2014/01/13

◎プーケットで『古孤老』が初泳ぎ・・・

にしても、やっぱり海に入った。久々に気持ちいい、冷たくない海水の温もりが快感で、爽快だった。世界に名だたるリゾート、プーケット島、そこで最も人気の高いバトンビーチから200mの宿に草鞋を脱いで、海に入らない手はないだろうと思ってはいたが、やっぱり、ねぇ、トシよ、歳・・・。

海パンは何と準備怠りなく、丁度1年前、外房は御宿のリゾートマンションを買おうかと思った際、景気付けに衝動買いしたものだ。気にしていたのは、見栄だろうか、南北3kmにわたる広大なビーチを彩るパラソルとドリームベッドは、何ともゴージャスな景色だ。ケチなカメに張り合う気は毛頭もない。セレブはセレブと分別臭く納得して、ビーチの波打ち際を歩く度に欧米の格差の実態も目の当たりにした。波が打ち寄せる危うい砂場に荷物を置いて海に入る若いカップル、そんな主なき浜の姿を何枚かデジカメに撮りおいたのだが、カメもその1つと思っていただきたい。

何せ古孤老ともなれば、残念ながら海パン姿は濡れた手でデジカメを操作するわけにはいかず、ご容赦いただくとして、そのデジカメや財布など観光の必需品は全て部屋において、ビニールバッグにタオルとルームキーだけ入れてビーチに辿り着いた次第。そこで周りのパラソルと恐ろしいまでの巨大な白い肉塊に目をやり、次いで帽子をとり、ランニングとショートパンツを脱いでバッグに詰め砂場に脱いだビーチサンダルの上にバッグを寝かせ、あとは心置きなく海水浴というわけだ。

白砂は文字通り白砂で、素晴らしい。何より日本のように波に打ち寄せられる塵芥類がまったく見当たらない。白砂に混じって貝殻の小片がある程度だ。それに、ギンギンに照りつける真夏の太陽の陽射しがない。空は薄く厚く広がる雲に覆われ、そのフィルターを通して太陽は降りそぞぐから、砂浜がアッチッチとはならない。陽射しが優しい。ゴージャスな太陽の衣を纏った感じすら・・・ウフッ。これも体験して初めて知った。

波打ち際まで歩いて、波飛沫を浴びても冷たくはない。心地良い水温だ。嬉しくなる。水も澄んでいて、綺麗。沖を目指してゆっくり歩いてみるが、途中、波間に揺れるカメの生っちょろい太股には違和感を生じた。何とも情けない、そんな太股の姿に軽い憤りすら感じてしまった。汐の引きがけっこう強い。それでも、胸の高さまで進んだところで気を引き締め、クロールにトライした。ブレスの際、口内を通過した海水は甘しょっぱい気がした。細かいビートを続けながら、ふたかき、みかきしたろうか、息も些か乱れ、念のため深さを確かめるつもりで足を下ろしてみたが、もう足が届かない。トントンと跳ねて、呼吸した。遊泳区域を示す白いブイはまだずっと先だ。とても泳いではいけないだろう。無茶は禁物だ。

やはり浜を目指して泳ぐことにした。これが、存外に気持ち良い。ちょっと意外だった。何より、海水がお肉に優しいのだ。海水がお肉に馴染んでくるような感じもある。何とも嬉しい。そうか、これが羊水体験なのかもしれないとも思った。気持ちがいいわけだ。

波打ち際の砂に腰を下ろしてじっとしているのも気持ちが良い。ぼんやり周囲を見渡すのも良い。何より、時間の経過を意識しない。 時空を超えている? いや、無意識に時空と融合しているのかもしれない。そんな境地にもなれた。

2014/01/11

◎初!夜の歌舞伎町ビーチに繰り出す

にしても、新宿歌舞伎町ビーチといいながら、夜の街にはまだ繰り出していなかった。毎日、息をしているだけで喘ぎ、全身のお肉は弛緩して、ただそれだけで、疲れて疲れて、とても夜になって出かける意欲などは霧消、ぼんやり、NETにかまけていたのだが、はや滞在期間も残り少なくなってきては、ねぇ、1度ぐらいはとなったわけで・・・。、
昨夜(9日)はついでのついでまでつくって、午後8時過ぎ、歩行者天国になる、プーケット島1の繁華街であるBANG-LA ROAD(バングラロード)を歩いてみた。なんていうと大仰になるが、昼間は何度も歩いて、写真も撮ってブログにUPもしているから、まったく知らないわけじゃないし、様子は大体は察しているつもりだ。うっかりしていると、或いは助平心を滾らせたりしていると、歌舞伎町と一緒でリスクは大きいよ、というわけで、その程度のことは充分にわかってはいるのだが、子の世界はなかなかその通りにならないのも、世の習いというわけで、いやはや、だ。
夜8時以降の街を歩いたのは初めて、やった。明かりと音量と、やはり熱気か、まだ生ぬるい潮風に渦巻いていた。強欲が良く見える、ウフッ、露見しているのを承知で剥き出しに煽り、引き込む。夜の街の共通項だろう。それ新宿歌舞伎町に通じる街だ。欧米、中東、インド人が多く行き交う街、日本をはじめとした東南アジア人はほとんど見かけない。相変わらず「社長」の掛け声は多かった。あとは圧倒的に「味の素」だった。何故か、心当たりの方が必ずいらっしゃるはずで、その辺の経緯をお知らせいただければ嬉しいです。


