2014/10/21

◎アダルトビデオ500本も廃棄なんて・・・

にしても、「いよ!ご同輩」と 思わず声をかけたくなるような事件をNet上で見つけた。18日配信の産経新聞、見出しは、アダルトビデオ500本捨てる 「廃材と一緒に捨ててくれると思った」。以下本文・・・。
 大阪市西成区萩之茶屋の通称・三角公園にアダルトビデオのテープ約500本を捨てたなどとして、大阪府警西成署は17廃棄物処理法違反容疑で会社役員の男(70を逮捕した。同署によると、容疑を認め「7年くらい前から公園での炊き出しボランティアにかかわっていた。ここに置けば、廃材と一緒に捨ててくれると思った」などと供述しているという。
 逮捕容疑は同日午後1時ごろ、知人の岡山県の介護士の男40=同容疑で逮捕=とともに、三角公園にビデオテープや雑誌などが入った袋17個(計約200キロ)を捨てたとしている。
 同署によると、公園にいた複数の人が2人がトラックの荷台から袋を捨てたのを目撃し、110番するとともに「何してるんや」と言い寄った。2人は袋を回収し公園から逃げ去ろうとしたが、駆けつけた西成署員が身柄を確保したという。

いまや、ビデオテープといえば、アダルトショップに110円で並んでいて栄枯盛衰、まさにカメなどは目頭が熱くなる。ビデオ作品のカバー写真を頼りに妄想を膨らませながら大枚はたいて買ったはいいが、一生使うものでもなく、そういえば「これ一本で一生抜ける」なんてキャッチコピーもあったっけ・・・、狭い部屋に溜まりに溜まって収納場所がなくなり、次を買うためにショップに売りに行ったものだ。110円で引き取ってもらえばいい方で、DVDに席巻されてからは、テープは引き取ってもくれない。それでも好き者だけにテープは増えて廃棄処分に頭を抱えるのだ。カメの場合、踏ん切りがつかずに、ついつい残していたのが日活ロマンポルノの「谷ナオミ」もの、10巻ほどだったか。いわば、わが青春、性春そのものであり、何とも愛おしく、とても廃棄に忍べず、10数年ほど前、六本木でハブバーを開店した知人男性の店に託したのだが…。


2014/10/11

◎“老後破産”なんて、ほんとにあるのか

にしても、先夜、例のNHKスペシャルに取り上げられてしまった。タイトルは老人漂流社会「“老後破産”の現実」。カメの顔は映らなかったものの、生活の実態は余すところなく暴かれて、些か恥ずかしくもあり、ちょっとした快感でもあった。番宣にこういう。
独り暮らしの高齢者が600万人に迫る勢いで急増している。その半数近く、およそ300万人が生活保護水準以下の年金収入で暮らしている。
その通りで、300万分の1がかくいうカメである。ナレーションで生活保護の水準は月額13万円といっていた。カメの計算でもそうなる。その数式は1時間当たりの最低賃金×8時間×20日=生活保護費だ。実は、カメは年金を受給するずっと前から、それは承知していたのだが、実際に振り込まれた金額を見て、あまりの現実に二の句がつげなかった。何せ、13万円どころか、二桁を超した程度。とはいえ、受け入れるしかない。会社を二つ、三つ変わり、勝手気ままに過ごしてきての結果だ。今更愚痴っても詮無いこと。年金難民という言葉が身に染みた。大学を卒業して一流企業に入社して40数年勤め上げた竹馬の友との格差たるや、まさに語るも涙だ。
では、なぜ生活保護費を申請しないのかといえば、残念ながらなのかどうか、申請要件に欠けるのだ。何かといえば資産、貯金はないが、いま居住するワンルームマンションがあるからだ。このマンションを売って、多分350万円ぐらい、その代金を使い果たせば申請できるし、そのつもりではある。そうすれば、何より、医療、介護費用の個人負担がなくなるのは大きな安心だ。
いま必要な住宅費は管理費と修繕積立金だけ。NHKで取材していたケースでは、いずれも家賃が6万円ほどかかって、結果その残りで暮らしているわけで、カメはその点家賃分を自由に使えているから、破産寸止めといったところか。
最寄り駅の京急大森町駅前の不動産屋の看板を見たら、カメが住むマンションが張り出されていた。家賃は月額5万5000円、まさにNHKスペの通りの展開なのだが・・・。カメがある日突然、突発的に倒れて1カ月間も入院したら、病院への支払いでマンションを手放さざるを得なくなり、当然の如く生活保護費を申請して、カメは温かい社会に守られながら安心して暮らしていけるわけで、番組が指摘するような“老後破産”なんて、ほんとにあるのだろうかと思った。



