2011/07/18

◎やった!!! なでしこジャバン、ライブで見たヨ


にしても、寝汗をかいて小便に起き、何気なく時計を見たら5時45分、ほう、もう、終わってるか、と思ったものの、ま、結果だけでもと念の為テレビのスイッチを入れてみたら、何と延長の前半戦が始まったところだった。いわずと知れたサッカー女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝、「なでしこジャパン」VS米国女子。寝ぼけ眼でぼんやり見始めたら延長前半14分、米国は長身FWが勝ち越しゴール。この身長差、こりゃどうしようもないよなぁと諦めながらも、俄か女子サッカーファンとしては最後まで見届けてやるかと見続けたら、オヨヨ、延長後半12分、左CKから澤が決め土壇場で同点に追いつき、ついにPK戦に。さすがに目は覚め、やっとお肉も応援モードに打ち震えて、ピッチで円陣を組んだイレブンには笑みがこぼれていて、良い感じ、そりゃそうだろう、ここまでくれば上出来も上出来、大満足していい。ここでGKがシュート2本を止め、PK戦を3-1で制し、初のワールドカップ優勝を成し遂げた。いや、でかした、目出度いのだが、カメの感情移入はイマイチなのだ。というのは、このVがお為ごかしのマスコミの格好の標的、素材にされてしまい、全てに東日本大震災を絡ませ、勇気とか感動を云々するのは何とも見っとも無いし、身の毛がよだつ。特に、政府が機能不全に陥り、列島全体が閉塞感に覆われてしまったいまの日本では、虎視眈々とこの快挙を為にしようとする浅ましくもおぞましい所業が展開されるのだろう。

2011/07/13

◎脳梗塞で倒れリハビリ中の野坂昭如はいま・・・


にしても、チェンマイから帰って、何故か野坂昭如のことが気になってきた。脳梗塞で倒れリハビリ中のはずだが、いま、どうしているのか。ひょっとしたら、鬼籍に入ったか。訃報は覚えがない。TBSラジオ『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』の番組表を見たら「野坂昭如さんからの手紙」のコーナーはあったが、タイトルだけで手紙は届いていなかった。ならば、いまも奥さんに介護されながらリハビリに励んでいるのか。多分、具合は良くないのだろう。野坂昭如オフィシャルホームページにアクセスすると、トップページ中央に「野坂昭如、ただいまリハビリ中」とあり、コンテンツの1つ「旅の果て日記」をクリックしたら、2003/5/9(5/21公開)が最新で、その後は更新されていない。脳梗塞で倒れたのは2003年5月26日、72歳の時だった。
野坂はカメよりちょうど13歳上で、いま80歳。直木賞作家、歌手、作詞家、タレント、政治家・・・、男っぽく、才能に溢れ、無頼の輩然として何をやっても格好良く、その野坂流ダンディズムの軌跡はずっと輝き続けて眩しく、カメなどにはとても真似るどころか、はるか遠く手の届かない羨望の対象だった。その後、バブルが弾けたころ以降か、雑誌などで時折野坂のエッセイとか日記を眼にするようになり、その「焼跡闇市派」の呻きに共感を覚えるようになっていた。何より、エロ、性に対する貪欲なまでの欲望をあけすけに、オナニーであったり、デリヘルであったり、その妄想と体験を恥かしげもなく吐露し、悦に入っているのはカメの腐肉体質に近く、同質の臭いを感じていたのだが・・・。
実は、誰であれ、リハビリに苦闘する姿をカメは正視できないし、見たくはない。輝いている姿をいつまでもイメージしていたい。それが、何故か、野坂については気になりだしたわけで、蒲田・大森界隈で例のBook OFFを中心に大型書店などものぞいてみたのだが、並んでいるのは文庫の『アメリカひじき』『火垂るの墓』ぐらい、「野坂昭如」のタグも用意されていない惨憺たる有様。栄枯盛衰をキュッと噛み締めたカメだが、ひょっとすると、「ざまあ見ろ」と外道のカメは低く呟き溜飲を下げているやもしれぬ。いや、はや、何とも気の毒・・・、言葉もない。

2011/07/11

◎日曜日の混雑と賑わいが懐かしくフラフラ・・・


にしても、最新のノートPCが快調でウキウキしてくるとあっては、もう迷いは消し飛んだ。そもそも家にノートPCが3台あっても、どうしょうもない。中古で引き取ってもらうには、一刻も早く手放すことだ。で、どちらを売ればいいのか、でも、何となく、後ろ髪を引かれる思いなのだが、チェンマイに携行したacerのノートPC(vista、13.1inch)が妥当なところだろう。購入順だ。今春、Netでチェックしたら、最高限度額は15,000円だった。4ヵ月経ったいまチェックすると、1,000円下がっていた。急がなければ・・・って9日の土曜日はほぼ終日かけてバックアップするとともに、念のため外付けHD(1TB)にデータを移行、日曜日は避けて月曜日に川崎のソフマップに持参しようと思っていたのだが・・・。一夜明けたら、炎天下にもかかわらず、堪らず、自転車を走らせていた。
ソフマップは川崎・ビックカメラ2階にあり、もう何度かお世話になっていて、買取システムは知っているが、日曜日は初めて。受付の待ちが1人いて、受付時間は午後2時25分。査定の結果が出るのは午後6時になるとのこと。これまでは預けてから結果が出るのに1時間ほどだったので、ちょっと不満が表情に出てしまったのだろう、スタッフが指を差したところには査定待ちのPCがズラリ。4時間待ちもしょうがないかと諦めつつも、時間はあるが金はないカメのこと、いったん戻って、明日出直してくるかとも思ったが、ま、どうなるか、店内をウロウロし始めた。
何となく、この混雑と賑わいが懐かしく、そこに身を置くのもいいかなって・・・。なんせ、このラゾーナ川崎は何から何まであるビッグなショッピングタウンだ。とりあえずはPC本コーナーでウロウロした後、ビックカメラを出て1階の他の店舗、無印良品、フードコーナーなどをのぞいて、そうだ!野坂昭如本を買うかとMARUZENで探していた文庫本「妄想老人日記」を見つけて購入、続いて目に入った「ダイソー」に入って老眼鏡を購入、いずれのレジも行列が出来ていたが、面倒臭がらずに、その混雑が心地良いかのように並んだ。で、午後4時過ぎ、川崎でのお気に入り「レバ旨煮」を食いに歩いて東口に移り、京急川崎駅に近い中華料理店「天龍」でレバ旨煮とビール(大瓶)。これまで大きなレバがゴロゴロ入っていたのに、ユッケ事件の影響か、レバが小さく、量もやたら減っていたのには驚かされた。これじゃ、もうリピートはないよな。そこで文庫本の前書きを読み終えて、ほろ酔い気分になったところで、まだ午後4時45分。あとは、ぼんやり妄想に耽りつつフラフラしながらウインドショッピングを続け、午後6時前にソフマップへ戻ったら、待ちのお客さんが3人、整理券を渡されての待ちも苦にならず。結局、査定の結果はキーボードの汚れ(メモを貼るのに使った瞬間接着剤)がマイナスされ、譲渡価格はほぼ予想通りの12,600円で、まぁ、満足やった・・・。

2011/07/06

◎気分転換に、また新マシーンをゲット!!!