2014/01/09

◎カクテルはビールより断然旨い・・・

にしても、ちょっとしたプーケット症候群か、ビールが旨く感じられない。こちとら、真昼間からオープンバーが盛んで、必死に呼び込みにかかる女性も多い。そのキーワードは「Happy Hour」と「All Cocktails 99THB」である。それに、カクテルはもう1杯おまけとか、明日来ればFREEとかあの手この手で誘い込んでいる。それでちょっと揺らいだという按配・・・。
到着して間もなく、コンビニでつい見栄を張ったか、レジ奥に並べてあるウイスキー、リキュール類の中から、値段も聞かずに格好良く見えた、初めて見たボトルを指差してしまい、大きい水ボトル2本と合わせ1000THB(3000)と告げられ、たまげたのだが、これが、実は最近売り出され人気のウオッカ、ABSOLUT WILD TEA(700ml)だそうで、どうやら瞬間的に「WILD TEA」の名前に何となく危なそうな匂いを嗅ぎ、幻惑されたようでもある。これが、何と単なる高価なウオッカというわけで、だからといって大事に飲むわけにも行かず、ともあれ、これは1ヵ月かけて飲み干さなければいけないわけで、色々アレンジしていると、ジュースや炭酸類が増えて必然的にビールが減ってきたというわけだ。
で、ちょっと振り返ってみると何故ビールを飲むかといえば、まずはみんなが飲むという世間体か、それに酔い心地を楽しみたいからで、その1杯目にはもってこいのつもりだった。千鳥足ぐらいがちょうどいい。元々、そんな酔い心地を求めていたわけで、なら、カクテルの方がもっと旨く感じられるし効果的と、古希を超え銃身、おっと従心、やっとそんなふうに感じ始めたわけで、あれこれトライした結果、氷が使えないのは残念だが、やっぱり冷水が最も旨いと思う。先日は、高級スーパーでMATTILIQUEURでレモン図柄の700mlを買ってきたが、ウオッカとなかなか合う。当りだった。おかげで、ウオッカは早くも空になり、今度は残っても悔いのないチープジンでも探してくるつもりだ。

2014/01/07

◎100THB紙幣1枚では飯も食えない!?

にしても、歌舞伎町ビーチのイメージが強いためか、チェンマイだったら100THB紙幣(300)1枚で済むのに、こちらプーケットでは1000THB紙幣(3000)を握っていないと不安になる。例えば夕食、プーケットでは100THB紙幣1枚では絶対に足りない。端から、メニューに100THB以下のものなど記載されていない。安くても150THB(450)ぐらいからで、あとビールなど飲み物をオーダーすることになり、200THBは上回る。これにもう1品ほど追加、1回1人500THB以内で収めるのが定番のようだ。
プーケットはチェンマイとは違って、どうやら欧米の食も文化もたっぷり取り入れて、賑わっているようだ。特に、食に関しては、例のマックだ、ケンタだ、諸々、世界に展開するあらゆるロゴの看板を目にした。あとは、イタリア系のピザやらスパ、さらにアメリカンステーキか焼肉、そしてタイフードの王様、シーフード、これがまた高価だ。店頭に氷をたっぷり敷き詰めた生簀にエビを中心に大振りの魚も並べられ、100g単価が表示されていて、脇には秤まで置かれている。
プーケットでは、まだ、純粋なタイ料理を見かけていない。こってり辛かったり、甘辛かったり、酸っぱかったり、甘かったりと自在に味の調整ができるタイプた。先日、チェンマイでカメお気に入りのポーク挽肉のバジル炒めを見つけ、注文してみたが、いまいち味がはっきりしなかった。欧米を意識してのことかもしれない。これに白飯をつけて150THBは呆れる。これ、チェンマイなら50THB(150)でお釣りが来るかもしれないと思った。