2014/10/01

◎入れ歯更新に26万余円、 背筋凍った

にしても、はや10月、ブログの更新が滞りがちになってもさほど気にならなくなって、些か反省もしてみたが、ピンと来ない。さほど、脳の砂漠化が進行している証左かと思うと情けない。前回、新聞一面下のコラムを読む傍から忘れていく症状を愚痴って、それをアップした後で気がついたのだが、それって昨夜の食事の献立を思い出せないのと同じじゃないかと汗顔の至りなのだが、一面コラムの件が何故新鮮に思えたのかはいまだに謎だが、多分、ブログのネタに呻吟していたのかもしれない。
にしても、最近では珍しく正気に戻ったことがある。29日の昼下がり、JR大森駅近くの歯科医院でのこと。年初から始めた入れ歯の更新。月2回ほどの診断治療を続けながら何度か型取りをしてのやわらかい入れ歯、ループ・シリコーン義歯が、ようやく装着されることになり、窓口で次回の予約日を決めた後、「次回は、265000円、ご用意ください」と告げられ、一気に目が覚めたというか正気に戻ったというか、息苦しくなった。入れ歯の更新を決意したときに、まっ100万までだったらいいかなと覚悟していたのだが、それは半年以上も前のこと。26万円といえば、率直な感想では安く済んだといったところたが・・・。ちょっと振り返ってみても、10万円以上の出費といえば、20年ほど前のワンルームマンション(:現居住)購入を除いて思い当たらない。まっ、高額出費といえば5万円前後のノートパソコンと、7万余のタイ往復航空券ていどか。念のため、なけなしの預金通帳を開いてみたら、なるほど、まだ払えないわけじゃないが、ここから26万円を引いてみると、その残高はいかにも減った感じ、あと何年生き長らえるのか暗算できるようで、背筋が凍った、ヨ。

2014/09/23

◎何たること、認めたくはない加齢現象・・・

にしても、何たること、参ったよ。情けない。認めたくはない加齢現象だ。
電動歯ブラシを歯茎に当てながら、タブレット画面で無料サービスの産経新聞と毎日新聞一面下のコラムを読むのがこのところ、朝の習慣になっている。今朝は読み終わって、洗面所で口を漱ぎながら、コラムの内容を何故か思い出そうとしていた。ところが、脳が全く反応しない。パソコンでいえば、フリーズ状態だ。テーマはおろか、キーワードすら浮かんでこない。産経抄と余禄、下手な文章ではない。何たることだ。
そういえば、何が書いてあったか、振り返ることは滅多にない。いつも、読みっ放しだし、気にしたこともない。今朝は、不思議なことに、何を読んでいたのか、妙に気になって、思い出そうとしたのだが、何も浮かんでこない。ただ液晶画面を眺めていただけなのかといえば、そんなことはない。15分くらいは電動歯ブラシを当てて間違いなく読んでいた。こりゃ一体どういうことなのか。ちょっと背筋が寒くなった。それでも思い出せない。アァー。
しばらくして、もう一度、コラムにアクセスしてみたら何のことはない、いずれも連休用の暇ネタ。記憶に残すほどの内容ではなかった。忘れて正解といってもいいのだが、劣化脳に生じた一抹の不安までは打ち消せない。アァー。

ちなみに、両紙のこのサービスは刷り上がった紙面がそのまま見られるアプリで、1面だけ無料で解放して、その他の紙面を見たければ有料会員にならなければならない仕組み。朝日、読売新聞も同様のサービスを実施しているが、気位が高いのか、無料サービスはなしだ。

2014/09/04

◎鶴太郎の『午睡の如く他界す』に参った!

