30人を超していた。担任の先生が良かったからだと思うが、みんな不思議と仲良しで、卒業後もクラス会は長く途切れることなく続いている。時には特別に1泊旅行なども何回か企画してその度に10人近くが参加しているそうだ。
カメも実は一時このクラス会の常連になっていた時期もあるが、この5年ほどは全て欠席している。
出席して、時に珍しい顔を眺められればいいが、そうはいかない。常連の顔ぶれは変わらない。それに辟易してきてもいたし、クラス会の回数も増え、出かけるのが面倒臭くもなっていた。
そう、そんな大した理由もなかったが、振り返れば、会合での話題が「老後」に凝縮されてきたのだ。カメの大嫌いなテーマだ。おためごかしに話を進める・・・なんてカメの性には合わない。時間の無駄だ。ああいえば、こういう・・・、ああすれば、こう・・・のおためごかしはゴメンだ。
おためごかしの時間を過ごすのなら、やはり、カメは早くセピア色の絵に染み込みたい。

2007/01/22

◇「考える」ことが面倒臭く集中できない

にしても、いつでも、どこでも、目一杯生きていかなければならない人間は凄い存在だと思う。
街に出て人の流れを見ていても、店に入って見ても、人はそれぞれみんな一生懸命だし、何か、目標、目的に向かって進んでいる。そのオーラの外で、もちろん、見えない厚い壁に遮られつつ、カメなぞはその中には入っていけないし、ひたすら、なぜ、どうして・・・と問いかけてみたい衝動に駆られるものの、といって、その答えを待っているわけでもなく、つい、違う希少生物になったような気がしてしまう。
実は、街だけではなく、テレビのニュース画像に対しても、ドラマにも、ワイドショーにも、さらにビデオ画像にも同様の反応をしてしまう。みなさんと同じような格好はしているようにみえるが、もはや異次元の生物に変節してしまったのではないか、と。

脳外科病床のベッドに寝ていた時、何となく脳細胞は完全には元に戻らないような気がした。脳細胞をこれまでのようには使えない、といって、それを意識していたわけではないが・・・。記憶をたどれない、抽象的思考ができない・・・、ひと言でいえば「考える」ことが面倒臭く、集中できない。そんな場面が急に増えた。でも、それらは全て面倒臭くて、それ以上進展しなかった。
例が適切かどうか、例えば、足し算・・・6+2=ならOKだけど、8+6+2=になると拒否反応が強くなって、もう暗算にトライしないし、これが二桁、三桁の数字になると、数字を見ただけで全面拒否、もう足し算をする気にもならないし、個人的な体験からは軽い頭痛を催した。
この生体反応ってやつ、脳細胞とはつながらない脊椎反応だけは、確信できるのだ。

2007/01/21

◇息を吹き返してあたふたしてしまうよなぁ

にしても、生死の境を彷徨うような手術といわれ、ならば、そんな大手術から生還したのなら、神の啓示を受けたとか・・・それくらいのことはあって、その「前」と「後」とでは何かが変った、変わらなければならないとも思い込んでいたようだ。何も変わる必要はないし、そもそも手術(麻酔)そのものを覚えていないのに・・・と、いま首をひねりつつ、反省を重ねている。

歳を重ねてからの体験は人さまざまだし、それも色々あって、愉快で、楽しく、快感が湧いてくるような体験ばかりではない。できれば体験したくない、遭遇したくない、忘れたままでいたいものも少なくない。
三途の川の渡し場から戻るなんて、その際たるものではないか。いっそ一気に渡ってもらいたかった、と実は瞬間思ったが、当然、口には出来なかった。倫理観がまだ微かに生きていたわけだ。

いまもそうだが、その『前』も、国家ニートのカメにはやらなければならないことはないし、いまさらやりたいこともないし、やり残したこともないし・・・、で、身辺整理は着々と進めていたし・・・、そう、何か食いたいもの、飲んでみたいものもないし、見たいものもないし、行きたい所もないし・・・。
振り返ってみれば、できたら世間の風、世間の空気から一刻も早く遮断され、息を止めて楽になりたいと日々過ごしていた気がする。
それが、あれよあれよという間に、息を吹き返してしまったのだから・・・、あたふたしてしまうよなぁ。