2014/01/05

◎アンダマン海の真珠は歌舞伎町のよう

にしても、「アンダマン海の真珠」にたとえ られるリゾート地、プーケットにきて1週間ほどが過ぎて、ようやくこの地の様子が見えてきたような気がしている。その環境、強烈妖艶な雰囲気に1時は尻尾を巻いて逃げ帰りたくもなったが、自マンションのエレベーターが改修工事でストップしているとあっては、新天地に足を踏み入れるしか選択肢はあるまい。そんな後押しもあって、プーケット島の中でもカメが宿を取ったパトンビーチは最も賑やかなビーチであり同時に一大歓楽街も有して昼も夜も賑わっている。デジカメぶら下げ少しウロウロしてみて、ここは日本でいえば、新宿歌舞伎町ではないかと感じた。いわば、歌舞伎町ビーチだ。歌舞伎町に名前を知っているホテルは幾つあるだろうか。スナックやバーの名前を告げられて案内できる店はあるだろうか。チンプンカンプンに違いない。かつて日活映画でいわれた「無国籍」ビーチなのかもしれない。
プーケットの国際空港に着いた日のこと。NETなどで事前にチェックしたデータによると、空港からタクシーでビーチまで800THB(2400)見当。ミニバス(バン)なら180THB (540)で空港内にカウンターもあるとのことで、プリントアウトしたゲストハウスの名前と地図まで見せて確認したあとに180THBを支払った。時間をかけて座席一杯に10人ほど詰め込んで、それぞれのバッグは後部に押し込み、で、出発して間もなく山登りが始まり、上って下りて、暫くしてやっと海が少しだけ見えたって感じ。1時間以上経って1人降り、2人降り、半分ほどが降りた後、やっとカメの順番が回ってきて、でもホテルの前までは行けず、運転手はプリントされた地図を片手に「あすこだから・・・」と指差しで教え、こちとら、海外、それも初めての街とあっては「私は誰、ここはどこ」状態、さて、はて・・・。フロントらしきところへ行って尋ねたら「××さんですか?」と本日の予約者の名前を声高に叫んだが、該当せず。プリントアウトした予約確認書を渡してみたらホテル名が違うじゃないか。頭の「Bangkok 」は一緒だが、次からがねぇ。ミニバスはとうに走り去っていて・・・。泣くにも泣けない、よ。
「うぅーん」と首を捻ったフロント女性、確認書の裏に手早く正確なホテル名を大きく書いて「タクシーで行きな。300THB」と有無を言わさず、従うっきゃないわけで、ただ、ただ、知らない街は怖いよなぁと頭を垂れつつ、今日中に予約したホテルに辿り着けるのか、ちゃんと届けてもらえるのか、このまま身ぐるみ剥がされるまで何も出来ないとなれば、この身の不運を嘆くしかない。
若いタクシーの運転手はビーチサイドから1つ東側の通りから途中で路地に入って車止めのところで止まり、この先だからと指を差されたのでした。
といったってねぇ。半信半疑、行くっきゃないと行ったところは確かに予約したホテルで、ビーチまでは200メートルほどのところでした。


2014/01/03

◎インターネット切断、オヨヨ、オヨヨ・・・

にしても、インターネットに振り回されて、散々な正月となってしまった。というのも、久々に年賀のご挨拶をいたしたく、ブログの原稿は早めに準備し、日本時間の1月1日午前0時にUPするつもりで、それとは別に大晦日の午前中に1本UPして、あとはこちらの時間で午後10時まで待てばいいわけで、細工は粒々だったのだが・・・、夕方になって、何故か突然インターネットが切断されて、オヨヨ、オヨヨと慌てふためき、あれこれトライするも、復旧の兆しもなし。そういえば、当初からネットが不安定な上、速度が遅く、苛々はさせられていたのだが、このタイミングで何故だ!
それでも、何度か1Fに降りていってスタッフに掛け合ってみたが、IPとパスワードを優しい微笑で繰り返すだけで、状況に進展はない。結局は自分であれこれトライするしかないのだが、あまり深入りすると、今度はマイパソコンを狂わせてしまいかねず、その辺りにも配慮しつつの作業を根気よく・・・、気が付けば、日本時間の午前零時を過ぎたところで諦めた。
でも、「WiFi」を看板に掲げている店を幾つか気にとめていたので、ノートパソコン持参でその店に出向き、ネットにアクセスすれば、ブログの1本程度はUPできるわけだ。で、一夜明けて早々に出かけたら良好な結果で、少し遅れはしたが新年のご挨拶には間に合ったか・・・。そこで、確認できたのはカメのパソコンに非はないということ。店のルーターかモデムに問題ありというわけで、昼過ぎゲストハウスのフロントと兼用の1階レストランへパソコン持参で見せながら説明するも、状況は少しも改善されない。その後も、あれこれ触って、結論はブロードバンドモデムに問題あり、いったん、全ての電源を切って、再起動する。それっきゃない。で、また一夜明けて、2日の正午少し前、オーナーが登場して電源を切って入れたら、NETがあっさり復活。
こちとら、堪えに堪えて、徒労を何度も何度も繰り返し、もう散々、クタクタや。でも、ね、外道のカメが唯一、社会と繋がっているのがNETなのかもしれない。たとえそれが勘違いであっても、そんな風に思っていたいのだろう。


2014/01/01

◎古希超して スカル纏いて いつ死ぬか


にしても、人生の運不運なんて、これまで幾つも見てきたつもりだが、改めて、一体いつ誰が評価するのだろうかなんて、ふと頭に浮かんだ。世界に名だたる南洋のリゾート、ブーケットの浜辺を首からデジカメぶら下げ歩いていて、勝手ながら今この浜辺で展開されている光景は苛酷な地獄絵図そのもののような気がしたのだ。それは、運不運なんて生易しいもんじゃないと思った。
写真をご覧いただければ、特に説明の必要もないと思う。功なり遂げて巨万の富も手にし、プーケットへの飛行機は多分ファーストクラスに違いない。そんなセレブだろうに、ここにいる老夫婦、目を凝らしてみれば、何かの祟りか、とつい思ってしまう。欧米人の容姿容貌の変化には言葉を失うのだが、かつての美男美女が「何故?」とはならないのか。後悔はしないのか。それとも、とうに諦めているのか。何とも度し難い。ビーチパラソルの下で老夫婦がドリームベッドに大股広げて寝そべって眉間に皺を寄せている図を見るにつけ、それほどまでにして義理を果たさなければならないのかとも思うし、独りで来て若い娘との出会いを楽しんだっていいじゃないか、そう思うにつけ、独り身の気楽を謳歌できる身の幸せがじんわり身に染む・・・なんてカメは一体、何を考えているのかと含み笑いしつつ、その挙句に1句・・・というわけで、ん! 良い出来かと・・・。ウフッ。
いつ死ぬか スカル纏いて 今でしょ
1句の出来が気になっていて、3日午前10時(日本正午)以下に修正、見出しも。お粗末の一席・・・。