にしても、何がなんだか、ぼんやり、ダラダラ、ブログの更新もままならなくなって、いっそまたプーケットにでも飛び立とうかと思うほどに老人性欝症候群が進行しているさなか、欝にはちょっと刺激的なBS朝日のインタビュー番組をこの土、日の午後6時から2本、視聴した。
最初は、おでん芸人からボクサー、役者に転身したイメージが強い片岡鶴太郎(195412生まれ)が、間もなく還暦を迎えるいまは画家になって20周年になるという。インタビュアーは編集者の石原正康(幻冬舎)。何たって、鶴太郎といえば、「小森のオバケちゃまよ~」「プッツン」そして「アツアツおでん芸」とデビュー当時からずっと見ていたが、いつの間にかボクサーになり、役者として大河ドラマで見かけたりして、お笑いの道は断念したのかと思っていたら、その後始めた画業でもう20になるそうだ。どれが本業なのか、特に、お笑いは他に大物がいっぱいいて、自らの限界を悟って身を引いたのかとも憶測していたのだが、実は「腹の主」の指示とかで、その後も腹の主の言葉に従いながらなのだが、その全ては何れもソコソコどころか、なかなかの出来栄えで、味わい深く、恐れ入るしかない。で、終始眼光鋭い鶴太郎、120歳までは楽に生きていられるといい、座右の銘を問われて、色紙に書いた、こんな言葉を披露した。
『午睡の如く他界す』
墨の筆致もいいが、それ以上に文言がいい。見事なもんだ。二の句が継げなかった。

翌日は、銀行員で音楽家の 小椋佳(19441生まれ)で、インタビュアーは女優の野際陽子。
二股時代のあれこれの後、メインテーマはこの9月に開催する予定の「生前葬コンサート」。小椋は、古稀を目前に「歌手人生にケリをつける」と気負うことなく、淡々とそう言い、「その後も歌っているかもしれない」ともいった。

既にサルになってしまったカメは「オレはどうすりゃいいんだ」と一人ごちてみた。



2014/08/17

◎ 生きてることが、何より疲れるんだよなぁ

にしても、生きているだけて、そう、生きていることが、何より疲れるんだよなぁと今回プーケットで1カ月間過ごして強く感じたことだ。同時に、老衰死とは、生きる活力が衰え、生命力が湧いてこなくなって疲れも感じないっていうことかと得心がいった。
今回のプーケットは、振り返ってみて酷く疲れた。最初の一週間だけ同級生が一緒だったからではない。今回はいつもと体調が違うのだ。体調不良といえば、そうかもしれないが、そうならば回復しないのはおかしい。体調不良というより、体力低下、衰弱とでもいった方が的確だ。カメ流にいえば、お肉の劣化が甚だしいと痛感する。脳は、改めていうまでもなく酢がいっている。炎天下のビーチや街を行ったり来たりしても、汗をびっしょりかいて、クタクタに疲れて倒れ込むなんて図にはならない。そう、疲れの感じ方も鈍くなっている。疲れたのか、まだ疲れていないのか、自分で即答できない。ダラダラ歩き続けても、時間や目的地が決められているわけでもないので、こんな塩梅では息絶えるまで歩き続けてしまうのではないかとさえ思えてくる、
夜中のベッドで七転八倒したのも、原因は単なる歩き過ぎ、歩き疲れなのだが、その程度のことがわからなくなっている。時間とか距離とかスピードとか・・・そうした指標がお肉からも脳からもツルンと崩落してしまい、ただ闇雲に歩き続けているわけで、迷惑千万、何とも困ったもんだ。
Netなどの夜遊び情報によれば、夜は8時過ぎ、それも9時以降とされるのに、その時間にはとっくに疲れ果て、ホテルに帰って、もう眠くなっている。帰国の日、ホテルからミニバスに乗り込む際、スタッフの女性から「シー、ユー、ネクスト」と声をかけられ嬉しくなったが、さて『ネクスト』があるのかどうか、実は、ちょっと不安になった。


2014/08/11

◎訪タイの成果!!! 効く消炎剤をゲットしたぞ

にしても、いったん睡りについた後、足の先の突っ張り感による目覚めは恐怖以外の何ものでもない。「来たか」と思う間もなく、鈍痛はどんどん広がって、両足の向こう脛周辺の筋肉がパンパンに張って、その周辺の筋という筋をこれでもかと引っ張り、痛みから逃れんと少しでも足を動かすと鈍痛が増し、いつ果てるとも知らず、異国のキングサイズのダブルペットの上で、テーブルの上に出してあるキンカンにすら手を伸ばせないで、情けないことにウンウンと呻くしか術はない。足を上げようにも、下げようにもままならず為すすぺなし。じっと鈍痛にただ耐えるしかない。
8日未明の七転八倒、誰かが傍にいたら間違 いなく、助けを求めていたたろう。といって、救急車が来たからといって、をどう告げれぱいいのか。ただ身悶えて、痛みを表現するしかないのか。そりゃ辛過ぎる。ともあれ、動かず、ひたすら鈍痛が鎮まるのをじっと待つしかなかった。その間、10分だったか、30分だったか、カメには1時間ほどにも感じたが、幸いそのうち眠りについて、事なきを得たものの、目覚めた後は、微かに身震いした。因果関係ははっきりしている。昼間、せっかくのビーチだからと、カメラを握って、ビーチを行ったり来たり、超70歳の単なる歩き疲れだ。

