◎この地球に、もはや次の世紀はない・・・
にしても、坂道を転がり落ちる日本の行く末は、見えている。どんな姿かといえば、坂道の途中で日本という国家は消えてなくなり、そこにはグローバルスタンダードのマニュアル社会が現れ、人間は限りなくコンビュータ化され、生命力は弱まっている。そんな中で、日本人の条件は唯一、デジタルメモ 帳pomeraを使いこなせること、とでも定義されているだろう。要は、日本語の読み書きができるかどうかだけが、日本人の判断基準になっている。これ、ほんの近未来、今世紀半ばの日本の姿で、ま、日本といわず、この地球にも、もはや次の世紀はないと思う。
このシナリオを前にして、勝手ながら、異論はほとんどないだろうと思う。問題は、そこで、転がりながら、どう動くか、だ。そこにその人の生きざまが出てくる。人それぞれの性格も相まって、ポジティブだったり、ネガティブだったり・・・。そのあたりの人間模様をのんびり野次馬してしまおうとしているのがカメだ。
というのも、ほとんどの人は、転がり落ちる日本に歯止めをかけようとしてあれこれ議論し、さまざまな施策を実施しようとする。それはそれでいい。ただ、そうした施策は転がるスピードを緩めるだけで、根元的な解決にはつながらないのだ。それを承知で、なおかつ前向きに取り組む人も多い。
NHKおスペでの提言など、何とも真面目で真っ当なのだが、カメはフムフムとほくそ笑んで見守るだけだ。
少子高齢化とか給与格差といった現象は高度な文明社会の証明であって、当たり前の結果、話で、何も是正する必要はない。市場主義経済と同様、成り行きに任せておけばいいと思う。
先進国ほど、弱者救済、人権といったアンタッチャブルのキーワードに振り回されて、ますます本音をいえない、いってはいけない空気が強くなっている。少子高齢化なんていう言葉は先進国だけの話、アフリカに目を転じただけで、そんな言葉は吹っ飛ぶ。
で、結局は、自らの首を真綿で絞めるような、カメに言わせればバカバカしいほどの愚策を次々に繰り出す羽目になっている。
最もわかりやすいのが環境問題だ。その取り組み姿勢は、まさに、その人の生きざまそのものといえる。
宇宙時間で見れば、100年間で気温が2℃上がるなんてことは、よくあることだそうだ。何も驚くこともないし、慌てることもない、成り行きに任せていればいいのだ。
地球上に君臨して傲岸不遜な人間と自然との共生なんて、幻想だし、そんなことを考えること自体、人間の驕りでしかない。でも、それを可能と信じて生きるのか、議論が好きなら・・・、そのために何をするか、徹底的に、気が済むまで議論すればいい。
いまの世の中は、結論が見えているのに、人権の名の下にその本質を見ようとしない、隠してしまうような事象が増えている。それらをどう見るか、で、どう動くか、その選択は、その人の生きざまそのもので、カメ如き他人がとやかく言えるものでもない。ま、命ある限り、人生、大いに楽しみましょう・・・といったところか。
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