古希超して スカル纏いて いつ死ぬか

ともあれ、プーケットからおめでとう御座います。

2013/12/31

◎プーケットの夢幻の世界を遊弋・・・

にしても、プーケットに来て「此処は何処、私は誰・・・」の常套句に新たに1つ加わった。「今日は何曜日」。はて、さて、今日は何曜日?とか、今日は何日なんてことが気にならなくなった。南の温暖な島で過ごしていると、そんなことはどうでもいい、気にならない。気にしなくても過ごせる。何より、テレビも見ないからなぁ。それでも何不自由ない。南の島に来て、思い当たることといえば、早寝早起きか。こればかりは、お肉が自然に反応してしまうから、どうにもならないよなぁ。苦手なはずの早寝早起きが当たり前になってしまう。
体が寝ていられない。昨夜もビーチ沿いのメイン通りを歩いていて、「今夜ファイト」「今夜ファイト」と街宣車からキックボクシングの対戦を告知、ボリューム一杯に叫んでいたが、念のため、試合開始の時間を確かめたら午後8時、そういえば、激戦が展開されるスタジアムはついさっき通ってきたところだ。そういえば、プーケットでのもう1つの看板イベント、世紀のオカマショーは午後10時開演とか。カメとは生活のリズムか違いすぎる、よ。
先夜は、YouTubeでプーケットの動画を視聴していて、一体何をしているのかと、まさに夢、幻の世界が混在している、そんな摩訶不思議な瞬間を体験した・・・。ウフッ、おバカさん、やぁ。

2013/12/29

◎「微笑返し」怖くタクシーに乗れない

にしても、プーケットでカメが難儀しているのは足の便だ。チェンマイでは着いたその日にトゥクトゥクでスーパーのBigCへ行き最安値の自転車を買って重宝していたのだが、プーケットではまったくといっていいほど自転車を見ない。南北に50kmある島(東西20km)の中央は山が幾つかあって、これを上り下りしないと隣の街、隣のビーチには移動できないから、自転車が用を為さないのは納得。交通機関といえば、公営のバス(1時間に1本程度)の他はミニバス(バン)、リムジンタクシー、メータータクシー、バイクでこれの運行の仕方、料金は交渉次第とかでチンプンカンプン、理解不能で特に騙されないよう端から疑っているから、乗る気にならない。それに、今夏からバトンビーチの道路は渋滞解消策として一方通行になったとか、乗る場所によってはとんでもないことになりそうだ。
勿論、双方向のコミュニケーションがとれればいいのだが、これが実は最も難しい。流行り言葉でいえば「微笑返し」だ。微笑みの国だけあって、話すときに微笑みは絶やさない。世間話ならそれもいいが、何か頼みごととか、教わる際はその微笑がネックとなる。バンコク、チェンマイでも体験したが、タイ人気質というやつ、他人に嫌われたくない、善い人と思われたい、だから微笑んでいるに過ぎないとしか思えない。たとえば、右も左もわからぬカメが観光地図を広げ指で指し示し、道順を聞いても微笑が返ってくるだけで、それが正解なのかどうかはわからない。かつて、そんなドジは幾つも踏んだ。微笑みに隠された危険性だ。お互いの勘違いがどんどん膨らんでいって、ついには手に負えなくなる。その解消法にカメは拙い英語を使った。これだと、突っかかりながらも、違う道をお互いに微笑みながら進んでいくことはない。

2013/12/27

◎「ちょっと贅沢」がとんでもないことに・・・

にしても、疲れて、疲れて、もうぐったり。世界的にも知られた南の島、プーケットのビーチに来て3日、まだ海にも入っていないというのに、この体たらく、参った。でも、とりあえず無事に到着したお知らせだけはしておかないと、ねぇ。毎日更新し続けたチェンマイと違って、ここではちょっと奮い立たないと、大好きな更新も途絶えてしまいそう。
今日は夕方、昨日歩き過ぎた祟りで脹脛がパンパンに張って、足は浮腫み、歩くとよろける始末。こりゃ、もうヤバイと宿に近いマッサージ店で誘われるまま覚悟を決め入店人肌恋しいとまではいかぬが、それでも掌の感触は心地良いフットマッサージ。ま、まぁの腕か。まぁ、よかった。
1時間足らず、しめて250THB(750)は高いのか、安いのか・・・。まっ、チェンマイではよほどのことがない限り、マッサージは不要だった。
今回のプーケットは、なんせ、年間で最も割高なピークシーズンなもんで、それを承知の介、いつもはケチなカメが思い切って「ちょっと贅沢」しちゃおうかなと心構えは出来ていたのだが・・・。
現地入りして目前に展開される光景は、「ちょっと贅沢」なんて生易しいもんじゃない、ヨ。まずはホテルなどの宿泊費はチェンマイに比べ3~5倍で、何より、2段ベッドにシャワー、トイレ共用などのゲストハウスはほぼ見つからない。