フットマッサージへ行こうと出かけたのはいいが、店もマッサージ嬢も雲霞の如く、結果、酷いのにあたったようだ。あれで30200THB(600)は高いよ。何といっても、カメのお肉は薬とかマッサージなど外的、内的刺激には敏感に反応する。お肉が効用を熟知しているわけだ。
ドラッグストアをのぞいてみた。マッサージ大国とも称されるだけに消炎剤や香油などは豊富な品揃えだ。お馴染みのタイガーバームだけで棚一つを占めている。パッケージはほとんどタイ文字で、実は何の薬かは想像するしかない。筋肉痛のイラストが多い中にブルーの箱が目に入った。「COUNTERPAIN COOL」とあり、何となくだが、じっと見詰めているうちに効きそうな気がしてきた。小箱で50THB(150)、いいんじゃないか。そんなイメージだけで買ってしまい、ホテルに戻って、Netで検索してみたら、なんと日本の大正製薬製で、ゼリー状の消炎剤。国内では何故か販売していないそうだ。何か、カメはそれだけで効きそうな気がしてくる。
確かに、確かに、効くねぇ。劇的だ。向こう脛から始まったこの騒動、一挙に解決。何と肩凝りまでも消えてしまったようだ。不思議なことがあるもんや。
COUNTERPAIN COOL」のゲットは、今回の訪タイでの最高の成果のような気がしている。


2014/08/09

◎時代を先取りしサルになったカメ

にしても、ちよっと新聞のコラムに触発さて、珍しく書きたくなった。3日付毎日新聞「時代の風」で見出しは「サル化する人間社会」「低下する共感や連帯」。筆者は京都大の山極寿一教授で霊長類研究の世界的権威、秋からは京大総長に就任するそうだ。
余談だが、今回の訪タイでは紙面イメージのまま閲覧できる「ビューアー」をインストールした中華タブレットも持参していて、たまたま目にした次第・・・。毎日新聞のこの無料サービス(全頁閲覧可能)がいつまで続くか、楽しみではある。

さて、山極教授のコラムは「サル化する人間社会」の見出しだけで十分、内容まで紹介することもないとは思うが、簡単にいえば、食事の形態を通しての考察で、現代の私たちはサル社会に似た個人主義の閉鎖的な社会を作ろうとしているように見えるというのだ。Netで検索すると、山極教授の著書「『サル化』する人間社会」の紹介にこうあった。
厳格な序列社会を形成し、個人の利益と効率を優先するサル社会。
個食や通信革命がもたらした極端な個人主義。そして、家族の崩壊。
いま、人間社会は限りなくサル社会に近づいているのではないか。

なるほど、同感である。その通りだと思う。実は、何を隠そう、カメの場合はもう既にこの人間社会を捨て、いわばサル社会を生きている。「外道のカメ」を名乗る所以だ。そのコンセプトは「個の快感」であり、すべての事象はそこに「特化」される。その象徴的行為がまさに「G」である。その行き着く先に見えるのは「枯死」だ。カラカラに乾いて微風にも朽ち崩れる。本ブログのプロフィール写真に使ったランニングには「死して屍拾う者なし」とある。

実は、山極教授の「サル化する人間社会」の見出しが目に入った途端、中身を読む前からカメは一足早く、いや、時 代を先取りしてか、「サルになったカメ」と即応していたのだ。アァー。

2014/08/07

◎南タイの伝統家庭料理は辛くなかった・・・

にしても、タイ料理は辛いというイメージは今回のプーケットの旅で払拭された。パトンビーチから歩いて30分ほどの山側に展開する街にあるホテルに一週間滞在して、近くのタイ食堂で昼は必ず食事した。とにかく、旨い、早い、安いの三拍子揃っていて、メニューも豊富だ。定番は白いご飯を皿に盛り、その上にあれこれ、大体二種類だが、希望の肉や野菜、魚料理を載せてテーブルに運んで頂くのだが、そこには常時香味野菜類が皿に盛ってあり、あとは氷がたっぷり入ったアルミコップ、こちらはいずれも無料サービスだ。で、お値段は当然、料理の選択によって変わるが、まっ、50THBから高くても100THB止まりといったところで、散々お世話になった。
ここで、気がついたのだが、タイ特有の辛い料理がないのだ。特に、カメが大好きな濃厚ニンニクと唐辛子たっぷり、挽肉のバジル炒めがメニューにない。他の食堂ものぞいてみたが、やはり同様だった。
この店、探してみたが、写真でご覧のように天幕はタイ文字ばかりで、店の名前らしきものもない。
一部、英語の部分を見ると、こうある。Thai Traditional South-Local Foodタイ伝統料理といったところか。どうやら、南に拘りがあるようだ。TATOOの看板でも「South」の文字を見た。宗教も、南では仏教よりもイスラム教が多いと聞いたこともある。南には南の独特の文化があるのかもし
れない。まだ、料理でしか体験していないが・・・。