にしても、また通販でノートパソコンを買ってしまった。今年に入って2台目。1台目はチェンマイに持っていこうと思って購入したモバイルタイプ(Windows7)だが、期待外れでなかなか言うことを聞かない、あれこれトライしてみたが不都合、不具合が多く、使つていてもイライラするだけで少しも楽しくない。チェンマイにはこれまで通りacerのノートPC(vista、13.1inch)を携行すればいいわけで、せっかく入手したモバイルタイプは購入1ヵ月余りでソフマップに売却、予想以上の高値で引き取ってもらい、ホッとしたのだが・・・、チェンマイに携行したacerのノートPCが予想以上に重い。加齢による体力衰弱なのだろう、重くて重くて空港ではヨロヨロする有様、こりゃ、次回はもっと軽いのをゲットしておこうと秘かに心に決めていたのだが、東京に戻って、当座は、他にもう1台、DELLのノート(Windows7、15.6inch)があるから、別段、PC環境に問題はないのだが・・・。地震、津波、原発事故の三重苦に見舞われ3ヵ月余たった日本の惨状にはたまげた。いまなお、5万人前後が避難所暮らしを続け、瓦礫の山々は放置されたまま。原発にいたっては、闇雲の泥縄対策を繰り返し、収束の見通しもつかない。自殺者も出始めている。これは、衰退途上国とはいえ、もはや国家の瓦解絵図ではないのか。国家が機能不全に陥り、もはや国家の体をなしていない。お粗末過ぎる。そんな瓦解絵図を見続けていたら、国家ニートのカメまで鬱々として滅入ってくるばかりだ。こんな状態を打開するための特効薬が、新しいPCの購入である。価格.comなどで口コミ情報を中心に閲読した結果、まとめてみると、やはりacerは「この価格でこの機能はお買い得感がある」。
で、一気にモチベーションが上がり、先月26日に発注し28日午前中には新マシーンをゲットした。お洒落な薄型で軽量、直ちにフリーソフトのダウンロード、データの移行を始め、この2日にはほぼ引越しは終了した。新マシーンは実に気持ち良く、快調だ。とはいえ、PCはこれで合計3台になり、さてはて、どれを売りに出すか、やなぁ。

2011/06/23

◎久々に朝から晴れ渡り、気分爽快・・・


にしても、人間、お天道様には敵わないよなぁと思い知らされたのが、昨22日の朝からの晴れ間で、チェンマイから帰ってきてから、初めての快晴、何とも爽快・・・、それまでの鬱々とした湿った心身はともにあっという間に晴れ渡ったのだから、現金なもの、お天道サマサマ、だ。日記には、久々朝から晴れ渡り、気分爽快・・・と無意識のうちに記していた。
何せ、チェンマイから帰ってまもなく2週間になるというのに、カメのお肉には全然、力が湧いてこない。パワー消滅!!! 意気消沈、チン・・・、体は骨が抜けたようで、グンニャリ、クラゲ状態。脳細胞も死滅?してしまったかのように、脳内がスカスカで風が吹き抜ける。そんな日が続いて、いつも、まずは、食欲からとは思うものの、朝から腹は減らず、空腹感を感じないまま、夕方までいって、食事を抜いてしまうこともある。その日もやはり、昼のニュースをテレビで見たあと、腹が減ったらどこか途中で食うか、と自転車で大森方面に出かけたものの、結局は空腹感に至らず、何となく、スーパーを2つ、3つグルッと見て回り、何か買うわけでもなく、何か触るわけでもなく、でも、まだ朝からコーヒーを飲んだだけで何も食っていないので、何か食わねば・・・との義務感から、それならと目に触れた看板に触発されて喜多方ラーメンが思い浮かび、軽いからそれにするかと、店に入って腰を下ろしたのはもう16:00過ぎで、それが、ま、一応昼食と相成ったのだが・・・。夜は夜で、午後9時過ぎから優良作品が多い無料エロサイトにアクセスしてダウンロードを始めたものの、カメとしたことが、ちょっと、何度も苦闘、葛藤を重ねた結果、逝かずを選択。勇気あるというか、何というか、カメとしては非常に珍しい選択、ま、それだけ意欲の減退、意欲の喪失ともいえるか・・・と独りゴチていた。ほんと、参ったというか、困ったもんだ。昨日、今日と、お天道様に顔をのぞかせていただき、ひとまずは安心、か。

2011/06/15

◎終日ぼんやり、昼寝は昼食後と夕食後の2回・・・


にしても、毎日自転車でチェンマイ市街を走り回っていた疲れがかなり蓄積していたようで、帰国してこのかた、体を動かすのが億劫で、またムシムシ陽気で何となく気だるく、終日ぼんやりしているうちに、気がつけば毎日、昼寝、それも昼食後と夕食後の2回で、夜は夜でちゃんと寝て、結果、食っちゃ寝、食っちゃ寝ののんべんだらりとした生活習慣のリズムが定着してきている。チェンマイでも、東京でも、特にやらなければならないことはなく、敢ていえば、食うことと寝ることの2つだけなのだが、チェンマイではお肉の筋肉に血が漲り、全身の細胞が生き生き活性化していた気がする。何より、訪泰2日目に決断して安売りで知られるスーパーへ出かけて最安値の自転車を買い、毎日乗り回しては、疲れて当然の暮らし。とうに、自転車の元は取ったろうが、その代償として顔と手の日焼けはやむを得まい。元々、自転車での散策はやる気で、そのために長袖のTシャツを5枚ほど用意、チェンマイではカウボーイハットまで買ったものの、陽射しは強く、日焼け防止の役には立たなかったのだが・・・。東京では、そうしたちょっとした緊張感もたちまちにして失せ、全身の筋肉は弛緩し、脳細胞も活動を休止、そのうち腐臭を発する、そんなマニュアルが完成してしまったようだ。食う、寝るだけなのに、ねぇ。ウフッ。

2011/06/10

◎チェンマイと東京の距離が縮まった・・・


にしても、昨夜10:30pm、タイから羽田に着いて、一夜明けても、何となく大きな変化を感じなくなっていた。これまでなら、海外から帰国したとなればちょっとしたカルチャーショックが生じていたものだが、今回は1ヵ月とはいえ、新橋に行って戻ってきたような感じ、だ。チェンマイが、それほどカメの中では近くなっている。独りチェンマイ暮らしは面白いし、何より楽しい。今回は、何かブログに拘りすぎてしまった気はしているが、ま、なに、これも独り善がりの世界で、自分さえよければいいわけで、これもご愛敬といったところ、か。
実は、1ヵ月間世話になった宿の主人が誰なのかはわからないが、宿のスタッフよりも馴染みになっている、斜め向かい側のランドリーのちょっと太めの女将には、ほぼ一日おきには洗濯物を届けては、受け取るの繰り返し、1kgにつき25バーツ(75円)とは重宝しているし、有り難い、その女将にはチェンマイ人らしくなった、ね・・・といった意味のことをいわれたような気がしている。それは、カメにとっては嬉しい評価だし、自分でも積極的にチェンマイ人になろうとしたし、言葉はチンプンカンプンなのに、苦もなく、スムーズになれたような気がしていた。