何より欠かせない食事がやたら高い。こちらもチェンマイ比で3~5倍。これは辛い。チェンマイでは数多い道路に展開する屋台群がビーチ周辺にはなし。さらに、チェンマイでは普通に点在し賑わっていた大衆食堂が存在しない。ビーチでは多分、それらが全て中流店に衣替えしているようだ。まだ、食事の回数は重ねていないが、味、量ともにまぁまぁ、満足度は高いが、値段も・・・って、とこ。「ちょっと贅沢」がとんでもないことになっている。

2013/12/16

◎お肉の劣化甚だしく無事に行けるだろうか・・・

にしても、寒くて寒くて身も心も収縮しているうちに、ほとんど忘れかかっていたプーケット行きが目前に迫っている。もちろん、準備は何も進んでいない。旅慣れたからかと思いたいが、今回はよくよく考えると、どうもそんな簡単なことではないような気がしてきた。肉体の衰え、筋肉の腐食が尋常ではない。古希を過ぎてから顕著になったような気もする。スーツケースを持てるだろうか、なんてことが脳裏をフッと過ぎったりもする。
特に、自転車で走っているつもりでも、どんどん抜かれてしまう。時に、追いかけてもみるが、追いつけない。それが、口惜しくも情けない。不思議でもある。スーパーのレジで小銭入れの1円玉を夢中で数えて、周囲の視線も意に介さない。最たるものは、1人暮らしだから何日間も喋らないことも多い。喋っていないと、誰かに何か尋ねようとしても咄嗟に声が出てこない。それでも、スーパーなどで買い物するには差し支えない。目にする必要なものを篭に入れてレジまで運べばいいわけだ。こりゃ、もはや、日本にいても社会とのコミュニケーションはとれていないわけで、タイでの日常生活と一緒じゃないかと、妙に得心したものだ。タイ語会話が相変わらず出来ないのもむべなるかなである。
先日は、HISから「渡航先情報を事前にご確認ください 」とメールが届いた。現在、バンコク・カンボジアに於いては既に「十分注意して下さい」が外務省より発令されております・・・とある。 念のため、外務省の海外安全ホームページにアクセスしてみたら、手取り足取り、これでもかとあるのだが、腐食した脳には刻まれない。かつてヘビースモーカーだっただけにちょっと気になる禁煙情報といえば「禁煙が強化され」とあり、禁煙場所が多く、そこで吸えば罰金とかで、要は「吸うな」ということのようだ。了解、了解・・・。


2013/11/27

◎今日、死ぬために生きる、生きている・・・

にしても、好天続きのさる夕方、近所のスーパーの食品、惣菜売り場で、商品を見詰めているうちに、恥ずかしながら不覚にも落涙しそうになり、やたら、何か死にたくなった。無性に死の誘惑に駆られていた。例によって夕飯の惣菜を目を凝らして吟味しているようで、実はタイムサービスの赤札商品を探しているだけで、ああでもない、こうでもないと旨くて、安くて・・・を只管比較しつつ決めかねている。安いものばかりを探して食って、味もわからず、ただ義務的に口を動かして、一夜明けて糞として排出するだけだ。だから、何を食っても一緒、安ければ安いほど好都合というわけだ。自らのそんな姿が突然脳裏を駆け巡り、一体何をやっているんだと自問していて、何とも情けなく、空しい思いにとらわれていた。社会的な疎外感も湧き上がってきて・・・。グスン。

外道の片隅でひっそり息をしていると、時々、そんな思いに耽ることが多い。もはや社会生活には不適応ってことで、何か息を続けることが、もう怖くなっている、赤の他人との新たな接触、交流に対しては震えが来てしまう。先日は朝の洗顔時、ふと頭を過ぎったことをこうメモしていた。

今日、死ぬために生きる、生きている・・・そうなんだよなぁ・・・昨日もそうだった、一昨日も・・・たぶん明日もそうだろう、断言してもいい、断言できる、まだ生きている、いつまで生きるのか、ほんま、困ったもんだ・・・と。ウフッ。


2013/11/12

◎ 新しいマシーンとプーケットの宿探し・・・

にしても、はや11月、早いよなぁ。こちとら、ぼんやりしているだけで、季節は勝手に移ろう。でも、今年は秋を忘れてるんじゃないか・・・なんて、ね。

新しいマシーン、ノートパソコンでもあり、タブレットでもありで、安価なのが何よりの1品をゲットして、いま手元に合計5台、使いこなしているのは1台もなく、あっちを触ったり、こっちを触ったり、結局は振り回されているだけなのだが、今回ゲットしたマシーンから見えてきた明日のIT世界は見る、触るがメインで、クラウドというのか、データ自分のパソコンではなくインターネット上に 保存するというから、アナログ世代にはなかなかピンと来ない。それでも、アダルトサイトをウロウロしていたら、成るほどのこんな有り難い言葉に出会った。いまのNet世界の箴言だろう。
【警告】エロ動画見るときは絶対にFacebookからログアウトしておけ!(バレる)