2014/08/05

◎海に来たら、やはりビーチを歩きたい・・・

にしても、ちょっと更新が途絶えたのは、ホテルの立地がパトンビーチから少し離れ、山に近くなって、生来の引き篭もり症状が出てきたためだが、ホテルのWiFi環境が驚くほどよく、YouTube
で、カメが大好きな「オレたちひょうきん族」をダウンロードしたら、60分余の動画が何と10分そこそこで完了するとあって、マンザイなどを中心にあれもこれもDLして、楽しんでいて・・・。いや、驚きました、高機能のパソコンなど端末を変えたり、イジルより、強力なNET環境に勝る策はなさそうだ。
で、本4日、そこをチェックアウトしてビーチにも繁華街にも近い前回泊まったホテルに再びチェックインしただけで、何とも浮き浮きしてくるから不思議なんだよなぁ。昼飯食ったら、とりあえず海に来ているんだからビーチに行かなくちゃと、誰にいわれるでもなく、体はパトンビーチに向かっていて、まっ、出来るだけいっぱいシャッターを押してパトンビーチの写真をアップしてみました。
ちなみに、下の下の画像は7月27日の日曜日昼過ぎ、パトンビーチをひたすら歩いた際、ようようカメラフレームの端っこに残っていたのでございます。おまけでありまして、やっぱ、歩いてみるもんでんなぁ。ウフッ。


2014/08/01

◎値引き交渉も熱くなると価格ぶっ飛ぶ

にしても、こりゃ、ちょっとしたビッグファイトだと感じた。前回宿泊したホテル近くの大規模屋台群でのこと。夕暮れ時、屋台を見ながら歩いていたら薄暗い軒先にちょっと異様なデザインのTシャツが何枚もぶら下げている店を見つけた。いわずと知れたスカルだ。思わず笑みが洩れた。毎日、屋台をぶらぶらしながら秘かに探していた専門店だ。やっぱり、あった、よ。なるほど、ひと目で物は良し。奇抜で見事なデザインがぶら下がり、平積みもズラリ。これなら誰だって欲しくなるだろう。武者震いした。金がふんだんにあれば、全部だって欲しい。そんなオーラが出てしまったようだ。カメは何せ、スカルをデザインした安価なランニングをまとい、スカルを刺繍した野球帽までかぶっている。 骨のありそうな熟年男性店員はそんなカメの姿を品定めしていたようで、売る気満々で迫ってきた。
価格交渉は定石通り、「タオライカップ(いくら)?」で始まった。カメは1枚でもいいから買う気で交渉をスタートさせていた。店員が応えた最初の価格は「450THB(1350)。ほほぉー、そうか、そうか、1枚ならそれでもいいかなと思いつつも、まずは「300THB(900)」と応酬、さり気なく他のTシャツを触ったりして、物欲しげに、ちょっと迷っている風にしていたら、「これ、普通のお客さんには650THB(1950)」と大型の電卓に「650」と表示して、カメの自惚れ心を擽ってきた。なるほど、ねえ、そりゃ、なんぼなんでも、高過ぎる、わ。ならばと、後、これと、これもと、合計3枚にして、「1000」でどうだと突きつけた。店員は一瞬怯んだものの、さすがにこれは無理だったか、「1400」と返してきた。耳を疑ったが、脳はもうパニック状態、高いのか、安いのか。さて、はて。そこでカメが提示したのが、じゃ、この2枚で800THB(2400)でどうだといったら、もはや3枚に拘ったようで「1300」ときたので、なら「1000」だなに、「それではオーナーに叱られる」といいつつも「1200」ときた。それにも首を捻ったら、「ウゥーン」と天を仰ぐように「1100」。カメはそこで、にっこり妥協した。後で計算してみると、Tシャツ1枚@367THB(1100)、高いのか、安いのか、不明なれど、熱のこもったやり取りで、ちょっとした達成感に浸っていたのでした
また、最初の価格、450THB(1350)なら3枚て1250THB(3750)のだが、お互い、どこかで、そんなこと忘れているのが可笑しい。
ちなみに、Tシャツの写真は参考までにアップしたが、いい買い物だったと思っている。いつの日かこのTシャツでお目にかかる日があればこの上ない幸せかも、ね。