何より、衣食住の「食」だ。チェンマイ風とかNORTH THAILANDとかいわれる料理をいや、はや、食った、食った。何せ、チェンマイソーセージ(写真左、クリックして拡大して見て)に象徴されるように、ドバッと味付けが濃くて、やたら、しつこい。これでもか、これでもか、だ。何より、中に何が入ってるのか、何を使ってるのかが、さっぱり見えてこない。食感でコリッとしたかと思うと、グチャッとしたりもする。時々、首を捻りながら、フォークで切り身を差し、赤いタレをつけてまで、口に運ぶのだが、何かわからないが、これがやたら旨い。癖になる。時に、製造現場を見せられたら、食えなくなるかもしれないなと、思ったりもした。
で、一夜明けた東京で、昼は近所のすき家で「牛皿豚汁セット」、夜はマルエツの「具だくさん天重」を食ってみたのだが、日本料理は醤油ばかり使ってねぇ、味がないっていうか、旨くないよなぁ。早くも、チェンマイ料理が懐かしく、恋しい、ヨ。

2011/06/08

◎迂闊!!! カメもカン総理も同じ穴の狢だった・・・


にしても、「死して屍拾う者なし…」のプロフィール画像を本編にアップしてからの2、3日、何故か思考停止に陥ってしまった。阿比留記者のカンカラカン叩きに乗っかったつもりだったのに、ふと、これって自家撞着ではないのかと我に返ったのだが・・・。カンカラカンの喉元狙って投げたつもりのブーメランが、何と我が喉元に戻ってきた感じ。クワバラ、クワバラであり、よくよく考えてみれば、なるほど、カンカラカンも外道のカメも、元をただせば同じ穴の狢かって・・・、それを鋭く指摘した阿比留記者には頭が下がる、よ。
確かに、比べてみれば、ほぼ同世代、片や理系だから少々カメよりも成績は良かったかもしれないが、ラルフネーダーが脚光を浴びている最中に、市川房枝女史の秘書になろうというのは、青雲の志とはとてもいえず、何やら魂胆が透けて見え情けない。それでも、潮流に身を任せながらも、周囲に権力志向の腐臭を撒き散らしながら、気がついたら目標としていた、権力の頂点、総理の椅子に座っていたという次第で、有頂天になり、我を忘れてしまうのも無理はないかもしれない。一方のカメはといえば、ノンポリの無気力、無能学生のまま社会人となり、サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ!!!と転職を重ね、行き着いた先はいまの年金難民、そこで、ひっそりと息をひそめる日々、これも気楽でいいと思っているのだが・・・。で、「首相の恐ろしさは特にやりたいことがない空虚さにある」との阿比留記者のもう一つの指摘は、実に含蓄に富む言い方で、深い意味合いを内包しているように感じ、カンカラカン総理に対して、そうした重厚で意味深い表現は使って欲しくなかったと思う。たとえば、『空虚さ』を『薄らトンカチさ』にするとか・・・。ウフッ。
そんなこんなでも、カンカラカン政権は発足からこの8日で1年を迎え、在職日数では小泉政権の後では最も長かった安倍元首相の366日に並んだそうだ。

2011/06/05

◎「死して屍拾う者なし…」とはオレのことかと総理いい


にしても、とうの昔に世俗を離脱しチェンマイ暮らしを安穏と満喫しているつもりだったのに、何と、何と、この『外道のカメ』が俄かに脚光を浴び、新聞の見出しになっているではないか・・・って、ちと戸惑い、驚き、魂消ている。その見出し・・・「死して屍(しかばね)拾う者なし…」 証明された「誠意なき」首相
外道のカメがプロフィールにUPしている、タンクトップの写真の血文字そのままだ。といって、これ、カメの専売特許でもないが、新聞の見出しに「死して屍(しかばね)拾う者なし…」とは、よくぞである。それも、缶カラ菅とはいえ、時の総理に対してである。まさに、『人としてどうか・・・』なのだ。カメは、総理と同列に論じられたようで、何ともこそばゆくはある。
この見出し、その缶カラ菅総理にとっては憎々しい、産経新聞、 阿比留記者による「政論」だ。その論の中で、「勝海舟は『世の中に無神経ほど強いものはない』とも述べたが、(缶カラ菅)首相の恐ろしさは特にやりたいことがない空虚さにある」「(かつての総理には)政治理念があった。ところが、(缶カラ菅)首相にはそれが全くない。だから国会で法案が通らず政策を実現できなくても、外国首脳にいくら『空手形』を切っても、へっちゃら。ただ、一日でも長く首相の座に居座ることができれば満足なのだ」「人心が離れた指導者の行く末はどうなるのか。国会中継を見つめる私の脳裏に時代劇『大江戸捜査網』のナレーションが流れ続けた」とし、「死して屍(しかばね)拾う者なし、死して屍拾う者なし…」と文末を締めくくったのだ。
おい、おい、こりゃ、外道のカメのことだぜ、時の総理に比し、論じられているようで、何とも恥ずかしい。その上、「首相の恐ろしさは特にやりたいことがない空虚さにある」とは、人間観察のけだし炯眼であろう。こりゃ、ハルマゲドンに通じる怖さだ。そんな、同じ俎上に載せられて、カメがジタバタするのも見苦しい・・・かぁ。大の字になって、マイペンライを決め込むのがよさそうだ。

2011/06/03

◎モノの本質を有りの儘に見たくない日本人・・・


にしても、昨日の内閣不信任案否決の茶番劇は、あまりのお粗末さ、情けなさに「またか」と言葉を失うとともに、タイ・チェンマイで目撃したタバコの警告表示の衝撃が強く甦ってきた。日本人は・・・と、大上段に振り被ってもいいだろう、やはり、日本人はモノの本質を有りの儘に見ようとしない、見たがらない国民性が生まれながらに育まれているようだ。醜ければ見られるようになってから、不利な状況や危機が及ぶ際は言葉をいい換えてそれを薄めて、或いは別物のイメージで伝える。そうしないと、心臓が飛び出しかねない。安心できない。その象徴が「自衛隊」の存在であり、そんな言葉のすり替え術には実に長けている。そして、その齟齬を埋めるためには100万語を費やすことも厭わない。「絶対安全」からスタートした原子力発電にそもそも「防災」なんて言葉は存在し得なかったわけだ。とってつけたように、後からあんなことも、こんなことも・・・では、文字通りの泥縄で、追いつくわけはない。
もはや、市民活動そのままの手法を導入して憚らぬ缶からカンへの危機感がつのるのは当然だが、実はそれも曖昧模糊として判然としない。メルトダウンした釜の底に本気で手を突っ込もうという骨太の将は現れない。与野党とも政局遊びが好きなだけで、それもお遊戯程度、それこそ時局を誰も見極めようとしないし、誰も事態をとことん詰めようとしない。尻軽なまま、結局は右往左往して、烏合の衆と化す。これなら、本質から目を逸らしたまま、傷は浅く、血を見ることもなく、また赤絨毯の上をのうのうと闊歩できる。そんな安穏とした政治活動に慣れ痺れてしまっているのだ。