タイ・プーケットの宿探しにこれほど難航するとは思わなかった、よ。なんせ、マンションのエレベーターの改修工事がプーケット観光のピークシーズン の真っ只中なもんで、ホテル、ゲストハウス、アパート、マンションと色々あるのだが、その賃料たるや、いずれもチェンマイの4~5倍、幾つか予約してNetでさらに調べていると、帯に短し襷に長し・・・でキャンセル、結局は最も賑やかなビーチに近いゲストハウスに落ち着いて、改めて予算を見てみたら1泊1000THB(3000)でチェンマイでの定宿の4倍見当、や。やっぱ高いとは思うが、南のリゾート地に滞在するなら、やはりビーチに近くないとなぁ、と立地を最重点にしていた。まっ、来年は安上がりなローシーズンに行ってみるか・・・。


2013/10/24

◎タブレットにもモバイルノートPCにも・・・って

にしても、パソコンとの付き合いは「95」以来だからもう18年になるというのに、実は何となく付き合っているだけで、その氏素性はチンプンカンプン、よくぞ続いたと感心するしかないのだが、最近になって、パソコンが思うように動かなかったり、アップデートも自動で終了していたり、.変なソフトがインストールされていたり、ウイルスとは違う、アドウェアというのか、かなり悪質なファイルや詐欺まがいのソフトが実に巧みに侵入して居座っていて苛々させられることが増え、その対策、駆除方法などを時間をかけて検索して修正、削除せざるを得なくなっている。それでDELLノートは起動しなくなり、もう1台のacerノートは「システムの復元」なんていうことを実施、「正常に完了」など、パソコンの奥の奥まで深入りすることが増えた。DELLノートはもう諦め2週間ほどほったらかしにした後、恐る恐るのセーフモードでトライしてみたらなんなく復活した。
IT世界は技術革新が早く、セキュリティ環境の変化、新しいソフトの開発・導入が頻繁になって、いま、同じソフトでも、10年前は簡単に出来ていたことが、そうは問屋が卸さないことが多い。先日は昔からの付き合いの銀行に何年ぶりかでアクセスしようとしたらパスワードが誤入力とかで、結局、サポート電話のお世話になって、解決したのだが、冷や汗タラタラ・・・だった。
頃合いを計ったように、パソコンメーカーからの電子メールが届き、いつもは開かないのに、「人気のノートPC3万円台」の見出しに惹かれて開けてみたら、「タブレットにもモバイルノートPC(Windows 8)にもなる」とあり、そう、そう、こんなのがずっと欲しかったんだよなぁと、大した精査もせずに発注してしまい、明日届く予定・・・。ウフッ。


2013/10/14

◎プーケットのピーク真っ只中のホテル探し

にしても、南のリゾートアイランド、プーケットへの往復航空券のゲットが、カメにとってはちょっとしたパニックを引き起こした。というのも、マンションのエレベーター改修工事を知った8月、プーケットのホテル、アパート情報をNetで検索して、チェンマイと価格はほとんど変わらないと安心していたのだ。ところが、である。何といっても、プーケットは世界各国から旅行者が訪れている常夏の島だ。観光地特有のハイシーズン、ローシーズンがあるのは知っていたが、ここにはもう一つ、ピークシーズンが設定されていたのだ。その時期はホテルによってまちまちだが、概ねピークは12月初旬~1月下旬、ハイは2月~4月と11月で、ローは5月~10月、ゲットした航空券はまさにピークの真っ只中、Netでゲットした情報はローシーズンのもの。ピーク時のホテル宿泊料は、ロー時期の3倍だ。さらに、自前のホームページをアップしているホテルはほとんどない。代理店にアクセスして予約するしかないのだが、当初は泡食った。☆印の多いホテルは正月を挟んだこの時期、「満室」が多いのだ。一体、どうなることかと、あれこれ探して、何せ安いチェンマイのイメージを引き摺っているだけに、なかなか予約のアイコンをクリックできずに逡巡が続くばかりで、さて、はて参ったと、やっと、チェンマイの倍の予算(4万余円)で納得して予約してみたのだが・・・。ホテルの外観、部屋の写真、口コミなどをみると、何ともみすぼらしいし、病気にでもなりそうだ。それに、こんな部屋で28日間を過ごすのは、考えただけで情けない。といって、かつてチェンマイで23日ごとにホテルを変えながらのバッグパッカーの真似事をするだけの体力も気力も残っているはずもない。よく見たら、予約にはクレジットカードのナンバーが必要になるが、10日前までにキャンセルすれば、予約手数料とかキャンセル料は無料だそうだ。で、14日現在、大奮発の8万円弱までの4ホテルを予約した。50万円、100万円なんて部屋もまだまだ残っているのだが、はて、さて・・・。