2007/01/20

◇『選別』はもう避けて通れない道・・・

にしても、苦渋の表情を隠しつつ、人道・人権主義を唱えながら、間もなく人類は滅びる気がしてきた。
介護制度が機能し始めたからなのか、カメが入院したからなのか、昼間街に出かけて車椅子のお年寄りを見かけることが多くなった。自分のことを棚に上げて・・・カメはその高齢者の一挙手一投足には目蓋が篤くなる。
一体、何をしたいの、何をしようとしているのか・・・さっぱり見当もつかず、歯がゆく、もどかしい。
介護者とのコミュニケーションも取れていない。全ての動作がゆっくりしていてスローだ。それでも、久々に外の空気に触れた肌や筋肉が張り詰めているのは伝わってくる・・・。生きることへの執念は凄まじい。鬼気迫るものがある。もう、脳細胞が正常に機能していなくても、脊椎反応だけは敏感、強固になっているようだ。
介護者の目に映る車椅子に座る方々はモノであって、ヒトではなさそうだ。ヒトとしての意思はない。あっても、それは介護者に伝えられない。車椅子に座って、目は虚ろ、車の揺れに身を委ねているだけといった方々が圧倒的に多そうだ。こうした介護も全てがビジネスの対象としてしか扱われていない。
そんな光景を目にする度に、カメはそんなにまでして必死に生きるよりも、もう『お先に』と棺桶に入ってしまった方がいいんじゃないの・・・と秘かに思う。少子高齢化のこれからは、世のため、人のためになる方々をもっと救える施策を前向きに取り組むべきではないかと思う。

『選別』はもう避けては通れない道なのではないか・・・。人権とか、人道主義とかにいつまでもとらわれていては、そのうち地球上の人類は共倒れだ。この40~50年の世の流れに身を任せている野次馬のカメにはそう見える。それを見ていると、だから、みんなわかっていながら、言いだしっぺの役は買って出ず、どうやら、暗黙の了解の下にその方向に進んでいるようなのだ。
人道・人権主義を唱えて、苦渋を噛み締めつつ人類は滅びる・・・って、か。

2007/01/19

◇供給が需要を喚起する・・・福祉国家

にしても、三途の川から戻ってきたばかりに、人の命の何たるかをちょっと考えさせられた。何処かで、誰かに選別されたような気がしてならないのだ。
カメの場合、ほぼ身辺整理は済んで、いつお迎えが来ても、そのまま着いて行けるような状況にあった。それこそ、案内図でもいただければ一人で先に行って渡し場で待っていてもいいのだ。
そんな、心身ともに準備万端のカメが戻されてしまったのは何故? なのか。
この世でのお務めをまだ果たし終えていないとか、せいぜいその程度しか思い浮かばないのだが・・・。
先ごろ、軽い脳梗塞と診断された平沼赳夫元経産相(67)の無念さを思うと、お気の毒でならない。平沼氏とは60歳代というだけで個人的な関係は何もないが、それこそ、脳細胞の総取っ替えは無理にしても、平沼氏の悲願を叶える一助ぐらいは出来るかもしれない。
何より、カメはもう勝手ながら人生50年で終えていますから・・・、必要な細胞、使える細胞があればお使いくださいと思う。臓器移植法のようにがんじがらめにされては、実際の運用は難しい。それこそNetオークションにでもかけるほどの気楽なシステムになれば、人の命の軽重に応じたさまざまなランキングも作成可能になるのではないか。

こちとら、カメはこれからも、ずっと飲んで食って寝てだけの生活を続けられるわけで、天下公認の国家ニート、穀潰しだ。ボランティアとか、社会貢献なんていう高邁な理想なんて、頭ではわかっていても、実際にはそんな奉仕の精神は持ち合わせていないし・・・。
そのくせ、他人に面倒を見られるのは好きで、好きで・・・大好きだ。一度でもそうしたサービスを受けてしまうと、もっと、もっと・・・となる。
まさに、供給が需要を喚起する・・・のが福祉国家の鉄則だ。