2014/07/31

◎パソコンの表記が突然タイ文字に変わった・・・

にしても、Windowsは「95}からの付き合いになるが、いまだに玄関の三和土(たたき)でウロウロするばかりで、まだドアノブすら握っていないと思う。昨秋Windowsの「8」を:ゲットしたものの、セキュリティ設定の複雑さに、素人は三和土にすらあげてもらえないと感じた。おかげで、順調に付き合ってきた「7」をはじめノートパソコン2台が次々「ユーザープロファイルが読み込めません」とログインできなくなり、結局は初期化して中古買い取りに持ち込む羽目になってしまったのだ。
まっ、そんなこんなで、今春購入した「8.1」をタイに持参したのだが、タイに入国して間もなく、パソコンが牙を剥いてきた。毎日、アクセスする「日記」のツールバーが全てタイ文字に変わっていたのだ。「今日」とか「1日前」とか「編集」「移動」「ファイル」まで。さらに、日記帳の枠内にマウスが入ると、マウスの右クリックで出てくる「コピー」「切り取り」「貼り付け」「戻る」もタイ文字に変わってしまう。これじゃ、お手上げだ。といって、メモ程度なのだが日記を止めるわけにもいかず、2日間は「メモ帳」で代用したのだが、使い勝手は悪いし、モチベーションも下がる。
何故こんなことになってしまったのか、その因果関係に思いを馳せたのだが・・・。このパソコン、気が付いたら、いつの間にか、タイ時間が表示されるようになっていた。その時刻合わせから、Windows IDとパスワードを変更したら、「日記」のツールバーの表示がタイ語に代わっていたようだ。その経緯を一つづつ確認しているわけではないから始末に悪い。
Yahooの検索窓にもあれこれ入力しているうちに、[システム ロケールの変更(C)}なんていう項目が出てきて、それにトライしてみたら、あっさりタイ語は消え、日本語に戻った。一体どうなっていたのか、いまだにさっぱり見当がつかない。ウフッ。

2014/07/29

◎やっと辿り着いた居心地のいい、リゾート・・・

にしても、年末から年始にかけてのパトンビーチの旅、何と情けない旅だったかと反省しきりだ。たとえ居住マンションのエレベーター修理工事のためとはいえ、ハイシーズンだから、ビーチに近いからと、狭い劣悪な部屋に閉じ込もり、一泊1000THBにも納得して過ごした1ヵ月間は何だったのか、と。これが光と影かといってみても、何ともアホらしい。
同級生との「おもてなし」で始まった今回のパトンビーチの旅、昨日、4つ目のホテルにチェックインした。一泊400THB。今更だが、1000THBも払っていた宿が腹立たしい。セレブな欧米人向けに開発されたリゾート地のイメージでが横溢していて、食う寝るには金がかかるようにできていると勝手に思い込んで、やはりチェンマイとは違うなんて能天気に思っていたんだから、お目出度いものだ。グスン。
インド洋・アンダマン海面したパトンビーチは南北約3キロにわたって白砂が広がる名だたるビーチ、その海岸沿いに走るメイン道路(一方通行)に沿って東側に3本あって、うち海側の1本は一方通行、ビーチ観光ではそこまでの範囲でしか考えない。その奥があることまで思い至らない。カメの浅薄なとこだが、それを一掃した今回の旅、そこには大規模な市場もあれば、屋台群がいくつもあって驚かされた。星2つクラスのホテルもそこここにある。
今回宿泊したホテルの評価はいずれも5点満点で4点はつけられる。一泊料金は700THB395THBで、「値段の割には」なんていう枕詞は不要だ。
昨日チェックインしたホテルは海側から3本目の道路からちょっと入ったソイ(路地)にあり、窓からは山が真近かに望める。少し歩いてみたら、なるほどビーチとは違う生活、暮らしが見えてきた。

そこにあったタイ食堂(写真)にはつい足が止まり、メニューの写真と鍋を見比べながら、旨そうな鍋を指し、ガオー(白飯)といった。どうやら、豚角煮と卵のシチューといったところで、このスープが上品で何とも旨い。タイ料理には珍しく甘い。辛いことはない。甘さがしつこくない。さっぱりした甘さ。醤油でも、ナンプラーでもない。串焼きにも使っている甘いこの味は癖になる。。それに、テーブルの上にはザルをかぶせた香味野菜(無料)、さらに、氷を入れたアルミカップ。これだよなぁ。で、しめて60THB(180)。たまらないよなぁ。