2013/10/04

◎年末年始はタイ・プーケットで過ごすことに・・・

にしても、何年振りになるだろう、珍しく、心の臓が震えた、ね・・・なんて、こっ恥ずかしい限りだが、何事かといえば、、拠所なく、またタイへ行くことになって、往復航空券をゲットしたのだ。それも、今回は食傷気味のチェンマイではなく、南の楽園リゾート、プーケットだ。日程は、1224日に羽田空港を発って翌1月23日に帰国する年末年始を挟んでの1ヵ月間。
何故こんな時期に・・・なのだが、それが拠所ない事情という奴で、それは、いま住んでいる14階建てマンションに起因する。築25年、エレベーター改修工事に関する臨時総会の案内を管理組合から酷暑の8月上旬に受け取ってからのことだ。工事期間は1月初旬から15日間程度で、内6日間は終日エレベーターが停止、9日間は9時から18時まで停止するという。
マンション生活でのタラレバでは想定内だが、エレベーターが止まるっていうのは、10階に居住するカメにとっては驚天動地の事態だ。2~3日なら、大好きな引き篭もりの延長程度で凌げるかもしれないが、それ以上となれば、やはりもう幽閉だろう。とても、辛抱、我慢は出来ない。思い切り大声を出したり自由に手足を伸ばしたり出来ないとなれば、余計やりたくなるんだよ・・・なんて、ね。要は、10階まで階段を昇り降りすればいいだけの話なのだが、もはや、京急の駅でもエレベーターを探して乗っている身には、あまりにも辛すぎる、よ。
だからなのだろう、エレベーター改修工事に伴う「階段昇降ケア」(階段昇降の補助、買い物荷物などの運搬、朝夕のゴミだし)のために人材派遣会社との契約もセットで議題に挙げていた。それも「ガードマン2名を待機させ階段昇降機で人を運ぶ」そうだ。いやはや、大そうなこと。で、ピンと来たのが、このマンション脱出作戦だった。

2013/09/23

◎老醜3傑とは田原総一朗、みのもんた、永六輔か

にしても、老醜は決して晒してはならないと思うのだが、この老醜という奴、セクハラと似ていて、当の本人の感性に委ねられる部分が大きく、何とも厄介だ。先夜、といっても、先月の最終金曜日の夜のこと、小便起きで目覚めた際、テレビを点けたらちょうど「朝まで生テレビ」の放送中だった。テーマは「消費増税」で例の田原総一朗が口をパクパクさせながら仕切っているのだが、ヘラヘラしていて、何ともキレがない。79歳、 「壇蜜さんとの対談で興奮したせいか脱腸の傷跡から出血、入院」とか、「AKB」について論じたりと、奥さんに先立たれてからは強持てをかなぐり捨てて、積極的にメディア露出を図り、もうそろそろフェードアウトした方がいいんじゃないのかと、カメなどは感じていたのだが、たたまたま見た「生テレビ」ではもう干乾びた好々爺の図で、楕円のテーブルを囲む論客たちは論議を盛り上げるというよりは、お互いの様子を窺いながら、みんなで好々爺をあやしているようにしか見えない。何とも不様でみっともないし、滑稽、不快だった。
で、テレビはオフタイマーにして、そのまま就寝、本ブログに直ぐアップすべきかとも思ったが、何故か躊躇していたら、今度はみのもんた、だ。やはり奥さんに先立たれたばかりの69歳、「朝ズバッ!」でのセクハラ疑惑に加え、31歳の次男でテレビ局社員の不祥事とくれば、ねぇ。「夜の帝王」「傲慢」などと揶揄されながらも「わが世の春を謳歌」していたわけだが、そろそろ「年貢の納め時」、もういいんじゃないのと思う。ま、田原総一朗と比べれば、まだ血の気は多いか・・・。
また、46年間続いたTBS系のラジオ番組「永六輔の誰かとどこかで」が9月末で打ち切られるそうだ。スポンサーの降板がきっかけらしいが、嫌いな永六輔は80歳、野坂昭如の手紙のコーナーがあるので時々ダイヤルを回していたが、永六輔はもう呂律が回らず、聞きずらく、リスナーをなめていると思って腹立たしく、最近はご無沙汰していて打ち切りはニュースで知った次第・・・。

ちなみに、ちょっと振り返って老醜を感じさせない、まだテレビ番組に出演しても許される著名人を思い浮べてみると、黒柳徹子、さんま、タモリ、桂文枝(三枝)、笑福亭仁鶴、西部邁、加山雄三、石坂浩二・・・といったところか。ただ、この中でさんまにはその兆しがチラチラ見え始めているし、タモリは黒眼鏡でかなり救われてはいるが、この2人には自ら引き際を考えて欲しい。

2013/09/11

◎いつまで歯を磨かなければならないのか・・・

にしても、2020年オリンピック東京招致が成就したとの報に「喜寿五輪」かと感じただけで、マスコミのまたかのお祭り騒ぎには辟易した。なんせ、近ごろ、酷暑続きに加齢も加わってか、毎朝、歯を磨きながらいつまで磨かなければならないのかと憂鬱になるなど生命力の衰退が甚だしく、さらにテレビを見るのにも、息をするのが面倒臭く、ただ、だらだらと体を移し、のんべんだらりと日々を過ごし、テレビをオフタイマー60分にセットして就寝し、本ブログの更新すら億劫になっていて、こんな拠所無いことを書き記す羽目になったわけで、特に食への関心が著しく衰え、時に何か旨いものを食いたいと思うことがあっても、何が食いたいのか、具体的にイメージは浮かばず、スーパーや食料品地下街などで惣菜売り場を巡回してみて、おっとと食をそそられ、じっと見つめていると、直ぐに食欲は萎えてしまい、といって他に目を惹かれるものが見あたらない、そんな繰り返しにも飽き飽きして、実は腹が減ることも少なくなっていて、何か食ってもちょっとした量で腹一杯になってしまうお粗末、今はスーパーで、調理済みの肉(フライパンで熱するだけの表示あり)を電子レンジ専用の陶磁器を使って温めているのだが、これも何食も続くとねぇ、味が一緒になってしまうんだよなぁ、で、外食でもしようかと外に出ても、これといって食欲をそそられるような看板は見当たらず、ショーウインドウの模擬料理を穴の開くほど見つめた挙句はそれだけで腹一杯になった気がして立ち退いたりして、その根源を辿ってみれば全ては入れ歯のせいかと、情けないことに自ら納得してしまうことが多い・・・なんて、ね、ウフッ、生存情報でした。