先日、チェンマイの街角のタバコ店で見かけた販売ケース、思わずぞっとデジカメのシャッターを押していた。な、何なんだ、である。ほんとに、これ、タバコなの、と思った。衝撃のその画像を思い切って、アップする。タバコの警告表示写真版である。警告表示はタバコの包装やタバコ関連商品に表示されている健康に関する警告で、喫煙の危険性を広く知らしめるためのもの。写真入りのタバコ警告表示は既に世界30数ヵ国で展開されていて、最初に採用したのはカナダ(2000年12月)で、 ブラジル、シンガポール、ベネズエラと続き、タイは世界で5番目、2005年の3月に現行の絵入り警告表示を導入、2006年には「 喫煙は肺がんの原因となる」の他、 喫煙は「心臓病の原因」「肺気腫の原因」「麻薬的な依存症」「性的能力を減少」「老化を早める」「死を招く」「あなたの家族や友人に害を及ぼす」「胎児に害を及ぼす」の新たな9種類の警告表示を導入、実施している。

そうしたタバコの包装を見れば、一目瞭然、手にするどころか、見ただけで反吐が出そうになるし、ヘビースモーカーを自認していたカメがいうのも憚られるが、それでもなお吸う喫煙者の気が知れない。さすがに、カメはそうした過剰表現の写真がタバコの実像の全てだとは思わないが、禁煙に効果があるだろうとは感じるし、そうした調査結果も報告されている。
一方、日本の警告表示については財務省が所管し定めていて、例の「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つ・・・」の文言のみで、タバコの本質、実像とはかけ離れていて、何とも綺麗なパッケージで恐怖心は湧き上がってこない。日本では多分、それで、何となくバランスが取れているのだろう。危ないものほど美味しいとか面白いとかいう輩もいるし、ほんと、日本人って奴は!!!

2011/06/01

◎明かりが足りない夜は暗く、侘びしいだけ・・・


にしても、気がつけば、はや6月・・・、電力危機で節電、節電、クールビズといった言葉が飛び交う日本を離れてタイはチェンマイで暮らしていると、今日はこれから何を食うかで、当然ながら電力危機なんてどこ吹く風だ。
ただ、先夜乗車した、バンコク18:10発チェンマイ行き(07:45着)寝台特急の車窓からの景色はバンコクの光と陰が交互に現われ印象的だった。寝台特急の座席に座り、車掌がチケットを確認して、パンチを入れたら、スルスルっと定刻に出発進行・・・は、珍しいとか。寝台特急は薄暗い夕暮れ時のバンコクの光と陰の中をゆっくりと進む。

窓から外の景色をのぞくと、線路の中を普通に歩いている買い物帰りの小母さんもいれば、高校生ぐらいの少年もいて、線路脇に家畜舎とも見紛うバラックの住居が連なり・・・、コースは、さながら街中を走る江ノ電風なれど、いかんせん、どうにもならない貧困の格差を見せつけられた。時には、当然ながら、明かりを煌々と照らしている豪邸もある。旅情といっても、景色が貧困格差の図では、それに浸るわけにもいかず、移り変わる景色を黙々見続けているしかない。次の駅で、ボックス席の向かい(上段の寝台)に、体育会系のがっしりした男性が座った。教員か、綴じた厚いコピー用紙の束に目を落として動かない。

車窓の遠くには明かりの点いた高層ビルがポツンポツンと映し出され、並行して走る線路上では幼い女の子が3人しゃがんで、遊んでいるのだろう、何かしている。線路脇の空き地に明かりを煌々とつけた屋台群、やはり、これだけ明かりが豊富だと、貧しさもぶっ飛ぶ、印象・・・。明かりは豊かさなり、豊かさは明かりなりやな、と痛感。日本の現状に思いを馳せ、何せ、一時的にとはいえ、これでもかというほどの豊穣の世を体験したんだから、節電もやむなしかといえば、決してそんなことはない。街が暗くなって良いことは何もない。人の心も気分も暗くなって当然だし、いまや、ウオシュレットに尻を洗ってもらっているんだぜ、このカメは・・・。時間を巻き戻せるはずもないじゃん!!! 寝台特急が出発して30分余りで陽は落ちた。Gジャンに腕を通す。やはり、エアコンがそこそこ効いてきた。駅に止まるたびにお客が乗り込んできて、何だかんだ、けっこうお客はいる。この辺のクラス(2等、エアコン)にしておいて、正解だったかな。外は、完全に真っ暗・・・。また、線路脇に屋台群、今度は明かりが少ない。と、寂れて映る。明かりが煌々としていると、それだけで豊かで、愉しげで、賑やかそうで、人々の哄笑まで聞こえてきそうな気がする。そんな大切な明かりは安心して、思う存分、贅沢に使いまくりたい。節電の掛け声が聞こえてきそうな日本に帰らなければならないとは、何とも憂鬱だ。

2011/05/31

◎タイ料理好きが止まらず、エスカレート・・・


にしても、ちょい下痢が嵩じてこの2日間ほど、不思議なことに腹が減らなくなり、勿論、食欲がないからとはいっても、何となくタイ食堂で軽く食事はしていた。でも、何かちょっと口にすると、それこそ水を飲んでも腸がグルっとなり、それも括約筋が連携し難くなり、ほとほと難儀していたのだが、昨日になって、何故か突然正午前になって、腹がクウーン、 ググッと鳴り、空腹感に襲われたのだが・・・。何を食えば・・・、何でもいいじゃん、でも、久々の腹減り現象や、何かエライもの食って症状が悪化したらやばいぞ、と悶々としつつ、とりあえずは自転車で出かけたショッピングセンターにあるフードコーナーに足を踏み入れたら、いつもとちょっと違い、少し高級感漂う日本食コーナーに吸い寄せられ、カウンターに座ってメニューを見たら、色々あったが、ま、一番無難かなと思ったのが「牛照焼き丼」だ。こんなのって、いささか弱気になっているのかな、何て、邪推してみたのだが、出てきたどんぶりの中身は照焼きの牛は小間切れがパラパラっと盛ってあるだけで、ボリューム感もなく、貧相そのもので、真ん中に紅い紅生姜がご愛嬌といった按配。吸い物の椀もセットで付いてきたが、こちらは味も何も論評に値せず、お粗末。添え物の紅生姜に関しては、単なる彩りだけで、味も食感もなし。どんぶり自体、いかにも胃に優しい感触。上品で円やかとでもいっておくか。ま、幸いなことに胃腸に異変はなかった。