2014/07/28

◎ 金が人と人の心を繋ぐってことも・・・なんて

にしても、同級生はカメがとうの昔に絶ち切り捨てた家族の柵(しがらみ)を両肩に背負い、引き摺ってきた。ショッピングモールや屋台群を歩いていても、常に家族の姿が見え隠れする。それも濃密だ。まっ、そのおかげで、カメはこうしてプーケットはパトンビーチにいられるわけで、感謝しなければなるまい。

実は、プーケットに旅立つ直前、別の同級生から、こんなメールを受け取っていた。
いってらっしゃい。今度は成田から…ですね。
考えて見れば最高に優雅な余生ですね。
しがらみを捨てる。しがらみがない。しがらみを無視する。
自己中心で生きる。みんながしたくても出来ない残世。
うらやましい限りです。
人は何をもって幸せとするか。馬齢72年いささか疲れてきました。
燦燦たる太陽のもと思う存分楽しんできてください。

見事にいいあてている。パトンビーチのホテルに着いてから、こう返信した。
久々に品格溢れるしっかりした文章に触れ、清々しい気分です。
「しがらみ」を透視して、哲学的分析まで加えていただき、恐縮しております。
成田に出かける朝、拝読、ちょっぴりですがまだこびり付いている後ろめたさが完全に吹っ切れ、ルンルン気分でタイ国際航空機に乗りました。
にしても、的確な人間観察と洞察はやはり俳句によるものでしょうね。

そんなやり取りが下地にあったからなのか、彼がいなくなったパトンビーチのホテルで、何とも珍しいことに、カメが「枕チップ」を置くようになった。20THB札1枚、一泊の宿泊代の20分の1だ。どんなスタッフがくるのかは知らない。でも、何となく20THB札が、金が人と人の心を繋ぐってことも・・・なんて。ちょっと気持ちのいいもんだ。


2014/07/27

◎ブラックタイガーを半身づつ食ったぞぉー

にしても、同級生とのプーケット「おもてなし」の旅、考えさせられることが多かった。善し悪しではない。 カメの独断と偏見かもしれないが、歳を重ねると、我欲は徐々に薄らぎ、欲しいものは浮かんでこない。超70歳同士ともなれば、相手に好きにさせる、気ままにさせるのは容易いことだ。全てを受け入れる、これでもかの無理難題も受け入れ、不可能も可能にしてしまう。大層な思いやりだ。それをお互いがやったら、結果、相手を慮って、結局、何もしないってことかと思い至った。いわば、公務員の不作為ならぬ、超70歳同級生同士の不作為ってことだろう。

パトンビーチの街を歩くと、やたらシーフードレストランが目につく。いずれも店頭に生簀を並べ、シーフードの王様、ロブスターやブラックタイガーが跳ねていて、お客が指差すとそのエビの角を握ってザルに入れ、脇に置いてある秤に乗せて、値段が決まる。年がら年中そんな光景を目の当たりにしていると、さすがに食欲がそそられる。ロブスターなんて、子供のころ食ったことがあった程度の記憶しかない。まして、大人になってからは高嶺の花、全く食べたことはない。活きのいい巨大なエビを何度も見ていると、超70歳同士、どちらからともなく、「話のタネにも、一度は食ってみたいよなぁ」と口にして、ニヤッとした。高価なのは知れている。一体、いくらするんだろう。お互いの財布の中身を秘かに弾いて慮っている。彼は機制を制して「一匹づつでは食い切れないだろう」なんていう。いっそ、奢ってもいいかなとも思ったが、それでは同級生同士の関係にヒビが入ってしまう。さて、どうする?

ある夜、初回の客が引いた後のシーフード店で空いた席に座り、「食うか」と店頭の生簀をのぞきに行くと、空。その隣の生簀には、もっと大きなジャンボ青海老、それを計量してもらったら、2000THB(6000)だと。迷わずキャンセルした。で、オーダーしたのがチキンヌードル、いわばラーメンだ。両サイドのテーブルで若い二人連れが、これでもかとたくさんの注文品にむしゃぶりついていたのが、羨ましくも、情けなかった、ねぇ。