2013/08/28

◎羞恥心は隠すものではなく、露出するもの・・・

にしても、例の馬鹿馬鹿しいだけの非常識写真ツイッター投稿騒ぎ、ついに産経新聞の1面トップを張っただけでなく、27日には社説にまで取り上げ、「結果の重さ教えるべきだ」と入れ込んでいる。「世の中には、悪ふざけで済まないことがある。当たり前のことが分からなくなった、インターネット社会に潜む想像力の欠如を憂える。」と書き出しているが、社説氏も想像力の欠如は同様だろうと思う。NETの世界はもうまったくの異次元で、旧来の価値観は通用しない、まさに魑魅魍魎の世界で、これまでの倫理・道徳観を振りかざして糾弾しても滑稽なだけだ。荒っぽくいってしまえば、NET世界は「受け狙い」「受けるかどうか」だけで、それを新聞テレビなどのマスメディアが取り上げるかどうかがポイントになるわけで、某広告マンは「沈黙を嫌い、会話を途切れさせないためにそれぞれが『何かおもしろいこと(ネタ)』を提供する。自分たちでネタを作って笑い合う閉じたコミュニケーションに没頭し、周囲への影響に気がつかないまま、ウケ狙いの過激な投稿に走る」と分析してみせる。
アイスクリームの冷凍ケースに入り込むピザ生地で顔面を覆う大量のパンの上に寝転ぶ冷凍ソーセージをくわえてウインクする、なんてことに慌てうろたえる方が問題だろう。NET世界に羞恥心なんて殊勝な道徳心なんて存在しない。というか、日本人の美徳ともいえる羞恥心なんてとっくに変質しているのだ。いまや、羞恥心は隠すものではなく、露出するものになっている。
そんな変貌を認めようとしないマスコミに檄を飛ばしてくれたのがあの曾野綾子。産経(8月28日付)での連載コラム「透明な歳月の光」で「若者の悪ふざけ報道」について「平和ぼけ日本象徴する騒動」の見出しで、「こんな若者の悪ふざけの話より、私たちはエジプトやシリア情勢の方を気にしなければならないはずなのに、日本ではだらけたニュースで毎日が過ぎていく。」と最後を閉めている。いつもながら頭が下がる。(カット写真はライブドアブログうぇうぇうぇウェストから)

2013/08/20

◎老衰死は何歳から可能になるのか・・・

にしても、とりあえず余命10年ってとこかと思った。先日、例の「奥様お嬢様が泣いて喜ぶ・・・」高崎一郎の訃報を目にしたときの事。「老衰で死去、82歳。」とあった。82歳で老衰か、いいよなぁと羨ましく感じ、そういえば、つい最近も見たぞと記憶を辿り、NET検索してみたら、やっぱりあった。「てなもんや三度笠」や「三匹の侍」 でお馴染みの長門勇の訃報で、この6月4日「老衰」でとあり、 享年81歳だった。
カメ憧れの自然死、老衰だ。枯れ木が朽ちるイメージで、死ぬとき苦しいことはなく、痛みも感じない、眠るがごとく、だ。そして、年齢は90歳は超えていなければなるまい。もっとも、死ぬとき「苦しかったか」とか「痛かったか」などと死者に聞いた強者もいないんだよなぁ。ま、それが、80歳を超せば可能らしいと知って何となく安堵し、あと10年かと独りごちた。ひょっとしたら、70代でもありかな、とも。
で、その老衰が実際はどんなものか、NETサーフィンをしてみたら、結構話題にはなっているが、学術的な定義は曖昧模糊として、まだ確固とした定義はないようだ。

老衰(ろうすい)とは、年老いて死ぬ事。死因が、外傷や病気などでなく、自然に亡くなった場合(自然死)の事を言う。生物学・医学的には個体を形成する細胞や組織 (生物学) の機能が老化に伴って低下し、恒常性の維持が不可能になることが原因である。通常、病死とは異なるものとして扱われる。

Wikipediak のこんな定義が一番もっともらしく聞こえるのだが、果たしてそうか。あれこれ拾い読みしたところをまとめると、どうやら老衰とは正確には死因を表わす病名ではなく、細胞臓器の機能低下、衰弱により生命維持が難航している症状を指すようだ。で、そんなに衰弱した体で何か病気になって死ねば老衰死というわけで、それは死亡診断書を作成する医師の腹次第のようだ。そうか、老衰死とは痛みも感じられないほどお肉と脳の細胞が衰弱してしまったということ。カメは「寿命が尽きた」といって欲しいと思った。