で、今回の下痢症状について、冷静沈着に検証するに、最も不思議だったのが空腹感を生じないこと。口に何か入れて噛むなり、飲むと、腸にグルッとした反応は生じるものの、それ以上の展開はなし。さらに、身体的症状は他になく、また、食べなくても、憔悴感もなければ、脱力感もない。ダイエットにはいいだろうなと思った。下痢に直接思いつくのは、カメのタイ料理好きのエスカレート、宿の近所の大衆食堂に通い詰め、食う料理を片っ端からデジカメに収録して、メニューの大半を食べ尽くしてしまったこと、だ。
あと、この手の食堂の多くは、テーブルに無料の香辛生野菜を詰めた籠を出していて、いわば食い放題。キュウリ、キャベツは別にして、香辛生野菜なんて決して旨いものではないし、いっぱい食うものでもないのだが、あると平らげないと気がすまないカメだ。モツ料理がまた旨くて、安くて、量はいっぱい。調理法も煮る、焼く、炒める、とさまざま。その上、暗闇で食うから、何でも格別に旨いよなぁ。


その結果、全て由来するところは、品性下劣なカメに辿り着く。食い意地が張っていながらケチときているから、つい、何でも残さず食べ、それに歯止めがかからなくなった食い過ぎと自己分析、全ては自己責任に基づく症状と認識して、納得している。まっ、空腹感が戻ってきて、いまはホッとしているのだが・・・。そういえば、旅立ちに当って誰かから「生肉にも気をつけろよ」といわれていたよなぁ。

2011/05/29

◎一天俄かに掻き曇り・・・歩行者天国のマイペンライ


にしても、雨季に入ったタイ、ご多分に漏れず、チェンマイも夕立が多い。それも強い風を伴い、雨脚は強く、激しい。が、それも長時間降るのではなく、精々10分から20分、或いは30分、雨宿りして凌げる時間、体験的に1時間降り続いたことはない。何なら、シャワー代わりに浴びてしまっても爽快で、気持ち良さそうに感じる。

ひとつ不思議だったのが、道路などあちこちに散在する露店群、突然の雨に対する対応策はあるのだろうか。荷物を置いて逃げ出すわけにも行かず、もたもたしていては売り物の商品はずぶ濡れになって、とても売り物にはならないだろうし、中には道路に直に並べているものさえあるのだから・・・。ついつい、野次馬根性が湧き上がり、毎週土曜日の夕方から、民芸品や若者向けのアクセサリー、衣類、雑貨などの露店がびっしり軒を接する歩行者天国になる、チェンマイ門からティパネット通りとの交差点付近までの「ウアラーイ通り」に自転車で出かけてみた。道路に店はまだ、まだらで準備中、自転車にまたがってゆっくり走りつつ、邪魔してもと思って、そのずっと先にあるショッピングビル・エアポートセンターへ向かった。そこでは、さしたる目当てもなく、ワゴンセールなどをひと回りして、外に出たら空模様が何となくおかしい。

再び自転車で歩行者天国が実施されている「ウアラーイ通り」に辿り着くと、警察官も出ていて、歩行者天国は始まっていた。暫く自転車を引きづりながら露店をのぞいて歩いていると、まさに一天俄かに掻き曇り・・・だ。あれよあれよという間に暗くなって、ちょっと強く冷たい風が舞い、ほら、ほら、来るよといった按配。

そのうち、ところどころで、ポツーン、ポツーンと大きな雨粒が糸を引くように落ち始めたものの、露天人は慌てず、騒がず、マイペンライ・・・、用意した大きなビニールシートをビーチパラソルに追加したり、品物に覆い被せたり、慣れたものだ。カメはそのまま自転車を引きずりつつ、歩行者天国を出たところで、豪雨に見舞われてしまった。そこは常時開設されている露店広場で、最初は茂みが密な木立に身を潜めていたが、雨の強さは更に増して、堪らず、しっかりした屋根のある市場に避難した次第。雨が降っていたのは都合40分ほど、そのうち土砂降りは20分ぐらいだったか・・・。
ま、それでも、カメは傘やビニールの雨合羽を買う気にはならない。

2011/05/28

◎王侯貴族の気分、味わいたかった・・・


にしても、一生に一度は王侯貴族の気分を味わってみたいものだとかねがね思っていたが、やっとチェンマイでそれがかなった。なに、それほどのことでもない。椅子にふんぞり返って、足の爪を切ってもらいたいとのささやかな願望・・・。このところ、足の爪に関しては、前屈みになるのが辛く、息苦しく、考えただけで、喉がぜいぜい鳴り、億劫になり、いよいよとなる(靴の先端に当る)まで先送りして、その時は深呼吸を何度もしながら呻吟し、ようようの思いで爪を切っている。終わって、いつも、こんな責め苦はない、しかも自らやるんだから、もう二度と足の爪は切りたくないと思うのだ。

マイ自転車でチェンマイの街をウロウロしていたら、床屋で太ったアメリカ人が足の爪を小母ちゃんに切ってもらう姿を見つけた。こりゃ、いい、行ってみようとあたりをつけた。実は、床屋での足の爪切り、手の爪切り、バンコクでは盛んで、しばしば目撃して一度はと思っていたが、爪を切るのがボディコンの若い娘で、いかにもいかにもなので、幾らボラれるかとそちらで怖気づいて、チャンスを逃がしていたのだが、チェンマイのホントのホントの小母さんなら、ボルこともないだろうし、看板にも「Nail Care Manicure 90」と表示しているし、もし、「1本90bartだよ」なんて、とんでもない金額を請求されたら、居直ってもみようかなとは思った。この歳になっても、妖しげな初体験には結構、それなりの決意と覚悟がいるものよ、なぁ。
で、昨日、昼飯を食った後、爪を切ってもらいたくて、その床屋へ行った。正真正銘の小母さんが3人いて、理髪師の”免状”を持っているのはうち一人、彼女に頭髪のカットと顔剃りをして、あと手と足の爪切りを頼んだら、爪に関しては「カット」「カット」と何故かしつこく確認された。