次は雨上がりの街で、彼は観光ガイド本で、地元お勧めのシーフード店を見つけたという。いよいよかと、覚悟を決めてのエビ選び。もうそんなに選択肢は残っていない。掴み上げたエビを計量すると「1600THB(4800)」。すかさず、「もっと小さいの」と反応していた。敵もさるものか、その女性店員は大きな電卓を弾き「1300(3900)」と表示させて笑った。OK!と笑い返すしかないだろう。エビの調理法も色々あるのだが、女性店員とのそんなやりとりから、BQQ(バーべキユー)。テーブルに届いたのは勿論、特大の一匹で、縦に半分に切って、半身づつ食った。まさに、おもてなしの味だった。

2014/07/26

◎日焼けにキンカン塗って気持ちいい

にしても、何故か、同級生の彼が帰国して急に気が付いたことがある。部屋の鏡を見たら、顔は真っ赤っか、両肩は赤茶け、ランニングの線が肌色に残っている。酷い日焼けだ。日焼けはヤケドの一種です・・・とは十分承知だし、外出時は野球帽を欠かさないし、この時期、長袖のシャツを羽織ることも多い。彼は家族からきつくいわれ、日焼け止めクリームを持たされていて、手入れは怠らないそうだが、部屋が別々のため、実際にクリームを塗っている姿は見ていない。とはいえ、彼の顔や体に日焼けした印象はなかった。クリームの効果だったのかどうか、彼の体を見てカメも同様に日焼けはしていないと思い込んでいたのか、一向に気にならなかったのだ。
何たって、リゾート地だ。真っ昼間の炎天下、ビーチに行くにも、ショッピングエリアに出かけるにも、同じ道路を行ったり来たり、1日に何度も、、やたら歩いた。確かに、日に焼けないはずはないのだが、彼から「お前、焼けたなぁ」のひと言はなかった。気付いていて、指摘しなかったのか。或いは、例の思いやりなのかもしれないし、単なる無関心なのかもしれない。
それでも、何となくだが、特に両肩、両腕がむず痒ゆく、頼りのキンカンを塗ってはスッとして気持ちいいといっていたのだが、日焼けかどうか確かめてみることはなかった。何といっても、キンカンが実によく効く。ちょっとした快感だ。これほどとは思っていなかった。

彼が去ってからの2日間、強い雨が断続的に降り続き、強い日差しはひと休みだが、キンカンは手放せない。

2014/07/25

◎70歳過ぎた同級生同士の「思いやり」旅・・・

にしても、オフシーズンのタイ・プーケットのビーチは閑散としていた。昨年末から年初にかけて訪れたあの賑わいはどこへ行ってしまったのか。浜一面に花咲いていた濃いブルーのパラソルは一本もなく、人影はまばら。沖合に隙間なく待機していたクルーズ船も見当たらない。ハワイと同じで常夏のリゾート地と思っていただけにとんだ肩透かしだった。まっ、おかげで、星3つクラスのホテルに信じられないほどの安価で泊まっている。

今回のプーケット行きは、70歳過ぎた同級生との2人旅で始まった。何せ、同級生の息子が孝行もので、溜まったポイントを航空券に替え、カメを案内役に誘ってくれたのだ。同級生は仕事が忙しいわけでもないだろうに、6泊で帰るという。
カメにとって、天の恵みとはこのことで、ホテルの手配は引き受けた。ツインベッドで一部屋に2人で泊まる手もあるだろうが、存外に安値だし、ここはお互いに気を使わなくもいい、ゆったり過ごせる、ダブルベットの部屋を一つづつ予約。ホテル事情も少しは知ってもらおうと前半3日間は星3つ、どのくらい格差があるか、後半の3日間は、星2つにしたのだが、この時期、かなりディスカウントしているようで、格差は感じられなかった。いずれも清潔感があり、リラックスできていると思っていた。ホテルが手配したタクシーにのってプーケット国際空港に向かう同級生を見送る瞬間、ほの悲しい寂寥感が漂った。お世話をかけている同級生の息子にはメールで無事に空港に送くり出したことを報告した後、こう付け加えた。

おかげさまで、この間、面白く、楽しく、存分に羽を伸ばして過ごさせていただき、なんていいながら、いいさか疲れました。父上も同様かと思います。また、お互いにこれでもかこれでもかと気を遣い、お金は使いませんでした。
なにより、体と脳の劣化は隠しようもなく、お互いにちょぼちょぼ、どっちもどっちといったところでお互いに納得し合っていました。

で、一夜明けて、振り返ってみると、この6泊7日は70歳過ぎた同級生同士の「思いやり」旅・・・だったかなと強く感じた。
さて、さて、残りは3週間切った、か。