カットと顔剃りで20分ほど。あとは本番の、ソファーに座っての爪切りと相成った。ぬるま湯を入れた何とポリのタライ4つとマニュキアセットが慌しく用意され、小母さん2人を前にカメは両手両足を伸ばして応じたが、先ずは手と足を一本ずつそれぞれのタライに入れて、爪を軽くブラシで洗って、タオルで拭いて、爪にメンソレータム様のものを塗り、いよいよ爪切り。そして、微細なヤスリを使った仕上げは心地良い。何か、侍女2人を従えてフムフムの構図で、実はデジカメも持参していてこの図を記録に残したかったのだが、何故か頼めなかった。というか、王侯貴族とは違い、所詮は庶民の子、カメはいささか緊張して、残念ながら寛げなかった。
爪の手入れは20分ほどで、料金は頭髪カットと合わせて310bart(930円)。高いのか、安いのか、東京でもこの足の爪切りサービスがあれば、カメはぜひ行きたいと思う。

2011/05/27

◎「5W +1H」なんてマイペンライにかかったら・・・


にしても、26歳の独身OLとほぼ2日間過ごして、カメは「微笑みの国」とともに知られるタイの国民性としても語られることが多い「マイペンライ」の真髄に触れたような気がした。齢68のカメ、何せ42もの年の差だ。孫娘といえなくもない。日本の俗な世間の目からすれば、ヒヒ爺がアジアの国で若い娘に淫行している、とんでもない話だ。ま、カメは当初そんな風に感じていた。それならそれで、納得なのだが、初日の夕方、ホテルのフロントで初めてあった彼女は譬えようもなく可愛く、あどけなく、天真爛漫、自然体で構えたところがなく、ほんとにこれでいいのかよと、俄かには信じられなかった。淫行とかの2文字は瞬時に消えた。
その印象は、部屋に入ったときも、その後、ホテルのレストランで食事をし、再び、部屋に戻ってきても変わらなかった。
可愛い娘には、参った、ねぇ。爺は無力だ。何も出来ない。しちゃいけないなんて強い倫理観をもっているわけでもないんだけど・・・。手を出せそうで、結果的には出せなかった、出さなかった。食事のあと、部屋に戻って彼女はベッドに寝転んだりして、ねぇ。これが誘っているんだとしたら・・・カメの不覚、でも、不埒な気にはならなかった。劣情って奴は、谷ナオミとか及川奈央に対して生じる雄の性ホルモン生成反応だ。一緒にして欲しくはない。
何せ、2人の共通項ときたら、同じサイトにハンドルネームで登録していることくらいだ。あとは、乏しい会話力が致命的だが、年齢といい、家族構成といい、仕事といい、格差は大きすぎる。でも、彼女は何か積極的に話しかけてくるわけではない。よくは覚えていないが、ポツン、ポツンとした会話が時々生まれるのだが、沈黙の時間も生じる。たどたどしいタイ語と日本語の会話、ワンセンテンスを終了させるのがやっと。そこから、突っ込んだり、突っ込まれたりの力はない。でも、特別なことはない。カメもそうだ。目的もなく、ただ漫然とボーッとしているだけ。空気を吸って吐いての繰り返し。ただ、それだけ。隣とか、周辺の存在は気にしない。お互いに存在を消し去り、空気になってしまうこと、か。無って奴だよなぁ。

「空」と「無」、多分、彼女はそれができる。彼女には「退屈」の2文字がない。何かをしたいとか、しなければならないとか・・・がないから出来る。目標とか持つと面倒くさいんだよなぁ。タイ人の恋人の話に及んだ際、彼女は「タイの若い男は、面倒臭い」と呟いた。また、翌日の午後、中華街で食堂に入ったとき、混んでいて、レジ脇の小さなテーブルしか空いていなかった。カメなら、他のもう少し良い店などに移ろうとするが、彼女は簡単にそこに落ち着いた。ま、そうするしかない、というわけで、選択肢がない、ということは考えなくていい。ほんま、これがマイペンライやなぁ、と思った。
どうも、彼女にとってのマイペンライは「面倒臭い」が最も大きな比重を占める気がする。日本国内では「問題ない」「気にしない」、「大丈夫」、「どういたしまして」などと翻訳される。
ちなみに、本格的に「マイペンライ」を検証してみたら、タイ文字で「ไม่เป็นไร」(表記されるかどうか)。
発音は「mai bpen rai」 。意味はไม่が「not」、เป็นが「is」で、ไรは「what; where; which; when」だそうだ。
懐かしい「5W +1H」なんて、タイでは糞食らえってとこだ・・・。

2011/05/26

◎バンコクで「どこ行きたい」って聞かれても、ねぇ


にしても、ホテルのチェックアウト後、ホテル前での待ち合わせなんてドタキャン、すっぽかし有りの設定で、日本でならとてもまともに待てないよなぁっていうのは、あれから2夜明けて記憶を辿るいまの心情、その日、ホテルの外に出て道路を挟んで向かい側にあった屋根付きベンチで待ち始めたその時、やはり、タイのお国柄にカメの初心な心が混ざり合ってか、カメは迷わず彼女は来ると思っていたし、露ほども疑っていなかったけど、ね。12:10ごろだったか、ホテル前にタクシーが止まって彼女の姿、今日は濃紺のノースリーブにGパンの出で立ち・・・。実は、ここで何分待つつもりだったかといま聞かれても困るよなぁ。来ちゃったもん、ねぇ。ウフッ。
早速「どこへ行きたい?」。どこといってないんだよなぁ。カメはrain-chanと一緒にいられるだけで大満足なんだから・・・なんていってるノー天気な幸せ。
そうだ、行きたいというより、まずは行かなければならないところがありました。チェンマイ行きの寝台夜行列車のチケットを買いにファランポーン駅だ。「 私、買ってあげるから・・・」なんて彼女にいわれて、タクシーに乗り込み、駅まで60Bartだったか。ここは、バンコクの列車の中央玄関口で、タイの各主要都市、マレーシア、シンガポールなどへも移動できる。チケット売り場は窓口が3つほど空いていて、それぞれ2、3人並んでいたが、彼女の背に縋るように従い、窓口に一緒に並んだ。窓口の駅員はあれこれ手元のパソコンに注文を入力して発券している。カメは最初、エアコンは要らない、嫌いとかいっていたら、夜10時ごろの列車しか空いていないとかで、エアコン有りに変更したら、いい時間のチケットが取れた。約13時間の長旅になるチケットの内容は・・・「BANGKOK → CHIANGMAI 18:10発 07:45着 2等 エアコン 寝台 LOWER 4号車22番 881bart」
ま、2等で2643円というわけで、この寝台車には1等も3等もあり、3等では4人掛けのボックスシートもあるそうだ。さて、さて、あとは寝台列車が出発する午後6:10まで、彼女と2人っきりで、さて、どう過ごす?
で、また、「どこ行きたいか?」 。カメは、さしたる根拠もなく、目的もなく、日曜日だし、ひょつとして有名な「泥棒市」なんてやっていればなんていう期待? と、この駅から何となく近そう・・・といったところで「ヤワラート(中華街)」といっていた。タクシーで60bart未満だったが、釣りは受け取らず。たまたま降りた場所に中華街の市場があり、じゃ、歩いてみるかと、市場を縦断? あれこれ生ものも多く、いや、凄まじい。市場を抜けたら、昼食にいい時間、せっかくだし、なら・・・フカヒレでもと、看板か店名にそれを表示している店でもと、ちょい遠目に探して・・・、移動しようとしたが、そこはそれ、何となく彼女の雰囲気で・・・、ちょっと聞いてみるか ってなもんで・・・どこか、知っている店、行った事のある店ある? で、案内された店、ちょっと、混んでいて、空いている席がレジ傍の小さいテーブルしかなかったが、そこに落ち着いた。フカヒレスープ、焼きそば、シュウマイ風点心などをオーダー・・・、ま、そこそこの中華料理店で、フカヒレは、それなりに旨かった。勘定を済ませたところで、午後2時前。

またまた、「どこ行きたい? 」に、今度は川、チャオプラヤーといって、またタクシー。サファン・タクシンなる船着場で、クルーズ船や定期船の行き来をぼんやり眺めた後、近くのショッピングセンタービルの一階にあったマックでアイスコーヒーを飲みながらひと休み、2休みして、タクシーでファランポーン駅に戻ったら、午後4時30分を過ぎていて、2人はベンチに腰掛け、ちょっとボーっとしていたら、カメの顔に彼女が頬を寄せてきて、プリクラ風の写真を撮ろうと、3度もシャッターを押してしまいました。5時を過ぎたところで、カメはホームに寝台列車が入線していないかどうか確認しに行くと、少しだが車内に乗客もいる。駅員に聞いてみると、乗車OKとのこと。いや、良かった、ねぇ。彼女のところまで戻って、一緒にホームまで行って、カメは寝台列車に乗り込んで、ホームにいる彼女に手を振ったら、両腕を振り上げて万歳をしてくれて、立ち去って行く彼女の後姿に、カメはホッとため息を付いていた、よ。

*車両の汚れた窓ガラス越しに撮った彼女の写真はアップしてみました。

2011/05/25

◎フジTV秋元優里アナより可愛い26歳OL


にしても、バンコクの新しい高架鉄道には振り回されっぱなしで、最初にMRT(地下鉄)に接続するMakkasan駅で降りたのはいいが、MRTの Phetchaburt駅まで移動するのにひと汗かいて、よくよく考えたら、ホテルの場所がうろ覚え。タクシーの運転手に渡すつもりでプリントアウトした地図を確認してみたら、四辺の道路名だけで高架鉄道の最寄り駅が記されていない。こりゃ困った、ねぇ。「私は誰?」「何処へ行けばいいの」状態だ。方面だけは覚えているので、とりあえずはMRTに乗ってBTS(高架鉄道)に乗り換え、「チットロム」だったか、何となく覚えている駅で降りてみたが、ホテルはさっぱり見えない。とっくにチェックインしていていい時間だ。たまたま見つけた制服警官に地図を見せたら、近からず、遠からずの印象。意を決してタクシーに乗ってみたら、こりゃ歩くには・・・といった距離で、ま、それなりに正解だった。
ホテルのフロントに着いたのは午後5時50分。彼女が来るまでにはまだ間があるとホッとしてプリントアウトした予約メールを取り出して手続きしていると、フロントに新たにうら若き女性が現れて、カメのやり取りが聞こえたようで、その女性がニコッと笑って会釈してきたのだ。「rainちゃん」と確認するカメの声は乱れつつも、あまりの爽やかさと可愛い笑顔に、エロ爺の厭らしさはなかったと思う。というより、彼女の可愛さのオーラがカメの嫌らしさを一瞬にして掻き消し、深奥から湧き出すカメの淫らで邪まな気持ちまでも瞬時に封じ込めてしまったようだ。
街でよく見かける今時の若い娘・・・両脇に大きな花弁状のフリルを施した紫に近いブルーのノースリーブブラウス、腰にフィットしたGパンにローヒールで網目状のパンプスで、おじさんの目には格好いいのひと言。それに、柔らかく揺らぐ長めの黒髪、長めの眉にクッキリとした瞳、笑うと2つの笑窪がますます可愛く、形良く整った唇と・・・、第1感はフジテレビの女子アナで「ニュースJAPAN 」キャスターの秋元優里。まさに、驚きモモの木、Netの出会い系サイトでコンタクトできたとはホント俄かには信じられない。

ルームキーを受け取って5階の部屋まで一緒に行って、部屋に入って・・・ジャンボなダブルベッドが待ち受ける中、さて、さて、さて、なのだろうが、彼女はカメの姿をエロ爺と見るわけでもなく、日本から私に会いに来たおじさん? なのか、極々自然体なのが不思議でならない。
彼女は籐椅子に座って、屑篭を足元に置いて、お土産に持ってきた旬の果物「ランブータン」、表皮は赤黒く長い赤とグリーンの混じった毛で覆われた楕円形、これを一つづつ取っては真ん中に爪を立てて二つに割ってカメに渡し、自分でも食べ、なるほど瑞々しく、甘くて旨い。

で、結局のところ、初心なカメの行動は、何の知恵も工夫も、まして下心もなしのお粗末・・・。ホテル1Fレストランで食事というわけで、カメときたらメニューを見た挙句がチェンマイの宿近くの食堂でよく食べる豚挽き肉スパイシー炒めとタマゴ焼きのせご飯、それに、ビール小瓶だ。彼女はshrimp(小形のエビ)サラダとオレンジジュース。お酒は飲めない、気持ち悪くなる、と。「カメさん、顔が赤くなってる」「酔っ払ってる?」なんて、ポツン、ポツンと他愛のないコミュニケーション・・・。
で、5階の部屋に戻ってからも、「明日はどうしよう」「12:00がチェックアウト」「明日の夕方は、列車でチェンマイに帰る」「チケットは私代わりに買うよ」なんて、彼女はベッドの上にごろんとなりながらの会話。危ういよなぁとカメは内心ハラハラしながらの対応だが、これでいいんだよなぁ・・・って、独り納得して彼女を1階の出口まで送ったら、彼女、「明日、チェックアウトの12:00にホテルの外で待っているよ」って。

*rain-chanの写真は何点かシャッターを切りましたが、何とカメの不埒な倫理規定によりアップは見送り、秋元優里アナの写真で代行することにいたします。悪しからず、ご了承ください。ウフッ。

2011/05/24

◎エアポートリンク知らずして、何のバンコクや・・・


にしても、「人としてどうか」にまたもや直面、今度ばかりは生体反応などではなく、社会的存在としてあまりのことに、ただただ己の浅学菲才、向学心欠如、社会的無関心といった人としてどうかといった諸症状が一気に露呈してしまい、何が何やら、大汗をかいて、ただもう恥じ入るばかりだった。
それは21日、14:10にチェンマイ空港からバンコクエアー機でバンコクへ飛び、スワンナプーム国際空港にほぼ定刻通りの15:30,に到着してからのこと。何だかんだあっても、ホテルには1時間後16:30にはチェックインしているだろうと、彼女にはメールしておいたのだが・・・。ま、彼女は彼女で仕事の打ち合わせで、ホテルには18:30ごろ行くと伝えてきていたから、悠々楽々できると踏んでいたのだが・・・。
実は、スワンナプーム空港に良い思い出はない。とにかく広い。広さへの恨み辛みは別にして、全ては悪名高いタクシーのせいだ。ボルとかボラれるとか、あまり聞きたくもない話だが、これが付いて回る。今回、タクシーは300~500bart(900~1500円)で、あまり腹を立てないようにと覚悟していたが、何と、なかなか出口が見つからない。国内便での乗降で機内に預けた荷物はない。簡単に出られると思っていたのに、出口がない。行けども行けども搭乗ゲートばかり。いい加減疲れてきて係員に聞いたら「EXIT?」と大声で聞き返され、頷くと、機内預け荷物の引取所の方角を指差した。騙されたつもりで、そちら方向に歩いたら、その先に出口はあって、いやはや、クタクタ・・・。
それでも、まだ時間はある。タクシーに乗ることもないかと、エアポートバスを探したら、コレがまたなかなか見つからない。散々歩いてやっと案内所を見つけたが、それがまた外れの外れ、だ。やっとたどり着いて「シーロム?」とか聞いてみると「ない」という。ないとはどういうことなのか、ぼんやりしていると、5、6人の団体客が来て、やはり「シーロム?」と聞いている。ここでシーロムったら、銀座か新宿といったところか。そこまでのエアポートバスがないとはどういうことなのか・・・。聞いていたら、何か別の列車があるようだ。これ幸いと団体の後についていくと、どうやら空港まで電車が通じているようだ。たまげた、ね。タクシー代で気が重くなっていたところに突然の光明が差し込んできたようだ。とはいえ、納得はしていない。どういうことなのか、がさっぱり見えてこない。
後で、NETで検索したところによると、2007年8月の完成予定が、高架のコンクリートにひびが入るなど度重なる延期を経て、3年遅れの昨年2010年8月23日にスワンナプーム国際空港とバンコク市内を結ぶ全長28㎞のエアポートリンクが開通・開業し、各駅は初乗り15bart(約45円)という格安運賃で30分で市内に到着、お馴染みのMRT(地下鉄)とBTS(高架鉄道)に接続しているという。何と、こんなビッグニュースを知らずして、何のバンコクや・・・というわけ。ほんま、1人、単独行動に救われたが、さすがに、こんなこっちゃ、とても”総理”は任せられない、器じゃないと、いわばいえだ。で、ホント人としてどうかと思い、カメは青褪めていた。

2011/05/23

◎Watashi issyo gohan taberu ok desu.


にしても、浮いた話の一つや二つないのか、チェンマイに落ち着いて一週間、「バンコクに来たら一緒にゴハンしたい」と書いてきたバンコク在住のメル友のコ(娘)にメールしてみた。「いま、チェンマイにいます」「ゴハンはいつが都合がいいですか」「バンコクへ行きます」と。19日(木)午前中のこと。反応は素早く、その日の午後にはメールに携帯電話の番号を書いて「いつでもいい。電話して」。暗くなってから気付いて、夜8時過ぎだったか、公衆電話から携帯に電話したら、何か低い声で、ちょっと驚かされたが、いかんせんこちらの電話事情に疎く、コインを15bart分しか入れていないし、聞き取りにくいタイ語とあってあっという間に時間が経ち、「いつ来る?」という彼女の強い言葉だけがカメの耳に残った。折り返し、電話での非を侘び「これからバンコクへいく方法をNETで調べます」とメールすると、彼女からはメールで再び「Itsu bangkok kuru desuka?」 だ。
こりゃ、もたもたしちゃいられないと翌20日の朝、近所の旅行社でエアチケットを予約してもらおうと宿で聞いてみたら、即旅行社に電話して、朝が苦手なカメに合わせて21日の午後便の候補を4便ほど挙げてきた。距離は700km。14:00台は新興のBangkok airと老舗のTGで料金に150bartの差、迷わずBKKにしたが、それでも2300bart(6900円)とやはり、安くはない。それこそ、カメの家賃の半分近い。僅かかどうか、飛行時間は1時間20分だ。
とりあえず、彼女にはメールで飛行時間と空港への到着時間を連絡してから、今度はNETでホテルの予約だ。ちょっと見栄を張る誘惑にも駆られたが、やはり根がケチはケチ、バンコク一の繁華街に近い格安ホテルを予約して、彼女に連絡したら、明日も仕事で打ち合わせがあり午後6時30分ごろホテルを訪ねる、とメールが入ってひとまずは安心したのだが・・・。
とはいうものの、彼女って一体、何者なのか。タイ人と日本人の交流サイトで、登録していたカメに昨年秋アクセスしてきた女性だ。26歳、ニックネームrainで、rain-chanと呼んでいた。日本語少しだけ・・・。写真はなし。「GENKIDESUKA」とか「OHAYO GOZAIMASU」なんてメールを重ねているうちに、彼女の日本語はユニバーシティの第2外国語として履修、現在はバンコクにある会計事務所に勤めていて、恋人はいない。また、タイ人の男は嫌いとか。どこまでホントで、どこまで嘘なのか、お互いさまだが、真実のデータは何一つとして不明だ。でも、バンコクへは粛々と行って確かめてみるしかないが、このデインジャラスな冒険、まっ、デインジャラス・エイジってことか・・・。

2011/05/19

◎天国も死後の世界もない・・・って、マイペンライ!?


にしても、1年先輩だったとは今回のニュースで認識したのだが、人間の脳について「部品が壊れた際に機能を止めるコンピューターと見なしている」とし、「壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人の架空のおとぎ話だ」との見解を述べた英国の物理学者スティーブン・ホーキング博士(69)、その発言は世界中を駆け巡っているが、果たして、それほど大層なことなのか。「天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人の架空のおとぎ話だ」なんて、日本人なら誰でもそう感じているのではないか。カメなどは、ずっと以前からそう確信していたし、他人にもそういったことは何度もあるし、否定されたことも記憶にはない。ホーキング博士の今回の言は、それに「壊れたコンピューター」を付け加えて、ソフトな言い回しにしてみただけなのではないのか。無宗教国に生まれ育ったカメは「天国も死後の世界もない」ことは、思い詰めて哲学した結果でもなく、ただ何となく直感でそう感じ、それが宇宙の真理であるとずっとそう思い込んできたのだから、今回のホーキング博士の言が特にキリスト教国でどの程度の衝撃度なのか、想像もできないのだが、「こんなこと当たり前ジャン、何をいまさら・・・」なんて彼の地でいったらどうなることやら。また、ホーキング博士は同じインタビューで人々はどのように生きるべきかと問われ「自らの行動の価値を最大化するため努力すべき」と答えたそうだが、ム、ム、ム、なカメにはマイペンライが似合ってる、よなぁ。